子供の御守り
アズマ国のブゲンとトモエがケイルの窮地に駆け付け、『黄』の七大聖人ミネルヴァと激戦を繰り広げている頃。
シルエスカと別れて都市南部で魔導人形の奇襲に遭っていた同盟国軍の地上部隊は、立て籠った傭兵ギルドの内部で待機している。
魔導人形が機能停止し交戦はしていなかったが、怪我人の治療と箱舟への通信を試みながら、シルエスカ達の帰還を信じていた。
そして一通りの治療が完了する中で、現場の指揮を委ねられていた第六部隊の隊長が負傷した隊長達を含めて話し合っている。
「――……怪我人だけでも、箱舟まで運ぶべきじゃないか?」
「あの揺れ、グラド将軍達が工場地帯を爆破したはずだ。魔導人形も停止している今なら……」
「だが、箱舟に通信が届かない……」
「通信が繋がらない以上は、箱舟でも何か遭ったと考えるべきだろう」
「……あの魔導人形達に、箱舟が破壊されたのかもしれない……」
「馬鹿。他の前で、それは絶対に言うなよ」
「分かってるよ……」
「……だが高位の回復魔法師が居ない以上、手持ちの医療具では応急処置が精々なのも事実だ……」
第六から第九部隊の隊長達はそう話し、箱舟の状態を危惧しながら戻るか残るかの選択肢を迫られている。
四十名以上の負傷者の中には重傷を負った者も含まれ、応急処置の縫合や止血程度では命の危機は拭えない。
そうした重傷者だけでも一部隊が率いて箱舟に戻り、内部に設けられた治療施設で手術を受ければ助かる可能性もある。
この十五年以上の戦いでアスラント同盟国は高位の回復魔法師を多く失い、新たな魔法師を育てられていないのも負傷者の状況を深刻にさせていた。
故に今の同盟国は攻撃手段を銃火器に頼り、若い兵士達も数ヶ月程の短い訓練で何とか戦える様にはなっている。
しかし回復手段は医学の心得を学んだ衛生兵だけしか行えず、それも一つの部隊に数名のみしか配置できずに負傷者に対して適切な医術が行える人物が少なかった。
「……もしもの事態に備えるのなら、全員で負傷者を箱舟まで運ぶ方がいい」
「地下へ行った元帥達を、待たなくていいのか?」
「元帥の強さは見ただろう? あの人なら、魔導人形程度は問題は無いはずだ」
「それは、そうだが……」
「……だが、もし我々が全員で移動するとして。また魔導人形達が沸き出すようなことがあれば……」
「その時は、今度こそ全滅だな……」
「……」
今の状況と考えられる推測の中で、隊長達は決断を迫られる。
一同が僅かに沈黙する中で、負傷している隊長の中で最も傷が深い第八部隊の隊長が痛みを堪えながら話を切り出した。
「――……俺は、全員で戻る案を支持する」
「!」
「俺も、それに俺の第八部隊も、第七部隊も。半数以上が負傷者だ。……このまま御荷物になるくらいなら、箱舟まで戻した方が良い」
「だが、もし途中で襲われたら……」
「その時は、負傷した俺達を捨てて逃げてくれても構わない」
「!」
「おい……!」
「俺達は、覚悟して魔導国を倒す為に来たんだ。……生き残れる可能性がある奴は、生きて戻るべきだ」
「……」
「それに、元帥でどうにも出来なかったら、俺達でもどうする事も出来ない。……状況が分からない今、ここに残り続けてもあまり意味は無い……」
「……ッ」
負傷し肩と腹部に巻かれた包帯に血を滲ませながら、第八部隊の隊長は意思と考えを伝える。
それを聞き互いに渋い表情を浮かべながらも、最終的に隊長達は決断を下した。
「――……これより、負傷者を運びながら箱舟まで撤退する!」
「!」
「第六部隊で周囲を警戒しながら索敵! その後を追う形で、第七部隊と第八部隊は負傷者を運びながら付いて来い! 第九部隊は殿を任せる!」
「――……ハッ!!」
隊長達の意見を纏めた第六部隊の隊長は、他の兵士達にも撤退を決断する。
兵士達はその声の応じに従い、各部隊で役割を担いながら撤退の準備に入った。
担架や兵士に肩を貸されながら、負傷者達が外に運ばれる。
そうした中で一人の兵士が地下に続く階段の前を通った時に、周囲の雑音とは別の音を聞き分けた。
「……音?」
「どうした?」
「いや、地下から音がして……」
「!」
その兵士の傍を通った一人の兵士が、同じく耳を傾けて地下に耳を向ける。
そして確かに複数の足音が響いているのを聞き、目を見開き慌てながら周囲の兵士達と隊長に大声で呼び掛けた。
「隊長! 地下から、誰か来ます!」
「!」
「総員、物陰に隠れて構え!」
「相手の姿が確認できるまでは、撃つなよ!」
兵士の呼び掛けで隊長達は状況を知り、各兵士達にその命令を伝える。
そして瓦礫や机などの裏側に兵士達が隠れ、手に持つ自動小銃を構えながら地下金庫に続く階段に銃口を向けた。
時間が経つにつれて足音は確かに聞こえ、兵士達は息を飲み込む。
そして明かりを灯しながら地下の階段を登って来た人影を全員が視認すると、全員が銃口の照準を定めながら第六部隊の隊長が告げた。
「――……手を上げろ! 両膝を着いて――……お前達は……!」
「こ、こちら第十部隊、第五班であります! 元帥の命令により、一時帰還いたしました!」
複数の銃口を向けられ明かりに照らされた先には、同じ兵装を着た若い兵士が立っていた。
その後ろからも更に若い兵士が姿を見せた事で、銃を構えた兵士達全員が安堵の息を漏らす。
そして明かりに照らされる中で銃を担ぎ直した第六部隊の隊長が歩み寄り、帰還した兵士達に尋ねた。
「――……よく戻って来た。それで、施設に時限爆弾を?」
「いえ。今現在も、元帥が地下内部を捜索中です」
「そうか。……なら、どうして帰還を? 元帥から何か命令が?」
「……実は、その……」
そう言いながら第十部隊の若い兵士が後ろを振り返り、地下へ続く階段を見下ろす。
それに訝し気な表情を浮かべた第六部隊の隊長は、胸元の明かりを地下へ向けた。
それを見た第六部隊の隊長は、目を見開きながら驚きを呟く。
「な……!?」
「……その、地下で彼等を発見しました。そして元帥の命令で、地上まで案内と保護を……」
「子供が、これほどの数で……!?」
信じられない者を見た第六部隊の隊長は、驚きの声で顔を振り向かせて聞く。
そこには五十名以上の少年少女達が、身を寄せ合いながらも確かに存在していた。
そして牽引した兵士が明かりを灯しながら腕を軽く仰ぎ、子供達を上へ登るように指示を出す。
それを見て恐る恐る足を動かし、階段の上まで登り終えた大勢の子供達を兵士達は視認した。
「子供……!?」
「子供が、こんなに多く……」
「捕まってたのか……?」
兵士達がそれぞれに口を揃えたように困惑し、目の前に現れた五十名以上の子供達に自身の目を疑う。
そして第十部隊の兵士から一通りの事情を聞いた第六部隊の隊長は、半信半疑ながらも状況を再確認しながら聞いた。
「――……つまり、彼等は地下の自然で暮らしていた子供なのか?」
「はい」
「……年齢から見て、魔導国の子供以外にも、都市が浮遊してから攫われた子供か……」
「実は、その件で少し問題も……」
「?」
「彼等は、ここで教育を受けたようで。……彼等にとって、我々は敵に近い認識を刷り込まれています」
「……なら、どうして大人しく付いて来たんだ? 暴れた様子も無いようだが……」
「どうも、誰とも争ってはいけないと教え込まれているようです。なので都市落下に伴い彼等も保護し避難させよと、元帥からの命令です」
「……」
第六部隊の隊長はその話を聞き、頭痛にも似た重みを感じながら首を小さく横へ振る。
この状況で負傷者と共に子供の御守りまで命じられた地上の部隊は、撤退の準備を整えながら彼等を同行させる事を承諾するしかなかった。




