仄かな気付き
新たな宿に移動したアリアとエリクは、互いに午前中を休憩に費やす。
そして備えられた食堂で昼食を済ませると魔法で偽装した姿で外出し、旅に必要な物を補充しながら密航業者と思しき組織や集団の情報を仕入れようとした。
しかし表立ってそんな組織を捜しているとは言えず、またそれ等の情報を仕入れる方法を不慣れな東港町では分からない。
それを探る為に右往左往しながら時だけが過ぎた二人は、途方に暮れながら再び海が見える港の端で座っていた。
「――……ダメね、見つからない」
「そうだな」
「知らない町で情報を仕入れるには、やっぱり組織的な情報網を利用するしかないけど……」
「傭兵ギルドのことか?」
「そう。ドルフが私達の事を知ってたのもそうだけど、あそこには情報が集まるのよ。利用するなら傭兵ギルドを利用するのが手っ取り早いけど、私が下手な行動をすると……」
「傭兵ギルドそのものが、敵に回るか」
「そうなのよね。仮に敵とまではいかなくても、私達を拘束して五日後まで何もさせないようにするかもしれない。そうなると御父様が手を回した時に、こっちが何も出来なくなっちゃうわ」
自分達の置かれた状況をそう述べるアリアは、慣れない場所で情報収集を行う難しさを改めて嘆く。
しかし次の瞬間、何かを閃きながら話し始めた。
「エリク、傭兵ギルドに行きましょう」
「どうしたんだ?」
「依頼を見に行くの」
「依頼を? 何か受けるのか」
「ううん。ログウェルの事を思い出したのよ」
「ログウェル……あの老人か」
「そう、彼が言ってたわよね。北と南の港町に、輸入品や輸出品を奪って旅行者を襲う盗賊組織がいたって」
「……そ、そうだったか?」
「そうなの。考えてみれば簡単だったわ、北と南の港町にもあるんだもの。なら東港町にも、その盗賊組織があるのかもしれない」
「それが、どうしたんだ?」
「傭兵ギルドの依頼を見て、そういう組織の討伐依頼が無いかを探すのよ。そして有ったら、それを理由にして盗賊組織の情報収集を行うの」
「……それに、どんな意味があるんだ?」
「盗賊組織って言うくらいだもの、東港町の裏事情には詳しいはずよ。特に密航業者とかね。もしかしたら盗賊組織そのものに、密航業者がいるかもしれない」
「!」
「盗賊組織を捕まえるかはともかく、一度そういう手合いを探る為に確認したいの。いいでしょ?」
「ああ。……だが、もうすぐ夜だ。明日の方がいいかもしれない」
「見に行くだけなら、今からでも……」
「人の少ない道中や時間帯ならともかく、人が多い中で俺達を追跡する監視者は感じ分け難い。何か遭った時に君を守れない」
「……今でもいるのね。傭兵ギルドの監視者が」
「ああ。途中で、一人増えた」
「今日は色々と動きすぎて、不審に思われたのかもしれないわね。……しょうがないか。今日はここまでにしましょう」
「その方が良いだろう」
自分達の行動で監視者を増やしたと気付いたアリアとエリクは、その日は宿に戻る事を選ぶ。
そして購入した荷物を纏めながら自身の手荷物に加え、夕食を食べ終わると部屋の中で次の打ち合わせたを始めた。
「――……明日は朝一で傭兵ギルドに行きましょ。そして盗賊組織の討伐依頼、もしくは捕縛依頼を見つける」
「そして、その盗賊組織を捜すんだな」
「そう。四日後には出発しないといけないから、依頼自体は受けずにね。町の人達に情報収集をするから、エリクは監視者達に変化を感じたら逐一教えて」
「分かった」
「仮に盗賊組織が見つかっても、討伐するより先に密航業者の有無を確認よ」
「盗賊組織が見つかったとして、襲ってきたらどうする? 北港町の時のように」
「その時は、捕獲か討伐するわ」
「分かった」
「第一目標は、密航業者を見つけること。それが達成できない場合、ドルフに従って依頼の護衛で南の国に向かう。仮に盗賊組織が見つかった場合は、第二目標として密航業者との接触を行う。分かった?」
「ああ」
「よし。じゃあ明日に備えて、今日は休みましょう」
目標が定めたアリアは話を切り上げ、寝る為の服に着替え始める。
しかし男であるエリクを目の前に着替えているにも関わらず、乙女らしい恥じらいは特に見えない。
逆にエリクが気を利かせて視線を逸らすと、いつもの様に布で巻いた大剣を抱えて部屋の扉が見える床に座る。
そこで寝ようとしたとするエリクに対して、着替え中のアリアが声を向けて来た。
「……エリク、今日は寝台で寝なさい」
「え?」
「貴方、いつもそうやって寝てるわよね。旅の道中や樹海の中ならともかく、町の宿に泊まったらちゃんと寝台で寝なさい」
「しかし、寝る時には見張りが必要だ」
「それは旅の道中に魔物や人に襲われる場合でしょ。この宿は大きいし、傭兵ギルドのマスターの紹介だけあって警備する人員もいるわ。仮に人が襲ってきても、ここは最奥の端部屋だから気付けるわよ」
「しかし……」
「それに、私が気になるの。せっかくの二人部屋なんだから、ちゃんとした寝台で寝なさい。これは雇用主としての命令!」
「……わ、分かった」
寝台での就寝を命じられたエリクは、仕方なく移動を始める。
そして大剣を抱えたまま寝台の端に腰掛けると、そのまま目を閉じた。
しかしそれに対しても、アリアは更なる命令を向ける。
「ちゃんと横になって寝るの!」
「……わ、分かった」
寝台に座って寝るという行動をしようとしたエリクに対して、アリアは横になるよう命じる。
それに応じるエリクは大剣を床に置いて寝台の上で横になると、アリアは満足そうにしながら寝台の傍にある照明を消した。
すると横並びの寝台で並ぶ二人の中で、アリアが笑いを含んだ声で話し掛ける。
「なんか、エリクが横になって寝てるの新鮮ね」
「……そうか?」
「貴方、本当に座ったままでずっと寝てるんだもん。横になって寝てる姿、初めて見たかも」
「そういえば、そうだな」
「エリクって、王国でも座って寝てたの?」
「ああ」
「そうなの。……ねぇ、エリク」
「?」
「今まで疑問だったんだけど。……エリクって、男が好きなの?」
「……どういうことだ?」
「だって長いこと一緒にいるけど、こんなに可愛い私が隣で寝てるのに襲おうとかする気配も無いし、裸にも興味も示さないから。男色家なのかと思って」
「……よく分からないが、君を襲って俺に良い事があるのか?」
「無いわね。襲ったら氷漬けにするか、火達磨にしてあげるから」
「そうか、なら襲わないようにしよう。……それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」
「えー、気になるわよ。何? ちゃんと言ってよ」
言い淀んだエリクに気付き、アリアはここぞとばかりに聞きたがる。
すると鼻で溜息を吐き出したエリクは、目を閉じながら言い淀んだ言葉を吐き出した。
「……それに、君に嫌われたくはない」
「え……。それって、どういう……」
「嫌われると、君の信頼を失くす。それだと、護衛をし難い」
「……そ、そうよね。じゃあ、明日もいっぱい守ってもらわないとね。だからもう寝ないと、おやすみなさい!」
「あ、ああ。おやすみ?」
体の向きを変えて背中を見せたアリアは、そこで会話を止める。
それをエリクは不思議そうな顔をしながらも、自身の目を閉じて緊張感を持ちながら寝静まった。
しかし目を開けているアリアは、樹海の中で交えたパールの言葉を思い出す。
『――……お前はエリオの事が、男として好きじゃないのか?』
「……そ、そんなわけ……」
パールの問い掛けた言葉を思い出したアリアは、再び思考でそれを否定しながら小さく声を零す。
そしてその感情を気のせいであると結論付け、そのまま数分後には寝静まった。