依頼の表裏
傭兵ギルドマスターのドルフから逃亡に手を貸す事を伝えられたアリアとエリクは、その翌日に再び傭兵ギルドへ訪れる。
そして傭兵ギルド加入の証である鉄の認識票を受付から受け取ると、その際に説明を述べられた。
「――……この認識票の再発行は、事前に御説明された通り金貨百枚の御支払いで受け付けさせて頂きます。また別国の傭兵ギルドにて来訪された際には、登録更新も行えます。ただ登録更新を行わずに二年間が経過した場合、その認識票の登録番号を消去させて頂きますので御了承を御願いします。また二年を経過してからの登録番号の再登録は、紛失した時と同様に金貨百枚を頂きます」
「分かりました。それで私達は、今日もギルドマスターに呼ばれているのですが……」
「少々お待ち下さい。確認を取らせて頂きます」
説明を終えて確認を終えた受付の職員は、二人を支配人の自室に案内する。
そこで待っていたドルフは、悪そうに微笑みつつ二人を出迎えた。
「――……おはようさん。随分と早いな」
「おはようございます。来るのが早すぎましたか?」
「いや、丁度良かった。――……まずはお前さん達が泊まる宿の紹介状だ、受け取っておけ。そして、お前さん達が欲しがってた依頼を取って来たぜ」
そう伝えるドルフがテーブルの上に出したのは、一つの手紙と羊皮紙に書かれた依頼書。
それを受け取り依頼書を確認するアリアは、その内容を口に出しながら述べた。
「……東港町から南方大陸を経由して、マシラ共和国までの道中の護衛依頼。主な任務は魔物・魔獣と遭遇した際の討伐。盗賊・海賊の類と遭遇した際の撃退。依頼報酬は傭兵一人当たり、金貨三枚。定員は十名。出発は今から五日後……」
「どうだ、お前さん達が欲しがってた依頼だろ?」
「……確かに、そうですね。ありがとうございます、ギルドマスター」
「それじゃあ、その中にお前達を入れておく。他にも俺が推挙する傭兵を入れておくから、同行者に関しては安心しておけ。その紹介状は傭兵ギルド専属の宿屋パルプットって所ので、俺の紹介だと言えば、豪華な二人部屋でも一人部屋でも入れてくれる。場所は中央通りから少し外れたデカめの宿だ。看板もあるから分かるはずだぜ」
「……本当に、たった一日で用意してくれたんですね」
「当たり前だろ、これも仕事さ。白金貨一万枚の仕事だ」
不敵に笑いながら述べるドルフに対して、アリアは渋い表情を見せる。
そして持っていた依頼書を机に戻し、手紙を受け取った。
すると怪訝そうな表情を浮かべるアリアに、ドルフが付け加えるように伝える。
「出発は五日後だ。それまでに準備なり何なりしてもいいが、悪目立ちはするなよ。お前さん達は一応、お尋ね者なんだってのを自覚しとけ。こっちでも庇うのは難しいからな」
「そんなこと分かってますよ」
「ん? おいおい、なんだよその面は。一応、俺はお前さん達を逃がす協力者だぜ? もっと信頼してくれよ」
「金でどちらにでも転ぶ組織を、あまり信頼したくはないので。……仮に私の父親がゲルガルド伯爵の依頼金より更に上の額を用意したら、私達を捕まえるんでしょ?」
「そりゃあ、まぁ。そうかもな」
「……それを嘘でも否定しない貴方を、信用したくもないわ」
「これは手厳しい御意見だ。だからそうならない内に、さっさと東港町から逃げるって話をしてんだよ。お前さん達が悪目立ちすると、その可能性も高めちまう。そのぐらい、御嬢様でも分かるだろ?」
「……善処はしますよ」
苛立ちを表情に出しながら言葉を返すアリアは、受け取った手紙を持ってそのまま部屋を出る。
それにエリクも付いて行こうとすると、椅子に座ったままドルフが呼び止めた。
「エリク」
「?」
「どうして王国傭兵のお前さんが、帝国の御嬢様と一緒に逃げてんだ?」
「……雇われた。だから守っている」
「雇われたって、何を報酬に?」
「さぁ、俺にも分からない」
「分からないって……何の報酬も無しに雇われるとは、傭兵としちゃあ考え難いんだがな」
「アリアは、出世払いだと言っていた」
「出世払い……。……クク、ハハッ!」
「?」
「そりゃあいい、出世払いか。確かにそれは、期待してもいいかもな」
「……どういうことだ?」
「あの御嬢様は、皇帝の弟の娘だぜ。下手なことでもあれば、次期女帝になっちまう可能性すらある。そんな御嬢様が出世払いで報酬をくれるっていうなら、さぞ良いモノが貰えるだろうよ」
「……」
「エリク、お前もあのお嬢ちゃんを見張っておけよ。ああいう正義感丸出しってタイプは、自分で厄介事に巻き込まれて自滅するからな」
その言葉をドルフが発すると、エリクは扉に向けていた身体の正面を振り返らせる。
そして先程の言葉と自身の気付きを基に、エリクは自身の疑問を口にした。
「……やはり、俺達を見張っているのはお前の見張りか」
「なんだ? 気付いてたか」
「どうして見張りを?」
「そりゃ、お前等が下手なことをしないように監視してるんだよ」
「なら、俺達が下手なことをしたらどうする?」
「え?」
「その時は俺達を……いや、アリアを殺すつもりか?」
「!」
エリクは自分達に見張りを付けられている理由を、敢えてそう問い掛ける。
するとドルフは僅かに表情を険しくさせた後、薄ら笑いを浮かべながら応えた。
「……さて、何の話か分からんな」
「ゲルガルドという者から、アリアを逃がすようお前は依頼を受けたんだろう。……ならアリアを逃がせず捕まえられてしまったら、どうするつもりだ?」
「……」
「その時は、依頼主が邪魔になるアリアを殺す依頼も受けているんじゃないか?」
エリクは『アリアを逃がす』という依頼の裏に在る、もう一つの依頼内容がある事を推測する。
それは傭兵として数多の依頼を受けて成功させてきたエリクにとっては、考えられる可能性でもあった。
それを敢えて問われたドルフは、小さな溜息を漏らしながらエリクと視線を合わせて答える。
「だとしたら、どうする?」
「その時は、俺が仕事をするだけだ」
「なるほどな。……言ったろ? お前さん達が下手なことしなけりゃ、こっちも逃がす依頼を達成させるさ。その点だけは、信用してくれていいぜ」
「……そうか」
互いに緊張感を持った言葉を交わした後、二人は視線を逸らす。
そしてエリクは背中を見せながら扉側へ赴き、アリアの後を追った。
するとドルフは椅子に腰掛けたまま、小さな溜息を漏らす。
そして額に冷や汗を僅かに浮かべ、扉側へ視線を向けながら言葉を零した。
「アレが傭兵エリクか。……あんな化物、相手したくねぇな」
僅かに震える右手を強く握るドルフは、敵意を向けたエリクについてそうした感想を零す。
それは同じく傭兵として数々の戦場を経験したドルフだからこそ、感じ取れた危機感だった。