少年の考察
グラド率いる第一部隊から第五部隊の同盟国軍とケイルが、都市北部の工場地帯に赴き魔導人形製造施設の破壊と戦闘を繰り広げる前。
準備を整えたシルエスカ率いる第六部隊から第十部隊の約二百五十名の兵士と戦車八台が、グラド達の出立から十数分後に箱舟から離れ、マギルスとエリクも同行しながら都市中央部へ向かっていた。
都市外縁は低く旧建物などが多く残されていた場所だったが、中央に近付くにつれて増築されて聳え立つ金属の高層建築物が増えていく。
そしてグラド達と同じように都市の住民が消え失せた荒れ果てた都市内部を見ながら、シルエスカは部隊の先頭を歩いて呟いた。
「――……人の気配が無い。……どういうことだ? 住民は何処に……」
「みんな、死んじゃったんじゃない?」
「!」
「ほら。あっちこっちに、血の跡があるもん。すっごく古いから、シミみたいになってるけど」
「……確かに」
その隣を歩くマギルスは、周りを見ながら疑問を述べるシルエスカとそう話す。
二人は周囲の建物や道路に見えるあちこちに黒く変色したシミを見つけ、それが血痕である事を察した。
その血痕の古さは、最近のモノではない。
旧都市の建物と同様、かなり古くに流され黒く変色して付いたモノである事は、同行する兵士達も息を飲みながら自覚する。
しかしそれが解せないシルエスカは、新たな疑問を呟いてマギルスに問い掛けた。
「……だが、血痕があっても死体が無い。……どういう事だと思う?」
「うーん、ゴーレムに捨てさせたんじゃない? ……あっ、それともアレかな!」
「アレ?」
「合成魔人にしちゃったのかもね。どっかに連れて行ってさ」
「!」
「!?」
「だって、魔導国は合成魔獣や合成魔人を作れるんでしょ? 前にアリアお姉さんが言ってたよ」
「……そうか。その可能性もあったか」
マギルスの言葉を聞き、シルエスカと周囲に居る兵士達が表情を強張らせる。
三十年前のルクソード皇国で第四兵士師団を率いていたザルツヘルム師団長の下、秘かに作られていた合成魔獣と合成魔人。
その脅威度は実際に赤薔薇の騎士を率いて合成魔獣を討伐したシルエスカは知っており、マギルス自身も合成魔人と対峙している。
しかし敵の侵略兵器が魔導人形だけとなった十五年間の戦いで、合成魔人という兵器も魔導国は作り出す技術がある事をシルエスカは失念してしまう。
逆にマギルスにとっては三十年前の出来事は一年にも満たない過去であり、その結論にすぐに結び付けられた。
そんなマギルスはシルエスカや他の兵士達に対して、合成魔人をこう述べる。
「大丈夫じゃない? だって合成魔人って弱いし」
「!」
「前に戦ったけど、凄くつまんなかったよ。あの程度なら何百体居ても、お姉さん一人でも倒せると思うよ?」
「……頼もしい限りだが、兵士達にとっては魔導人形同様、脅威になり得る戦力だ。あまり楽観視は出来ない」
「ふーん」
「それに皇国時代に作られていた合成魔人と違い、魔導国が作った合成魔人だ。あるいはその脅威度は、皇国で作られていたモノとは比べ物にならないかもしれない。そう考えるべきだ」
「そっか。強い合成魔人だったら、僕が遊んでもいいかな」
「今回の作戦は、浮遊都市を空から叩き落すのが最優先任務だ。お前達と我の役目は兵士達を地下施設まで誘導し、爆弾設置を援護することでもある」
「要は、強いヤツが出たら僕が倒しちゃっていいんだよね?」
「ああ」
「強いの、いるかなぁ? 魔導人形しかいなかったら、つまんないなぁ」
そう不安にも似た不満を漏らすマギルスに、シルエスカは呆れた溜息を漏らす。
そして各部隊も戦車を伴いながら周囲を索敵し、警戒しながら足を進めた。
その中で、移動している戦車の上に乗り目を閉じて腰を下ろしながら座っているエリクがいる。
戦車の移動音や兵士達の足音を意に介す様子は無く、戦車の振動以外では動く様子を見せていない。
「……」
時折、エリクは目を開けて息を吸いまた瞑る。
それを何度か続ける光景が周囲を歩く兵士達の目に映るが、ただならぬ空気を纏うエリクに兵士は誰も呼び掛けられなかった。
しかし前を歩いていたはずのマギルスが跳躍して戦車の上に乗り、エリクの隣に立つ。
それに気付いたエリクは目を開けると、マギルスから話し掛けた。
「――……ねぇねぇ、おじさん!」
「……どうした?」
「アリアお姉さんのことなんだけどね」
「……」
「僕さ、前にアリアお姉さんを殺そうとした事があるんだ」
「!」
「ほら、マシラでおじさんが魔人化して暴れた時。闘士部隊に捕まったアリアお姉さんが脱走して、僕が追いかけたんだよね。抵抗するなら殺せって、ゴズヴァールおじさんに言われてた」
「……それで?」
「僕ね、初めはアリアお姉さんを凄く弱いと思ってた。魔法師なんて、魔法が使えなきゃただの人間だからね」
「……」
「でも、アリアお姉さんは僕が知ってる魔法師じゃなかった。……殺そうとしたはずの僕が、アリアお姉さんに殺されかけたんだよね」
「……!」
「油断はしてたけど、手加減してるつもりはなかった。でも一気に状況をひっくり返されて、殺されそうになっちゃった。……でも、それだけじゃないんだよね」
「……?」
「僕を殺そうとした時の、アリアお姉さんの目。アレが凄く怖かった」
「怖い……?」
「初めてゴズヴァールおじさんと戦った時も死にかけたんだけど、怖くても凄く楽しかったんだよ。……でも、それとは全然違う。氷漬けにして殺そうとするアリアお姉さんの目を見て、僕は初めて死ぬのが『怖い』としか、思えなかったんだ」
「……」
「だから僕、アリアお姉さんに興味を持ったんだよね。そして、ゴズヴァールおじさんとアリアお姉さんが戦ってるのを見て、アリアお姉さんは自分の実力をわざと隠してるんだって分かったんだ」
「……そうか」
「でも僕が一緒に付いて行ってから、アリアお姉さんはあの目を一度も見せなかった。……僕が見た『アレ』は多分、アリアお姉さんが『敵』にしか見せない顔だったんじゃないかな?」
「……」
「もし記憶が無いアリアお姉さんが、おじさんを『敵』だと思ったら。きっとあの顔を見せて本気で戦うんじゃないかなって、そう思うんだよね」
「……マギルス」
「?」
「俺を、心配してくれているのか?」
「うーん、一応!」
「そうか」
「アリアお姉さんを先に見つけた方が相手をする。早い者勝ちなのは変わらないけど、もしおじさんがアリアお姉さんに先に会って殺されちゃったら。……その時は、僕がアリアお姉さんの首を取っていい?」
「……そうはならないようにするさ」
マギルスはそう話しながら笑い、エリクも口元を微笑ませる。
そして再び先頭へ戻るように跳んだマギルスに対して、エリクも再び目を閉じて集中した。
こうしてシルエスカが率いる同盟国軍は、金属の建築群に覆われた都市中央部に入り込む。
マギルスとエリクは互いの目的の為に、戦うべき相手の事を見据えながら進み続けた。




