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信頼関係


 南の国マシラへ向かう準備を整えた傭兵ギルドマスターのドルフは、アリアとエリクを伝える。

 しかし依頼主(ゲルガルド)のもう一つの依頼内容を推測したエリクを指摘されて肯定も否定もせず、二人は部屋を出て行った。


 そして先に出たアリアの背中に追い付いたエリクは、廊下を歩きながら話を始める。


「――……待たせた」


「ううん、あの人(ドルフ)と何か話してたの?」


「ああ。……俺から一つ、質問をして来た」


「質問?」


「宿を出てから、監視している者がいる理由(こと)を聞いてきた。奴が見張らせているらしい」


「監視……なるほどね。私を逃がせという依頼と同時に、無理なら殺せという依頼を受けてたってとこ?」


「気付いていたのか?」


「当たり前よ。悪辣そうな貴族がやりそうな事だし、十分に考えられるわ。だから傭兵ギルドも完全には信用できなかったの」


「そうか。……どうする? 危険だが、奴の話に乗るのか」


「……現状は、乗ってみるしかない。でも違う道も探しましょう。念の為、ギルドで他に依頼が無いか確認して、その依頼主に個人交渉をしてみましょう。最悪、賄賂(かね)を渡して密航させてくれるなら、十分に有り難いわ」


「そうか、分かった」


 傭兵ギルドを完全に信用できないと判断する二人は、ドルフから用意した手段とは別に南の国(マシラ)へ向かう方法を探ることを決める。

 すると今までのやり取りから、アリアは気付くようにエリクに声を向けた。


「エリクって、意外と賢いわよね」


「そうか?」


「私が言ってる話を、すぐ理解出来るようになってるじゃない。それに依頼の裏にあるもう一つの依頼も、自力で考えられてるし」


「それは多分、君のおかげだ」


「知識的な部分を私は教えてるだけで、知恵的な部分は何も教えてないわ」


「知識と知恵に、違いがあるのか?」


「知識は文字や言葉を始めとした単なる知識という情報。でも知恵は、その情報を元にした発想や想像力から生まれる情報。貴方は知識を学び得たことで、元々持ち合わせてる知恵を言語化できるようになったのよ」


「……すまん。よく分からない」


「まだ難しいわね。でもその内に、エリクにも理解できるようになるわ」


 二人はそんな会話を行いながら、傭兵ギルドの広間(ホール)に戻る。

 そして傭兵ギルドが依頼を確認する為に、依頼用紙が張り出されている掲示板の前に訪れた。


 しかしそこには、不自然にもドルフが提示した依頼以外に南の国へ渡航する為の依頼が載せられていない。

 それを確認し表情を渋らせたアリアは、周囲に聞こえない声量で呟きながら話した。


「……ドルフの奴、私達の逃げ道を無くしたわね」


「どういうことだ?」


「私達が別の依頼主に交渉して逃げる事を予想して、南の国に行く他の依頼を先に埋めたのよ。傭兵として他の依頼を受けられない以上、私達はドルフの話に乗るしかない……」


「そうか。なら、そのまま五日後まで待つか?」


「これだけ大きな港町なんだから、南方大陸に乗せる密航業者がいるはずよ。それと接触すれば、もしかしたら……」


「いいのか?」


「え?」


密航業者(それ)に頼るというのは、別の厄介事に巻き込まれるかもしれないんじゃないか?」


「……そう、だけど……」


「確かに傭兵ギルドは完全に信用できない。だが、厄介な事をすれば本当に傭兵ギルドが敵になるかもしれない。ならここで、無理をする必要は無いんじゃないのか?」


「……」


 ドルフの忠告を思い出すエリクは、敢えてそう問い掛ける。

 するとアリアは口を閉ざし、思い悩む様子で目を閉じながら思考し始めた。


 そして数秒後、目を開けたアリアはエリクの目を見ながら返答する。


「――……分かったわ。素直に五日後の依頼を受けて、南の国に行きましょう」


「ああ」


「でもそれと同時に、あと四日間は東港町(ここ)で旅の準備をしながら、密航業者を探すわ」


「探すのか?」


「ええ。念には念を入れて、傭兵ギルドが敵に回った場合を考慮して探しておくの。密航業者を見つけて交渉出来たら、状況次第でそっちに乗り換えよ」


「それで良いのか?」


「このまま待つより、私達でも出来得る限りの事をしたいの」


「……分かった、君の言う通りにしよう」


「良かった。じゃあ早速、ドルフが紹介した宿に行きましょ。広い御風呂が付いてれば、ずっと泊まっててもいいかもね」


「そうか」


 ドルフの提示した依頼を受ける反面、アリアは密航業者を探す事も決める。

 それに対して反論しないエリクは共に傭兵ギルドを出て、用意された宿屋へ向かった。


 その道中、ある事を疑問に思ったエリクがアリアに話し始める。


「――……そういえば」


「ん?」


「君は、俺を信用しているのか?」


「えっ、今になってそれ聞くの?」


「ドルフや傭兵ギルドが信用できないなら、王国の傭兵だった俺も信用できないんじゃないか?」


 傭兵を信用できないと話したアリアに対して、エリクは敢えてそう問い掛ける。

 すると優し気な笑みを浮かべた彼女は、隣を歩きながら言葉を返した。


「……前に言ってたわよね。村を襲っていた野盗を、全員殺したって」


「ああ。それで俺は、罪人として捕まるきっかけにもなった」


「それを聞いた時に。貴方の事を気に入ったのよ」


「気に入った? どうしてだ」


「私も聞きたいんだけどさ。貴方が野盗に殺した時、どんなことを考えてたの? 村人を殺された怒り? それとも、村を襲った野盗への憎しみ?」


「……よく分からない。あの時、あの光景を見た時に。俺は、野盗(やつら)を殺さなければと思った。それだけは覚えている」


「私も多分それを見たら、そうなると思う。でも私が怒る理由は、野盗に対して怒るでも憎むんでもなく、そういう理不尽が起きる事を怒ったと思うわ」


「理不尽に怒る?」


「うん。国が豊かで民の事を考えた統治が行き届いていれば、野盗なんてそもそも発生しないもの。発生するとしたら、その国の統治が何かしらの歪みを生んでる事になる。そしてその歪みが野盗という理不尽になって、人や村を襲う災害になる。……私はそういう理不尽こそを許せないの」


「理不尽を許せない、か。……そうか。俺はあの時、許せないと思ったのかもしれない」


「そう思えるエリクだから、私は信頼してるし信用してるのよ。これが答えになってない?」


「……よく分からないが、俺を信頼してくれているんだな」


「ええ。私にとって、貴方は信頼できる大切な相棒(パートナー)よ」


「そうか」


 信頼している理由を話すアリアの言葉に、エリクは無意識に喜びを感じる。

 その時に感じた気持ちをエリクは理解できず、そうした間に二人は指定された宿屋に辿り着いた。


 そして二人部屋を選んだアリアは、備えられている風呂へ素早く突入する。

 エリクはそれに見ながら口元を僅かに微笑ませ、二時間ほど床に座って休んだのだった。


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