ミネルヴァ再来
魔導国都市内部に赴く全員が、それぞれに自身の目的と役割を果たそうとしている頃。
巨人型魔導人形を破壊し、旧師との再会を果たしたケイルは、行く手を阻む魔導人形を撃破しながら都市中央部に辿り着いた。
丁度その時、都市北部の工場地帯が巨大な爆発が発生する。
その火柱を遠目から確認し、ケイルは表情を強張らせながらも口元を微笑ませた。
「――……これで、一つの目標は達成だな。後は、都市の浮遊機能の破壊か……」
ケイルはそう呟きながら、大きな揺れが起きる建物の上を飛び降り、都市の地面を走る。
そして再び行く手を阻もうとした魔導人形を相手に剣を抜こうとしたが、次の瞬間にはその必要性は無くなった。
「……止まった?」
魔導人形は単眼の赤い光が奥底に沈み、次々と機能停止する。
動かなくなった魔導人形達を見回しながら、ケイルは呟き状況を整理した。
「……製造施設を破壊して、人形共の自律機能が破壊されたのか? ……だったら、さっきまでアイツ等を連携させてたのは誰だ……?」
その疑問を呟きながらも、ケイルは都市中央部の奥へ目指して再び走り出す。
ケイル自身が抱くその疑問は、地上と地下で魔導人形の動きが明らかに違った為。
そして自律行動以外に魔導人形達を連携させている何かの意思が働いている事を察していた。
しかしケイルの中にはその疑念より、更に重要な目的がある。
それが疑念の重要度を下げ、全体の事より自身の目的を最優先にさせた。
「……通信は、やっぱりダメか。……エリクの奴、まだ生きてるよな……」
ケイルは表情を強張らせ、僅かに焦りを含ませながら跳び走る速度を速める。
クロエの予言によってエリクの死を暗示させられたケイルは、その予知を回避する為に合流を果たしたかった。
そして万が一にも、エリクが記憶を失った三十年後のアリアと再会し殺されそうになっていたら。
そのアリアを躊躇せずに殺す意思を固め、ケイルはエリクとの合流を目指す。
そしてエリクが赴いたはずの都市中央部に辿り着き、魔鋼で出来た黒く巨大な塔の前に立ったケイルは、周辺を巡りながら入り口となる場所を探した。
同時に先に赴いているはずのシルエスカが率いていた同盟国軍の部隊も探し、状況を確認しようとする。
周囲にはそれらしい兵士の人影も無く、エリクどころかマギルスやシルエスカの姿も無い。
しかし塔付近の道路に戦車の無限軌道跡が残っている場所を確認し、更にその近くで菱形に切り取られた地面の穴を発見した。
その穴を覗き込みながら、ケイルは状況の推察を呟く。
「……まさか、ここから全員が降りた……? いや、戦車は別の方角に移動している。……こういう事をやるのは、マギルスだな」
周囲の痕跡を確認し思考したケイルは、出入り口の無い塔を見て戦車と一定の部隊は南側へ移動し、恐らくマギルスが開けたであろう分厚い地面の穴に開けた張本人が降りた事を確信した。
それと同時に出入り口の無い黒い塔の並びを見て、ケイルはエリクの行動を予測する。
「……地上に出入り口が無いなら、地下に出入り口があると思うはず。エリクも一緒に降りたのか……」
今の状況からエリクの行動を予測したケイルは、的を射た結論を導き出す。
そして自分もエリクの後を追う為に地下の底へ降りようかと考えた時、目を見開くと同時に背筋に悪寒を走らせた。
「ッ!!」
ケイルはその悪寒を信じ、咄嗟に巨大な黒い塔がある方へ身体と目を向ける。
そこでケイルが見たのは、黒い塔の表面に白く光る巨大な魔法陣が浮かび上がり、その中から飛び出すように出て来る人影を目撃した。
「……あれは、まさか転移魔法……!?」
魔法陣の正体が転移魔法と察したケイルは、人影が着地するより前に動き出して周囲の建物内に隠れ潜む。
そして窓の隙間から転移魔法陣が見える黒い塔に目を向け、出現した人影の正体を確認した。
「……まさか……、七大聖人のミネルヴァ……!?」
ケイルは口パク程の声量でそう呟き、視界に捉えた人物の正体を正確に読み解く。
『黄』の七大聖人ミネルヴァ。
元フラムブルグ宗教国家に所属していた七大聖人であり、三十年前にはルクソード皇国に攻め込みアリア達が撃退し捕縛した人物。
それがどういう理由か、今現在はアリアを『神』と崇め信仰し、魔導国に与して地上の国家の殲滅を担う主力人員として活動している。
その情報をシルエスカから聞いていたケイルは、驚きながらも予想内の事態に落ち着きを取り戻した。
「……襲撃に気付いて戻って来たのか? ……いや、それにしては遅すぎる。いったい何を……ッ!?」
ケイルは疑問を呟きながら思考し、ミネルヴァの行動を冷静に観察する。
しかしミネルヴァが右手に握り持つ何かに気付き、それを見て驚愕の表情を浮かべた。
「アレは、まさか……ダニアス……!?」
ケイルが見てしまったのは、浮遊都市攻略作戦前に見たアスラント同盟国の議長ダニアスの顔。
しかし下の胴体は無く、首だけとなったダニアスの金髪を掴み運んでいるミネルヴァに、今度は予想外の驚きをケイルは見せた。
そして今までの状況を推察し、ダニアスがそうなった理由を導き出す。
「……そうだ。奴等はこっちの作戦と並行して、生き残った国を殲滅しようとしてた。……あの基地に居たダニアスが殺されたってことは、同盟国は陥落した……!?」
「――……その通りだ。異端者」
「!?」
ケイルは同盟国が殲滅された事を察し、僅かな動揺を見せる。
それと同時に、自身の耳元で女性の声がはっきりと聞こえた。
そして後ろを振り返ると同時に魔剣を引き抜いた瞬間、ケイルの眼前に白い旗槍の柄が迫る。
それに気付き咄嗟に魔剣の刃で防御しながら構えたケイルだったが、旗槍の威力に負けて身体が建物を突き破りながら飛び出し、その衝撃に歯を食い縛り痛みを堪えながら転がり倒れた。
「ガッ、ハッ……!!」
「――……慈悲深い神に感謝しろ。神に仇名す者、罪人ケイル」
「……ミネルヴァ……!?」
痛みを堪え息を吐き出すケイルは、起き上がる事を試みる。
しかし建物内から出ながら言葉を向けるミネルヴァに、ケイルは驚いていた。
それから一瞥するように塔前を見た時、間違いなくミネルヴァが存在する事を確認する。
更に目の前に歩み来るミネルヴァにも視線を飛ばし、ケイルは過去にエリク達が戦った時の事を思い出しながら呟いた。
「……そうか。アレは、魔法の分身体ってヤツか……。でも、いつから……ッ」
「そんな事を、罪人の貴様が知らずともいい」
「……罪人だと?」
「神に対する貴様の罪。本来ならば神の手を煩わせず、私自身が貴様に鉄槌を下すところだが。……神は告げられた。エリク、マギルス、そしてケイル。この三人の罪人を生かしたまま捕らえ、神の御前へ捧げよと」
「……神ってのは、アリアのことか?」
「その名は既に『神』のモノでは無い。……だが御前に捧げる前に。罪人ケイル、お前には罰を与えねばならない」
「!!」
「生かさず殺さず。死の苦痛を与え、そして生の実感を与えよう。……幾度もな」
「……クッ!!」
近付きながら白い旗槍を再び振り、同時に身に纏う白い神官服と身にも刻まれた紋様が光だし、ミネルヴァは殺意の籠った表情で構える。
それを見たケイルは痛みを堪えながら咄嗟に起き上がり、ミネルヴァと対峙するように魔剣を構えた。
「さぁ、懺悔しろ。そして許しを乞い、『神』の前に跪け。――……罪人ッ!!」
「ッ!!」
ミネルヴァはそう叫びながらケイルの眼前に迫り、同時に五人の分身体を作り出す。
そして目にも止まらぬ速さで迫ると同時に、分身の二体が転移しケイルの背後へ回り込んだ。
『神』を信奉する『黄』の七大聖人ミネルヴァ、そして男を救う為に『神』を斬ろうと覚悟したケイル。
互いに相反する意思の聖人同士が相対し、その戦いの幕を開けた。




