思わぬ再会
各々が目的を定め、瘴気の発生源であり浮遊都市中央に位置する巨大な黒い塔に備わる赤い核を破壊の為に行動に移っている頃。
身に宿る瘴気に因ってその姿を変貌させ凄まじい力を誇る『悪魔』に、魔鋼の人形に乗り移り対峙するアリアは完全に優位性を失っていた。
『悪魔』は『魔法』という技術を捨て、変貌し強化された肉体能力のみでアリアを圧倒する。
それに辛うじて六枚の白い翼で凌ぎ捌き、依り代である魔鋼の人形が誇る防御力を頼りに凌いでいたアリアだったが、既に幾度も吹き飛ばされ建物を破壊しながら耐える光景しか見えない状態へ陥っていた。
「――……さっきまでの余裕は、何処にいったのかしらァッ!?」
「クッ!!」
『悪魔』はそう叫びながら強化された肉体で飛び向かい、アリアを右手の殴打で殴り飛ばす。
そして中央に聳え立つ黒い塔の壁に激突したアリアは表情を歪めながらも、すぐに白い翼を羽ばたかせて横に大きく跳び避けた。
すると『悪魔』が凄まじい速さで襲来し、アリアが居た黒い壁に両足を叩き付ける。
凄まじい振動と衝撃音が黒い塔に鳴り響き、然も当然のように姿勢を横にして壁に足を着けたまま身を起こした『悪魔』は、飛び避けたアリアに悪魔の笑みを向けながら問い掛けた。
「――……魔法の技量・技術・理解・基礎だったかしら? アンタが積んだ努力なんて、暴力の前では無力なのよ」
「……悪魔と契約して得た力で、その言い草? 呆れるわ」
「負け犬の言葉ね。――……それに、アンタの弱点も分かったわ」
「!」
「その杖、さっきから私の攻撃で破壊されないよう守ってたわね。――……杖には、アンタの魂が分け与えられている。それを破壊したら、アンタはどうなるのかしら?」
「……私からヒントを貰っておいて、何を粋がってるんだか……」
「否定しないのね。……その杖を破壊して、アンタの魂を瘴気で汚染し破壊する。そうすれば、もうこの世に私を脅かす存在は何も無くなるわ」
「……世界は広いわ。アンタより強いヤツなんて、沢山いるわよ」
「そうかもしれないわね。――……でも今すぐアンタさえ消えれば、私は気分爽快よ」
影を宿した微笑みを浮かべる『悪魔』は、壁から跳躍し白い翼を羽ばたかせるアリアへ襲い掛かる。
そして黒く染まった右の手爪を鋭く伸ばしたアリアが持つ杖を狙う『悪魔』は、薙ぐように右手を振り下ろし一閃させた。
アリアは白い翼を羽ばたかせて素早く横へ飛翔し、一閃された射線から外れる。
すると黒い爪から放たれた黒い瘴気の刃が、まるで空に映る満月を割るかのように黒い一閃を描く。
その一閃が浮遊都市を割るように浴びせられ、大きな亀裂を生み出す光景を作り上げた。
それをアリアは気にする余裕すら無く、下から迫り黒い羽で飛翔する『悪魔』を見て白い翼を身を包み、白い閃光となって加速しその場から急ぎ離れる。
それを追う『悪魔』も黒い瘴気を身に纏い、白い光を追った。
「お前だけは、絶対に逃がさないッ!!」
「ッ!!」
凄まじい速度で追い付き飛翔する『悪魔』は、白い閃光に衝突し弾き飛ばす。
その衝撃に耐え切れず白い閃光は速度を落とし、再び衝突した『悪魔』によって叩き落とされた。
落下するアリアは繭状の姿勢からすぐ翼を広げ、今度は上から襲い迫る『悪魔』に対して対抗する。
それは守っていた短杖を用いて白い刃を作り出し、迫り襲う『悪魔』の瘴気の右爪と衝突させるように振り突いた。
「クッ!!」
「……浄化の刃。でも――……」
「……ッ!!」
「その程度で、私の瘴気が晴れると思うなッ!!」
「ッ、ァアアッ!!」
『悪魔』は叫びながらアリアが形成した浄化の刃を打ち破り、粉々になった白い刃から黒い爪が襲い来る。
それを短杖で受けず依り代である人形で受けたアリアに黒い爪が突き立てられ、そのまま二人は下に存在する高めの建物に激突した。
土埃が舞い崩れる建物内部で、『悪魔』は立ち上がる。
その右手にはアリアの首が掴まれており、『悪魔』は立ち上がると同時に掴む首を引き起こした。
「……ッ」
「――……掴まえたわ」
首を掴まれ右手のみで宙吊りにされたアリアは、苦々しい表情を浮かべながら『悪魔』を見下ろす。
そして『悪魔』はアリアが右手に持つ短杖を見て、左手を伸ばし短杖を掴んだ。
『悪魔』が左手に力を込めて短杖を破壊しようとした瞬間、アリアは短杖に白い光を宿らせる。
それは浄化の力を宿した光であり、掴む左手から黒い煙を立ち昇らせた『悪魔』は口元を吊り上げながら微笑み述べた。
「最後まで、惨めな抵抗ね」
「……惨めなのは、アンタでしょ……?」
「……は?」
「誰かを蹴落とさなきゃ、何も手に入れられないような奴が……惨めじゃなくてなんなのよ……?」
「それの何が惨めなのよ? ……人間なんて、所詮は自分の欲望と感情を優先して他者を踏み躙り、自然と他の生物を喰い潰し犯しながら生きる害獣よ。それから殺し奪って、何が悪いってのよ?」
「……悪いわね。……だって、アンタも同じ『人間』だったんだから」
「!」
「感情と欲望を抑制できる『人間』で在る為には、並大抵ではない努力が必要なのよ。――……アンタはそれを途中で投げ出して、『化物』になる事を選んだ。それが惨めでなくて、なんなのよ?」
「……黙れ」
「『人間』になれなかった『化物』が、惨めじゃないとでも思ってるわけ? ……だからアンタは、馬鹿なのよ」
「黙れッ!!」
『悪魔』はアリアの言葉に激昂し、左手に掴む短杖を黒い瘴気で覆い圧し潰すように強く握り始める。
それに対抗しようとアリアは短杖に宿らせた白い浄化の光を強めたが、激昂する『悪魔』は怒鳴りながら言い放った。
「『人間』を演じて仲良しごっこをしてたアンタに、私の何が分かるってのよッ!!」
「ク……ッ!!」
「アンタが記憶なんて失ったせいで、全てが私に圧し掛かったッ!! アンタが逃げてたモノが全て私に強要され押し付けられた私の苦しみと怒りが、お前なんかに分かるものかッ!!」
「……分かるわよ。だって、アンタは私なんだから……」
「違うッ!!」
「……」
「私はアルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンなんて女でも無ければ、お前でも無いッ!! 私は、私だッ!!」
「……ッ」
「お前を滅して、私は私になるッ!! そして全てを奪い尽くして、もう二度と、誰にも、私から何も奪わせないッ!!」
「……アンタは……」
「消えろッ!! アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンッ!! 私に付き纏う亡霊めッ!!」
『悪魔』は憤怒の表情を浮かべながら全身から黒い瘴気を立ち昇らせ、左手に握る短杖を破壊しようと強く握り締める。
短杖に宿る浄化の光で『悪魔』の黒い手からは黒い煙が発生していたが、それは夥しい瘴気に飲み込まれ、ついに短杖に嵌め込まれた白い魔玉に亀裂が走った。
「ッ!!」
「砕けろッ!!」
『悪魔』は更に叫びながら強い瘴気を発して短杖を握り、白い魔玉に更なる亀裂が生まれる。
それに抗うようにアリアは必死に浄化の光を強めたが、『悪魔』が放つ瘴気に飲み込まれ圧し潰されていった。
「――……は?」
「……!?」
その時、『悪魔』の胸が白銀の剣によって貫かれる。
その事態に『悪魔』は驚きながら声を漏らし、アリアもまた目を見開いた。
『悪魔』の胸に突き立てられた白銀の刃が輝くと、身に纏われた瘴気が一瞬にして消え失せる。
そして白銀の刃は薙ぐように動き、凄まじい速度で一閃していく。
それと同時に『悪魔』は建物の屋外へ吹き飛ばされ、その拍子に掴まれていたアリアは解放された。
『悪魔』の手から解放され倒れるように床へ身体を這わせたアリアは、亀裂の入った短杖を握りしめたまま顔を見上げる。
するとそこには、アリアが驚愕する人物が白銀の刃と赤い柄の剣を持って立っていた。
「……あ、アンタは……」
「――……まさか、お前は……」
「ユグナリス……!?」
「アルトリア……!?」
アリアの目の前に立っていたのは、『神』の黒い閃光を浴び消失したと思われていた赤髪の人物。
それはアリアにとって幼馴染の従兄であり、罵倒を浴びせ合った元帝国皇子ユグナリスだった。




