子供の理想
都市の地下内部に設けられた大自然の中で暮らす者達に、シルエスカは出会う。
それを取り纏める若い青年の話を聞いたシルエスカは、彼等が神と呼ぶ対象がアリアであり、それと直に接触し言葉を伝えているのが『黄』の七大聖人ミネルヴァだと理解した。
僅かに目を見開いたシルエスカはそうした理解を確信し、すぐに表情を戻す。
その僅かな変化に気付いた青年は、訝し気な目を向けながらシルエスカに尋ねた。
「どうした?」
「いや。……それより、そのミネルヴァという神官は何処に?」
「醜悪な世界と、そこに住む醜悪な者達を浄化していると聞いている」
「浄化……?」
「醜悪な世界を浄化し、神が理想とする世界を作る。その為にミネルヴァ様は我々を守り、世界を浄化する為にこちらと外を行き来している」
「……神が理想とする世界とは、どういうことだ?」
「神は、醜悪な外の世界を嫌っている。欲と憎しみに塗れた人間同士が醜く争い、数多の生命に害を成す。そんな人間達が作り出した世界を全て浄化し、争いの無い世界を作る。それが神の理想だ」
青年は真剣な表情でそう話し、シルエスカに神の理想を話す。
それを聞いたシルエスカは眩暈にも似た嫌悪を表情の裏に秘め、今のアリアが地上の国々や人間を滅ぼす為に魔導人形を送り出している理由を理解した。
それはまるで、夢を見がちな子供が述べるような甘ったるい理想の世界。
争いも無く、欲も無く、ただ生命が生き続けるだけの漫然とした平和。
そして地下空間の大自然を見た兵士達や、シルエスカが抱いた違和感の正体に納得が浮かぶ。
動物同士が縄張り争いもせず、肉食のはずの動物達が襲おうともせず、森の周囲に生る実や植物を食していた理由。
神の理想はこの自然に反映され、動物同士が争わず、また人間すらそうした行動を行わないように教え込まれているのだ。
耳障りの良い理想を教え、それが素晴らしいと説く。
目の前にいる青年や周囲の少年少女達は、ミネルヴァを通じて神の言葉を純粋に信じていた。
シルエスカはそれを理解し、溜息を吐き出す。
そして呆れた声で、その理想に対する言葉を述べた。
「……そんな事の為に、地上の人間を殺しまわっていたとはな」
「?」
「……お前達は、外の状況を知らない。そうだな?」
「知っていると言った。外はミネルヴァ様が浄化し――……」
「外で行われているのは、浄化などではない。虐殺だ」
「……虐殺?」
「お前達の神は、そしてそれを信奉するお前達の神官は、地上の人々を殺し回っている。お前達のような若者や、子供でもだ」
「……」
「生命の無い魔導人形を地上へ送り、人間を殺し尽くし、世界を滅ぼす。……それがお前達が言っている、浄化という行為だとでも言うのか?」
「……地上の人間は争い続けている。それを止める為に神が考えた方法なら、きっと正しい」
「それを、外から来た私に言うのか?」
「……」
「確かに、世界は争いに満たされている。人間が人間を、人間が魔獣を、そして魔獣が魔獣を。そうした闘争が地上で続けられていた」
「なら――……」
「だが、それが生命だ」
「!」
「闘争も無く、欲も無く、様々な生命が共存する理想の世界。確かにそれは、誰もが望みそうな事だろう。……だが生命がある限り、それは決して絶やされない」
「そんな事はない! 地上を浄化し、神に守られた我々が地上で暮らす。そうすれば、二度と争いは――……」
「その試みは、既に失敗している」
「……え?」
シルエスカの言葉に青年は表情を強張らせ、強調しようとした理想を口から止められる。
その青年の様子を呆れた様子で、そして憐れんだ様子を見せながらシルエスカは話を続けた。
「……何万年以上という昔、ある神がこの世界を創った。我々はかつてその神を、『創造神』と呼んでいた」
「神……。我々が知る神と同じか?」
「違う、まったくの別神だ」
「……」
「創造神はこの星を作り、大地を作り、海を作り、そして様々な生命を作り、この世界に放った。だがそれ等の生命は争い、対立し、共存できずに別れた」
「……」
「それを見た創造神は、その世界を嫌い、五百年以上前に自分自身で作った世界を滅ぼそうとした」
「……!!」
「外で起こっている状況。言わばお前の神がやらせている浄化は、五百年前に創造神が起こした虐殺の再現に過ぎない」
「!?」
「その結果がどうなったか。……お前達の神の理想が、それを教えているな?」
「……その創造神という神が行った浄化は、成功したのか?」
「いいや。この星に住む生命によって、創造神の目的は阻まれた。……だがそれを完全に止められず世界は天変地異に巻き込まれ、多くの生命の犠牲の末に、僅かな生命達が生き残った」
「なら、それは浄化が失敗しただけだ! 我等の神なら――……」
「言っただろう? その試みは既に創造神が初めに行い、失敗したと」
「!」
「お前達の神が外の世界を滅ぼし、その世界にお前達を降ろし、理想の世界を創るつもりなのだろう。……だが結局は、同じ事が起こる」
「そうはならないッ!!」
「なる。お前達がそれを行わなくても、お前達の次の世代が、あるいはそれより先の世代が、お前達の言う醜い世界を作り出す。……そうなった時にお前達の神は、我々に行っている虐殺と同じ事を再びするだろうな」
「……!!」
「お前達は、魔導人形のように従順に従う生命無き機械ではない。……我等と同じ、精神を持ち、魂を持ち、そして肉体を持つ生命だ。生命で在る限り、お前達もその輪廻からは逃れられない」
「ち、違う……! 神は決して俺達に、俺達が築く理想の世界に、そんなことはしない……!」
「……創造神も、そう思っていただろうな」
シルエスカの言葉と雰囲気に気圧され、青年は僅かに身を引きながら反論する。
そんな青年の様子にシルエスカは憐れんだ瞳を宿しながら、身を翻して背中を見せた。
「お、おい! 何処へ……」
「……我々はこれから、お前達の神とやらが云う理想を阻む。その為に来た」
「!」
「お前達がそれを阻むのであれば、敵として容赦するつもりはない。……だがお前達の神とやらが行っている虐殺を許せないと思う者達は、お前達よりに遥かに多い事は知っておけ」
「……ッ」
シルエスカは長い赤髪を纏わせた背中を見せながらそう話し、そのまま青年や町から歩み去る。
青年はそれを見送りながらシルエスカの言葉を否定しようと、シルエスカの背中を睨んだ。
その視線を感じたシルエスカは、去りながら新たな言葉を青年へ送る。
「――……なんだ、お前達にもあるじゃないか。お前達が醜いと言う、怒りや憎しみという感情が」
「!!」
「その感情こそが、お前が我々と同じ生命であると、証明しているぞ」
「……」
シルエスカはそう伝え、青年は自身が抱いた感情に驚きながら身を引く。
そして去り行くシルエスカの背中と述べられる言葉に反論できずに膝を着いて動揺し、嗚咽を漏らした表情を隠すように地面へ埋もれさせた。




