黒騎士と黒獣
過去の自分を元に全身が魔鋼で作られた黒騎士魔導人形を打破する為、エリクは悲しみを宿した目に鋭さを戻す。
それと同時に素早く動き両手で持った大剣を突いて来た黒騎士に対して、エリクは大剣を持たない左手を正面へ伸ばし、突かれた剣先を掴み止めた。
『……!』
「――……遅いな。昔の俺は」
大剣で迎撃するでもなく無造作に掴み止めたエリクは、そう呟く。
黒騎士はそれに対してすぐに大剣を引き、それと同時に跳躍し大剣を振り上げながらエリクに対して直上から大剣を振り下ろした。
『……!?』
しかしそれも無造作に上げた左手でエリクは受け止め、その衝撃が地面へ流れて振動を起こす。
過去にエリク自身がゴズヴァールやクロエという強者に防がれた方法で、黒騎士の攻撃を受け流したのだ。
魔導人形であるはずの黒騎士は感情を持ったように驚きの硬直を見せた瞬間、エリクは右手に持つ大剣で迎撃する。
大剣が直撃し吹き飛ばされた黒騎士は、白い金属床と擦れる金属音を鳴らし転がりながらも停止した。
しかし鎧や骨格が傷付いた様子は無く、そのまま起き上がる。
それを見届けながら、エリクは黒騎士を見て呟いた。
「……昔の俺は、弱かった」
『……』
「ただ弱かったんじゃない。知ろうとしなかったから弱かった。……今だから、そう思う」
『……!』
「過去は、現在には勝てない」
黒騎士が起き上がる中で、エリクは大剣を背の鞘に戻す。
そして自身の両手を拳として握り、改めて黒騎士と対峙した。
無表情で黒い甲冑を身に纏っているはずの黒騎士が、僅かに憤りを抱いたかのように手の指を床に噛ませる。
そして起き上がると同時に大剣を構え、膨大な黒い魔力を溜めながらエリクに攻撃を放った。
再び巨大な黒い魔力斬撃が放たれ、エリクを飲み込むように白い空間に黒い閃光を生み出す。
しかし黒い斬撃の中を掻き分けるように、白い生命力を纏ったエリクが黒騎士の前に飛び出した。
『!!』
「――……があっ!!」
エリクは大振りをした後の黒騎士の隙を突き、その顔面に生命力を纏わせた拳で殴り飛ばす。
再び吹き飛ばされ転がる黒騎士は赤い両目を点滅させながら困惑し、転がる身体を翻しながらすぐに起き上がった。
しかし既に、黒騎士の目の前にはエリクが居た。
『――……!!』
「フンッ!!」
エリクは黒騎士の腹部へ右拳を振り上げ、中空に吹き飛ばす。
損傷は無くとも対応できないエリクの速度に黒騎士は翻弄され、再び赤い目を点滅させながら下に居るエリクを見た。
そして十数メートル以上まで浮かされた黒騎士を見ながら、エリクは再び大剣を引き抜く。
そして今度はエリクが白い生命力を大剣に纏わせ、落下する黒騎士に目掛けて大剣を振った。
その瞬間、エリクの前方に巨大な白い斬撃が生み出される。
それは生命力で成された斬撃であり、その威力は黒騎士が放つ魔力斬撃と同等かそれ以上の威力だった。
その白い斬撃に飲まれた黒騎士は、その衝撃と威力で再び大きく吹き飛ばされる。
そして数十メートル先に飛ばされ転がりながら、黒騎士は一時的に停止した。
「……これでも、壊れないか」
『……』
しかしエリクがそれを見ながら大剣を鞘に戻し、再び両手の拳を握って構える。
そして黒騎士も再び起き上がり、エリクに大剣を向けた。
黒騎士は、魔鋼で出来た骨格と鎧で守られている。
エリクから受けた顔面の攻撃も、そして生命力の斬撃でも傷が付かず、羽織る黒い外套が消失しただけに留まっていた。
制約のアリアが述べる通り、尋常ではない硬さの魔鋼を破壊する事は不可能。
ならばどうするかと考え至っていたエリクは、それを実行する為に黒騎士へ歩み始めた。
「……やはり、この手しかないか」
『……!!』
エリクが無造作に近付く中で、黒騎士は両手で大剣の柄を持ちながら矛先を横に向ける。
すると黒騎士はその大剣を振り回しながら遠心力を使い、その巨体と大剣を旋風のように回転させた。
更に黒い魔力も加わり、それが黒い竜巻となって周囲一帯に強風を吹き荒らす。
巨大な黒い暴風となってエリクに再び攻撃を仕掛ける黒騎士に対して、エリクはそれを見上げながら全身の生命力を再び滾らせた。
「……なるほど。そういう事もやればできるか」
感心したように呟くエリクに対して、暴風の中心部に居る黒騎士は回転しながら斬撃も飛ばす。
黒い暴風の中から出て来た複数の黒い斬撃がエリクに襲い掛かり、それが直撃したかのように衝撃を生み出した。
しかしエリクはそれすら避け、更に歩みを止めて走り出す。
そして再び襲い来る黒い斬撃を回避しながらエリクは暴風の中心部に突入し、回転する黒騎士を掴み止めた手で兜と鎧の隙間に指を差し込んだ。
「――……グォオオッ!!」
『!!』
エリクが歯を食い縛りながら両指と両腕に力を込め、更に生命力を強めながら掴んだ兜と鎧を引く。
すると骨格と鎧部分の留め具となっていた魔鋼の部品が突如として揺れだし、数秒後に黒騎士の身を包んでいた鎧と兜の一部が剥ぎ取られた。
『……!!』
「やはり、鎧と骨格は別か」
装備が剥がされた事に驚く様子を見せた黒騎士は、思わず両腕を振り回しながらエリクを引き剥がす。
それに応じるように離れたエリクは退きながらも、その視界に黒騎士を捉えたまま立ち上がった。
この時にエリクが思い出していたのは、過去にワーグナーと共に黒獣傭兵団の団長ガルドに教えられたこと。
重装備を身に着けた兵士や騎士に関する知識を学んだ時だった。
『――……ワーグナー。全身を鉄鎧で纏った騎士や兵士を相手にした場合、どうやって倒す?』
『えーっと……。確か鎧の隙間とかに、剣を突くんっすよね?』
『そうだ。だが混戦の中で鎧の隙間に剣を刺すなんて芸当、出来る奴は人間じゃねぇよ。だが、やりようはある。どうやるか分かるか?』
『えっと……』
『遅ぇな。……全身が鉄の鎧だとしても、中身は人間だ。例え硬くても、叩けば生身が揺れるし、倒せば重い鎧だと起き上がれん』
『じゃあ、転がしちゃえってことっすね』
『それが一番、楽だな。転がして動きが鈍くなった瞬間に隙間に刺し込めば、兵士だろうが騎士だろうが生身の人間は死ぬ。……んで、その次だ』
『次?』
『当たり前だろ。そういう奴等が身に着けてる鎧は、売ればそれなりの値段になる。要は、そういうのを身に着けた死体から剥ぎ取る時だ』
『あっ、ああ。確かに……』
『鎧ってのは脱がすのは面倒臭いんだが、留め具になってる部分なんかは大雑把に出来てる。なんせあんな分厚い鎧でも、戦う時には動かさなきゃいかんからな。それなりに稼働幅も広い。その分、留め具が緩く作られてる場合が多い』
『へぇ、そうなんっすね』
『力任せに引っ張れば剥がせる作りをしてる鎧もある。そういうのは重い鎧をすぐに捨てる必要がある場合に使えるんだが……。ああいう鎧をそのまま担いで行くと無駄に運び難いんで、重なるように解体して戦利品に加えるのが基本だ』
『へぇー』
『へぇ、じゃねぇんだよ。今からお前も剥ぎ取るんだよ。あの死体の山からな』
『……えぇ!?』
『えぇ、じゃねぇ! エリク、お前も見てないで覚えろ!』
かつて王国で起きた内乱でガルドに習ったエリクは、鎧の解体を覚える。
更に膂力と腕力が常人離れしていたエリクは、他の者達より簡単に留め具を壊して鎧を剥ぐという行動も見せた。
エリクの機転で兜の顔面を覆う部分と肩の鎧部分を剥ぎ取られた黒騎士は、兜の下から覗かせていた黒い金属の顔と赤い両目を輝かせて睨む。
それを睨み返すエリクは、黒騎士に対して再び構えた。
「……お前はの身体は、硬い素材で作られている。だが、何故その上から身体を鎧で守っていた?」
『……』
「その鎧の下には、守る必要があるモノがあるんだな」
エリクは黒騎士の鎧が守っているモノが、核であると確信する。
それを見破られた黒騎士は、全身と大剣に黒い魔力を溜めながら放ち、エリクに抗うように襲い掛かった。
エリクはそれに相対しながら再び間合いを縮め、擦れ違い様に黒騎士の背中部分の鎧を掴み剥ぎ取る。
それを投げ放ちながら跳躍し、振り返ろうとする黒騎士の頭部に後ろ回し蹴りを浴びせた。
一見すれば身軽にも思えるエリクの蹴りは、黒騎士を二十メートル先まで吹き飛ばす。
そして黒騎士が床に転がるより先に、エリクが足を着けて身を翻しながら吹き飛び転がり落ちた黒騎士に追い付き、右手を挿し込み鎧の正面を首元の隙間から掴んだ。
「ウォオオオッ!!」
『……!!』
掴んだ正面鎧を、エリクは生命力で高めた剛腕で剥ぎ取る。
その瞬間、黒騎士の胸部分に赤い輝きを放つ核が露出している様子を捉えた。
「それかッ!!」
『――……ガァアアアッ!!』
エリクはそれを見て左手で生命力を宿した拳を放とうとしたが、黒騎士もさせまいと全身から夥しい量の黒い魔力を放つ。
それに飲み込まれる形で剥がされたエリクはその場から吹き飛び、身を翻しながらも足と膝を着けて数十メートル先で止まった。
「……ッ」
『……オォオオオオッ!!』
鎧を剥ぎ取られ核を暴かれた黒騎士は、機械的ながらも雄叫びを上げて全身から黒い魔力を放出する。
その放出量は尋常ではなく、以前にエリクが赤鬼化した際の魔力と同等かそれ以上の放出量だった。
それを感じ取りながらも動揺する様子も無く、エリクは立ち上がりながら背負う大剣を右手で引き抜く。
黒騎士もそれに合わせるように膨大な魔力を放出させながら大剣を握り、エリクと向かい合った。
次の瞬間、互いにその場から消える。
恐ろしい程の速度で走り抜ける二人は、互いの大剣を振りながら衝突するように相手を攻撃した。
「――……終わりだ」
『……ガ、ガガ……ガギギ……ッ』
互いに激突した場に、一つの旋風が巻き起こる。
そして消えた両者は、互いの直線状の進路に姿と結果を見せた。
エリクの大剣は黒騎士の赤い結晶体で出来た核を貫き、人形の身体を宙に浮かせている。
そしてエリクの左肩口を突いて斬り裂いていた黒騎士の大剣は、機械の声が途切れると同時に力無く手から離れて金属音を鳴らしながら床へ落ちた。
左肩から血を流しているエリクは、大剣を引いて黒騎士を床へ置く。
そして核から大剣の刃を引き、儚げな瞳で見下ろしたエリクは黒騎士に声を掛けた。
「……お前はここで、アリアを一人で守ってくれていたんだな」
『……』
「それには、感謝している」
『……』
エリクがその言葉と共に頭を下げた後、黒騎士は赤い目の輝きを止める。
そして黒騎士の骨格と鎧、更に大剣を形成していた魔鋼が突如として液体化し、白い床に反する黒い水溜まりとなった。
黒騎士の最後を見届けた後、エリクは大剣を背の鞘に戻した後、更に上へ続く白い階段へ歩み始める。
そして左肩から流れる赤い血の一滴一滴を白い床に滴らせながら、エリクは再び最上階を目指した。




