地下の自然
大地と植物、更には小川さえ存在する地下の空間に驚きを浮かべるシルエスカは、鉄で出来た通路を出てその地に踏み入る。
赤槍を両手に携え、シルエスカは周囲を見渡す。
それと同時に後ろから付いて来ていた兵士達も踏み込み、銃を構えながら四方を固めて警戒した。
兵士達も周囲を囲む木々や地面、更には耳に届く鳥の鳴き声や小川のせせらぎを聞き、自身の視界に映るモノを全て疑う。
そうした中で、同行している第十部隊の隊長がシルエスカに話し掛けた。
「――……元帥。この場所は、偽装か幻覚の魔法で……?」
「……いや、違うな」
「局長殿も、確か魔法でこのような空間を作り出していたと記憶していますが……」
「植物や木々に、生命力が宿っている。幻覚や偽装なら宿っていない。……この場所にある自然は、間違いなく本物だ」
「!!」
シルエスカはそう話しながら、周囲の木々に歩み寄る。
そして木に触れ、間違い無く本物の自然空間である事を断言した。
その言葉に兵士達は驚き、銃身をやや下げながら再び周囲を見渡す。
そして隊長が手で手信号を送り、兵士達は数名ずつに分かれて周囲を索敵させた。
兵士達は草木に触れ、地面を踏みしめながら一歩一歩を確認している時に上を跳ぶ数羽の鳥が羽ばたく音に驚きながらも、木々を盾にして周囲を覗き見るように確認する。
更に索敵機で魔導反応も念入りに確認し、幻覚魔法を警戒し五感を狂わせる薬香を防ぐ為に戦闘服に備わるマスクを上げ付けた。
それから数分程の索敵を行い、兵士達は再びシルエスカの周囲に戻る。
そして各班の報告を聞いた隊長が、シルエスカに情報を伝えた。
「――……通路以外の周辺空間の壁は、全てあの黒い金属でした。……ただ……」
「?」
「私見ですが、この森や土地が本物だとしても、育つには数年どころではないはず。これ程の大自然を実際に作り出すには、大規模な人員が必要なはずです」
「ならば、魔導人形が作らせたのかもな」
「御冗談を……」
「空を飛ぶ型や、先程の四足型。魔導人形は多種多様の型がある。自然環境を作り出す魔導人形が居ても、不思議ではない」
「まさか、そんな事の為に魔導人形を……?」
「現に、都市に居たはずの数十万の人間が、死体すら残っていない。清掃用の魔導人形も居るのだろう」
「!」
「しかし今の問題は、魔導人形ではない。……この場所がどういう目的で作られたか。そしてここに、浮遊機能を有した施設まで通じる道があるかだ」
シルエスカは呟きながらも意思を強く込め、その言葉を同行する者達に向けて歩き出す。
あまりの事態に唖然としていた一同は目的を再認識し、シルエスカに続くように歩き始めた。
一行はそうして地下に設けられた自然の大地に入り、都市地下の中心部がある北の方角を目指す。
その間にも兵士達は警戒していたが、森を出て拓けた場所に出た瞬間、全員が更なる驚きに包まれた。
「――……!?」
「こ、これは……」
兵士達が驚いたのは、森を出てはっきりと見えるようになった上空。
そこには外と変わらない青い空と太陽が昇り、日の光が差し込む中で緩やかな風で動く雲が見える青空があった。
兵士達が驚いたのは青い空が地下にある事も含まれていたが、外は真っ暗な夜だったはずという認識も加わっている。
地上と地下で時間の流れが違う事に、兵士達は困惑染みた表情で顔を上げていた。
その中でシルエスカは前方を見て、再び歩き出す。
それに気付いた兵士達はシルエスカの後を追い、森を抜けて小川を渡り、次の森に入った。
その森に入って兵士達が驚かされたのは、森に暮らす小動物の多さ。
兵士達が列を成して踏み足を鳴らすと、木々から鳥達が飛び立つ。
更に茂みからは野兎を始め、狸や狐、更に豚や猪など、あらゆる野生動物達がその視界に飛び込んで来た。
更に湖で水を飲む鹿や猿、そして爬虫類であるヘビや小さな虫も確認する。
その動物達は人間である兵士達を見ると散りながら去り、中には兵士達を窺う小動物達もいた。
「……ど、動物がこんなに……」
「本当に、ここが地下なのか……?」
「……なぁ、おかしくないか?」
「え?」
「魔物化してる動物が、一匹もいない」
「!」
「確か魔物って、動物同士で縄張り争いをすると、魔物化するんだろ? ……なんで多くの種類がいる森に、一匹も魔物がいないんだ……?」
兵士の一人がそうした疑問を述べ、改めて兵士達は動物達がいた方角を見る。
自然動物は他の動物と争う際、何らかの条件で魔物に進化する事は人々の常識の中にあった。
しかしこれ程の種類が多く生息する森で、一匹も魔物化している動物の姿が無い。
魔物化していれば他の動物に対して好戦的になり易く、更にそうした個体が強力になり、様々な階級の魔物や魔獣として脅威になるはずだった。
しかしこの森では、それが起こっていない。
それだけではなく、他の動物達が縄張りを持たず、まるで共存しているように共に居る姿に兵士達は不自然さを感じた。
その中で先頭を歩くシルエスカに、第十部隊の隊長が話し掛ける。
「……元帥。この森は……いえ、この空間は自然のように見えて、明らかに不自然です」
「分かっている。……まさか、本当にこんな場所があるとはな……」
「元帥?」
「……少し前に、【天界】の話を私やクロエがしていたのは、覚えているか?」
「エデン……。確か、神が住んでいたという?」
「ああ。……私も聖紋で継承した知識でしか知らないが、【天界】は夜に輝く月ほどに巨大な大きさで、我々が住む世界の傍に存在していたらしい」
「!」
「そして【天界】の中には、地上と変わらぬ豊かな自然と、そこに住む原住民達によって文明が築かれていたそうだ」
「……まさか、ここは……?」
「この都市の浮遊機能は、【天界】の技術が使われているとクロエは言っていた。……ここがクロエの言っていた、『箱庭』という事だろう」
「……にわかには、信じられませんね」
「安心しろ、我もだ」
「え……?」
「奇怪な現象は、クロエという理不尽で十二分に体験したと思っていたが。……我が思うより、この世界は遥かに奥深いらしい」
シルエスカはそう言いながらも、口元を僅かに微笑ませる。
その時の彼女は既に百歳を超えていたが、胸の内に熱く滾る思いを感じていた。
未知の場所、未知の技術。
こうした状況でも無ければ思う存分に走り回り、【天界】の中を探索してみたいという衝動がシルエスカの中にあった。
しかし自身の目標が在るシルエスカは、僅かに微笑んだ口元をすぐに戻し、気を引き締めた表情で先頭を歩く。
それに追従する兵士達もまた、自身の目的と役割を果たす為に後に続いた。
それから十数分以上が経ち、再び一行は森から出る。
そして日の光が差し込む空に照らされながら、シルエスカや兵士達は目の前に広がっている光景に驚きを浮かべた。
「――……ッ!!」
「え……!?」
「……な、なんだ。アレ……?」
「まさか、町……?」
「そんな馬鹿な……」
目の前に広がる光景を目にした兵士達は、驚きのあまりに目に見えるモノを否定しそうになる。
森から出た一行が出たのは、二百メートル程の高さがある山の頂上付近に位置する場所。
そこから見下ろした時、シルエスカ達は麓に広がる多くの建築物を目撃した。
その作りは近代的なモノではなく、どちらかと言えば遺跡に近い。
しかし間違いなく、そこは自然と溶け込んだ町と呼べる規模の広さを有していた。
「――……あれは……、まさか……」
「元帥……?」
「……人間がいる」
「!?」
一同が驚愕する中で、シルエスカだけが町の中に目を凝らす。
そしてシルエスカは視界に捉えたという人間に、一同は更に驚愕して全員が町を凝視する。
シルエスカの言う通り、遺跡の町には人間が暮らしていた。




