宿る憎悪
背に広げる六枚の白い翼で飛翔するアリアを掴み抱くエリクは、左手を骨折し右手のみで操縦桿を握るグラドが搭乗する箱舟三号機と共に、都市中央に聳え立つ黒い塔に備わった赤い核を目指す。
その後ろからは箱舟二号機も援護する為に後を追い、全員が赤い核を破壊する為の死力を尽くそうとしていた。
都市の高度は既に五キロを下回り、雲が掛かる空を都市が通過する。
あと五分未満で瘴気に満ちた都市が地表に落下する事態に、どうにかその瘴気だけでも取り除く手段を三人は進み飛んでいた。
そして数百メートル以内にまで黒い塔に接近した箱舟三号機は、赤い核を進路にする。
それと同時にエリクの左耳に備わる通信機に、搭乗しているグラドの声が届いた。
『――……よし、箱舟の進路は固定した! このまま突っ込ませる!』
「なら、お前は早く逃げろ!」
『分かってるよ! ――……ん、なんだ……?』
「エリク!」
「!」
通信越しに届いたグラドの声と同時にアリアは声を出し、エリクは咄嗟に前を向く。
すると赤い核から漏れ出す赤い霧状の瘴気が凄まじい勢いで噴出され始め、先程とは全く違う様相を見せ始めていた。
それに驚きを浮かべるエリクは、アリアに聞く。
「何が起こっている……!?」
「……死者達だわ」
「!」
「死者達が、私達を拒んでる。――……マズい、あの瘴気は……!」
「なんだ?」
「あの瘴気には、死者の怨念が混じってる!」
「!?」
アリアはそう述べ、今まで赤い核が発していた瘴気が以前の瘴気とは違う事を察する。
まるで赤い瘴気が意思を持ち生きているかのように溢れ出し始め、それが今までの比ではない速度で都市に落下し始めた。
そして都市内部に既に満ちていた赤い瘴気の霧に干渉し、仄かに赤い光を放ち始める。
その時、エリクを含んだ聖人や魔人達は瘴気に満ちる都市から何かを感じ取った。
「――……これは……!」
「まさか……!」
エリクとアリアは互いに下の都市へ視線を向け、起こった変化に注目する。
都市の中で金属音と共に何かが蠢き、それが赤い霧を突っ切るように上空へ飛び出す光景をそれぞれが目にした。
「アレは――……」
「人形……!!」
「今度は、翼が生えているだとッ!?」
アリアとエリクを含む、二つの箱舟でも赤い霧から飛び出し現れた者達を視認する。
それはクロエが機能停止させていたはずの、魔鋼で作られた黒い人形達。
しかし先程と違いその全てに黒い翼のようなモノが背中に生やされ、都市に溢れ倒れていた人形達が再び意思を宿したように上空に居る箱舟二機に襲い掛かろうとする光景を目にした。
「まさか死者の怨念が、地上の人形に憑依したの!?」
「君と、同じ事を……!?」
「マズい! みんな、逃げなさ――……ッ!!」
都市の各場所から飛び出す黒い人形の数は、数百を超えて千に届く。
それ等が瘴気を生み出す死者達によって憑依され、憎悪に支配されながら生者を襲い掛かった。
右腕を鋭い剣に変えた黒い人形がまるで弾丸となって箱舟三号機を襲い、船底を突き破る。
更に二号機側にも黒い人形が船底から突撃し、その内部に侵入して来た。
それによって起きた振動は船内の全員に響き伝わり、全員が何かあったのだと察する。
そしてその報告が二号機の艦橋を通じて、船内に居る全員に響き伝わった。
『――……て、敵の人形群が再稼働! 突撃しながら飛翔し、艦内に侵入ッ!!』
「なんだとッ!?」
『総員、白兵戦の用意! 繰り返す! 総員、白兵戦の用意をッ!!』
船内にその放送が流れ、全員が放心した状態から一気に目覚める。
そして全員がそれぞれの区画に備わる武器を持ち、侵入して来た人形を迎撃する為に準備を行おうとした。
そうして船底から侵入され突破された格納庫へ辿り着いた兵士達は、驚愕する光景を目にする。
それは黒い剣を両手で形成した人形が、剣に血を滴らせ格納庫の人員を殺している光景だった。
「……ぅ、ウワアッ!!」
「う、撃てッ!! 撃つんだッ!!」
再び黒い人形によって起こる殺戮を目にした兵士が、発狂するように叫び声を出す。
それに引きずられるように到着した兵士達も銃を構え、殺戮を繰り返す人形達に発砲した。
しかし案の定、命中した弾丸は黒い人形達に全く通じない。
逆に攻撃した事によって、銃を放った者達に黒い人形達の顔が向いた。
『――……殺ス。……殺スッ!!』
『憎イ、憎イ……ッ!!』
「!?」
「こ、声が……」
「人形から、声がする……!?」
兵士達は人形達から聞こえる憎悪の声を聞き、驚愕しながら思わず足を退かせる。
しかしそれを追うように黒い人形達は飛翔し、兵士達に向かい飛んだ。
再び武器が通じず、更に逃げ場も無い状況に兵士達は死を悟るしかない。
しかしその背後から、二人の影が飛ぶ出すように出て来た。
「――……当理流、裏の型。『時雨月』ッ!!」
「『忍法』、多重影分身の術。――……フッ!!」
一人は空中で目にも止まらぬ速度で抜刀し、そこから数十に及ぶ斬撃を生み出しながら向かい来る人形を吹き飛ばす。
更に黒装束姿のもう一人が突如として数人に増え、その全員が体術を使い黒い人形達を吹き飛ばし壁に激突させた。
それは当理流師範ブゲンと、忍者トモエ。
休息し回復を図っていた二人だったが、この緊急事態に一早く馳せ参じた。
そして兵士達の方へ振り向きながら、大声で告げる。
「――……この場所を、閉鎖できるか!?」
「!」
「ここは持たん! 拙者達が時間を稼ぐ故、急げ!」
「は、はい!!」
そう叫ぶ二人の声に反応した兵士の一人が、格納庫を閉鎖する為に艦橋と通信が繋がる部屋に向かう。
他の兵士達はブゲンとトモエを援護し時間を稼ぐ為に、人形達に銃を向けた。
その一方で、エリクとアリアにも凄まじい数の黒い人形が突撃して来る。
白い翼を羽ばたかせそれを辛うじて回避するアリアだったが、同じように黒い翼を羽ばたかせて飛ぶ黒い人形達はそれを追うように追撃して来た。
「クッ!!」
「アリアッ!!」
「死者達、私と同じことを……ッ!!」
「箱舟が……!!」
「!」
アリアは必死に飛びながら、黒い人形達との交戦を避ける。
しかしそれが出来ない箱舟二号機と三号機には黒い人形達が群がるように続々と突入し、その光景をエリクも視認する。
そして左耳に備わる通信機を用いて、三号機に搭乗しているグラドに呼び掛けた。
「グラド! すぐに逃げろッ!!」
『――……すまんな。どうやら、逃げられそうにない』
「!」
『奴等の侵入を防ぐ為に、全区画のシャッターを閉鎖させた。機関室も、艦橋もな』
「な……ッ」
『俺はこのまま、確実に抗魔力凝固剤を核に浴びせる為に突っ込む。――……後は頼んだぞ、親友』
「グラドッ!!」
エリクはその通信を聞き、グラドが乗る箱舟三号機がそのまま赤い核へ向かい飛ぶ姿を見る。
そして一つの爆発が船体内から起こり、それによってグラドが搭乗したままの箱舟三号機は僅かに高度を落としながら傾けた。




