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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

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向き合う心


 エリクは再び、過去の記憶を思い出す。


 それは拾い育てた老人との別れと、その手に持った赤い装飾玉が嵌め込まれた錆びた剣の話。

 エリク自身が忘却していた、奇妙な繋がりの記憶だった。


 その錆びた剣は、食料確保の為に森に向かった時に狼の魔物に襲われ、突き刺した際に折れてしまう。

 その後も使い続けていたエリクだったが、当時の黒獣傭兵団の団長ガルドに傭兵団へ招かれた際に、折れた刀身部分を研磨しナイフとして使い続けていた。


 しかしガルドが死んだ数年後、使い続けたナイフの刀身が折れてしまう。

 修復不可能だったナイフの柄を鍛冶屋の老人に持ち込んだ際、エリクは珍しく拘りを持って頼んでいた。


「――……直せないか?」


「このナイフ……というか、元は剣だったな。柄部分と刃が一体になってる形状(モン)だから、折れた刃の取り換えは出来ん。焼き付けて直しても、長くは持たんじゃろう」


「そうか」


「少しは金も溜まっとるんじゃろ? 新しいのを買わんかい」


「……」


「なんじゃい、そのあからさまに嫌そうな顔は! 儂の作った武器が気に入らんのか?」


「……これは、爺さんの物だから」


「爺さん? お前の身内か」


「ああ」


「……ふむ、要するに形見か。……お前さんにやった大剣、ちと預けろ」


「?」


「全部は無理じゃが、一部はあの大剣に取り付けてやる。それで我慢して、他の短剣を買え。いいな?」


「……分かった」


 鍛冶屋の老人がエリクの意思を汲み、形見とも言える長剣の柄部分に取り付けられていた赤い装飾玉を大剣の柄に嵌め込み取り付けられた。

 それで満足したエリクは、赤い装飾玉が取り付けられた黒い大剣を使い続ける。


 その赤い装飾玉は、エリクが幼い頃からずっと傍に居続けた。

 約三十年近い時間を共にし、多くの戦場を共に戦い抜き、常にエリクの傍らに寄り添い続けている。


 その記憶を光に包まれながら見るエリクは、ある記憶を思い出した。

 それはマシラ共和国に赴く前に、ある町に立ち寄りアリアと共に武具を新調した時の会話だった。


『――……今まで、ありがとうね』


『ん?』


『エリクを守ってくれてた防具なんだから、お礼をしておかないと』


『防具に感謝するのか?』


『そうよ。物は大事にすると人間と同じように魂が宿るなんて、昔の人達は言ってたらしいわ。だから、今まで頑張ってくれた武器や防具にはちゃんと感謝しておくの』


『そうか』


 アリアがそう述べる話を、ただ聞いていただけだったエリクが思い出す。

 そして眩い光に包まれる中で視線を落とし、エリクは右手を動かしながらある物を掴んだ。


 それは、光を放ち続ける赤い装飾玉が付いた黒い大剣の柄。

 エリクはそれを持ち上げながら、無意識に尋ねた。


「……お前には、魂があるのか?」


『そうだよ、エリク』


「!」


『私はずっと貴方を……ううん、君を見続けていた。そして、君と一緒に居続けた』


「ずっと、一緒に……?」


『そう、ずっと一緒だった。君の人生のほとんどを、私はずっと一緒に過ごしてきた。私と君は、兄弟みたいなものかもしれない』


「兄弟……」


 語り掛ける大剣の言葉に、エリクは動揺しながらも納得を秘める。

 自分(エリク)の人生で長年に渡り共に過ごし、そして最も長く持っていた物は、間違いなくこの大剣と取り付けられた赤い装飾玉で間違いない。


 しかし物に魂が宿り、それが自分に語り掛けるという状況は、まだエリクに幾らかの違和感を抱かせていた。


「……だが、どうして今になって、俺に……?」


『君が、酷い誤解をしているから』


「誤解……?」


『エリク。君は自分に力が無いから、自分が弱いと思ってる。そうだよね?』


「……ああ」


『エリク、思い出して』


「……何を?」


『君は自分の力の無さを嘆いてる。……でも、皆も同じなんだよ?』


「みんな……?」


『君が今まで出会って来た、全ての人達。彼等も皆、自分の力の無さを知りながら、生きていたんだ』


「!」


『黒獣傭兵団の皆だってそうだよ。そして君が旅で出会ったあの医者も。そして樹海で会った人達も。傭兵達や闘士達。そして皇国の兵士達も。皆が、自分が弱い事を知ってたんだ』


「……!!」


『皆、確かに君より弱かった。でもそんな弱い彼等は、自分の弱さと向き合いながら生きている。……そしてそんな彼等も、守りたいと思う人達がいるんだよ』


「……」


『力が無くても、弱くても、誰かを守りたいと思う気持ちは間違ってない。……弱い君が誰かを守りたいと思う気持ちも、行動も、誤りなんかじゃないんだ』


「……だが、俺は何も守れなかった。爺さんも、ガルドも、アリアも、ケイルも……。守ると誓ったのに、俺に力が無いせいで……」


『それは違うよ』


「!」


 エリクの言葉を否定した大剣の声は、光の中に新たな映像を浮かび上がらせる。

 それはエリクが出会った人々であり、その中に浮かんだ彼等の表情は、エリクに笑顔を浮かべていたものだった。


「……みんな……」


『皆、君が守ったんだ。そして、君に笑顔を向けてくれた人達。君は、この笑顔を守っていたんだ』


「……違う。俺が守れたのは、全部あの鬼の力だった……」


『それも違うよ』


「え……?」


『彼は言ってたでしょ? 君に力を貸したのは、五回だけだって』


「……!」


『確かにアリアが君に制約(くさり)を掛けてから、鬼神の力も少しは使ってたけど。でも、それよりずっと前からは、君は自分の力で、自分の思いで戦い続けて来たんだ』


「……自分の、力と思いで……?」


『君はずっと、自分を鍛える為に鍛錬し続けた。そして強くなりたいと願った君の思いは、強さに実を結んでいるよ』


「……だが、(やつ)は俺が、奴の力に(すが)っていると……」


(フォウル)はこうも言ったよ。君の真っ直ぐさを、気に入ってるって』


「!」


『でも逆に、君がアリア達を守っている気でいる事を、そして守られている事に気付いてない事が、気に入らないとも言った』


「……そういえば……」


『彼は君が真っ直ぐに、そして自分の力で、自分と戦って欲しいんだと思う。……そして君が誰かを守りたいと思うのと同じように、誰かにちゃんと守られている事を、自覚して欲しいんだよ』


「俺が、守られている……。……アリアにか?」


『確かに、彼女は君を守りたいと思う一人だよ。……でも、もう一人。君を生まれた頃から見守り続けてくれてた人がいるよね?』 


「……!!」


『そう。彼は君を、ずっと守り続けてた。生まれた君の魂に寄り添いながら、ずっと君の成長を見続けた。だから君の事を、誰よりもよく知ってる』


「……」


『エリク、ちゃんと彼と向き合って。そして、自分の弱さと思いにも。……そうすれば君は、きっと強くなれる。今よりも、少しだけ』


「……!」


 そう告げる大剣の声が、次第に小さくなっていく。

 更にエリクを包んでいた光が弱まり始め、エリクは焦りながら聞いた。


「どうしたんだ?」


『……私が出来るのは、ここまでみたいだ』


「!」


『最後に、君にずっと伝えたかった事があるんだ』


「……なんだ?」


『私を、あの剣を大事にしてくれてありがとう。私のお墓に、いつも来てくれてありがとう』


「!」


『そして、父の最後の願いを聞いてくれて、ありがとう』


「!!」


『さようなら、エリク。私と同じ名前の――……兄弟……』


 最後にそう話す大剣が、最後の記憶をエリクの脳裏に流す。


 大剣に宿る魂が最後に伝えた記憶は、自分を拾った老人があの剣を携えたやや若い姿と、共に戯れるように過ごす少年の姿。

 その二人が共に振り向き、エリクの方を見ながら微笑みを浮かべて手を振っている。


 それに手を伸ばそうとしたエリクだったが、それを最後に光を途絶え、エリクの(なか)から消失した。

 

『――……チッ、戻って来やがったか』 


『エリク!』


「!」


 放たれる光が消失してすぐ、エリクは顔を上げる。

 そこは鬼神フォウルやアリアの分身体がいる空間であり、二人は先程と同じ態勢に近いままエリクを見ていた。


 エリクは呆然としながらも、自分の手元にあったはずの大剣を見る。

 しかし大剣の姿は既に無く、先程の声や光景が夢ではない事をエリクに実感させた。


「……ありがとう」


 エリクは既に無い大剣に感謝し、屈していた膝を立たせて起き上がる。

 そして妖精姿のアリアを掴むフォウルに視線を向け、強い意思を秘めた表情と口調で告げた。


「――……アリアを離せ」


『あ?』


「俺はもう、逃げない」


『エリク!?』


『……ほぉ』


「俺は弱い。お前よりずっと弱い。……だが弱い俺でも、守りたいモノがある」


『……で、弱いお前がどうやって守るってんだ? また俺の力に(すが)るか? それとも、この嬢ちゃんの力に頼るか?』


「違う」


『!』


『俺は弱い。弱い俺は、お前やアリアの力のおかげでここまで来れた。……だから俺は、俺が強くなりたい』


『……ガッハッハッ!』


 対面するエリクの言い様を見届けたフォウルが、鬼気とした笑みを浮かべながら右手で握っていたアリアを開放する。

 それによって翼を羽ばたかせながら退避したアリアは急ぎながら、再びフォウルに向けて制約(くさり)を掛けようとした。


 その様子を見たエリクが、声を張り上げながら伝える。


「アリア!」


『!』


「君は、手を出さないでくれ」


『な、何を言ってるの! コイツは――……』


「俺は、向き合わなければいけない」


『!』


「俺の弱さと、俺自身である鬼神コイツに、向き合わなければいけない」


『……ッ』


「アリア、頼む」


 エリクが微笑みながら頼む表情に、アリアは苦悶の表情を浮かべながら手を下げる。

 そして二人から遠ざかりながら、エリクの方に顔を向けて伝えた。


『――……そんな馬鹿鬼(やつ)に、負けちゃダメだからね!』


「ああ」


 アリアの言葉にいつものように頷きながら短く答えたエリクは、改めてフォウルに顔を向ける。

 そして徒手の構えを行い、フォウルに対して意識を高めた。 


 対するフォウルは鬼気とした笑みを絶やさず、歩み寄りながらエリクに近付く。

 そして二人は互いに一歩の間合いに入り、フォウルは余裕の表情を持ちながら提案した。


『――……樹海でやった時の決闘、覚えてるか?』


「ああ」


『あの時と、同じやり方でいいな?』


「分かった」


『なら、先にいいぜ』


「ああ」


 二人はそう了承し合い、互いに構える。

 するとエリクから先に動き、軽く跳躍しながらフォウルの左顔面に右拳を叩き撃った。


 それに対してフォウルはよろめく様子も無く、着地したエリクを見る。

 そして左頬を右手で摩りながら、鬼気とした笑みを深めて告げた。


『……んじゃ、次は俺だな』


 そう告げた瞬間、エリクの左頬にフォウルの右拳が振り被られながら放たれる。

 防ぐ事もせず諸に直撃したフォウルの右拳は、エリクを遥か後方へ吹き飛ばした。


『エリク!?』


 アリアは動揺した様子を見せ、吹き飛ばされたエリクに近付こうと翼を羽ばたかせる。

 しかしエリクは吹き飛ばされながらも腕と手の腕力で地面を噛みながら停止し、足で転がるのを踏み止まった。


『!!』


「……ガハ……ッ」


『ほぉ、耐えたか』


 エリクは顔を振りながら立ち上がり、よろめきながらフォウルの方へ歩む。

 殴られた左顔面は歪み夥しい量の血が口から流れていたが、時間が掛かりながらもエリクは再びフォウルの前に立った。


『まだ、俺の前に立つか?』


「……ああ」


『いい根性だ。……どこまで持つか、見物だぜ』


 鬼気とした笑みを浮かべながらフォウルは左手を招くように仰ぎ、エリクの攻撃を誘う。

 それに応じるように、エリクは再び構えて拳をフォウルに放った。

 そしてその後も、同じ個所にフォウルの凄まじい拳がエリクに浴びせられる。


 同じ魂の中で、鬼神フォウルとエリクの決闘がこうして幕を開けた。


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