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薔薇の猛将 (閑話その四)


 アリアの父親でありガルミッシュ帝国の宰相を務めるローゼン公爵家当主クラウスは、自ら先陣に立つ形で領軍を率いながら樹海へ進軍する。

 更に自分達に向けられる視線に気付き、奇襲に備えながら警戒を強めていた。


 そして樹海に侵入してから四日目の昼、ついに樹海の部族が棲んでいると思える集落を発見する。

 しかし人の姿などは無く物資となりそうなモノは粗方が持ち出された状態でだった。


 それを確認したローゼン公爵は、集落を調べる兵士達に伝える。


「――……この集落()を離れて、更に奥へ向かう」


「よろしいのですか?」


「この集落の規模からして、住んでいたのは五十人前後。子爵家(ガゼル)が把握している限りでは、部族全体で一割程の人口だ。ならば居なくなっている集落(ここ)の者達と共に、更に奥に在るだろう集落に逃げたはず。……監視の視線を感じたのは昨日だ。アルトリアも避難した部族に同行しているなら、まだ追い付ける可能性はある」


「なるほど……。しかし、このまま進むと日が落ちます。樹海の中で夜営するよりも、今日は集落(ここ)で仮拠点を築き、兵士達の休養と行き先の調査に徹して明日に出発を行うのはどうでしょうか?」


「無論、足取りは調べるが。集落(ここ)に留まるのは危険だ」


「えっ」


「……集落(ここ)は、周囲に比べて微かに血の匂いが強い。鼻の良い肉食動物や魔物が群れを成していれば、この(におい)に釣られて近寄って来るだろうな」


「……まさか、我々が集落(ここ)に留まる可能性を見越して?」


「狩猟を生業としているだけあり、獲物を釣る知恵はあるらしい。あるいはアルトリアに授けられた知恵か。……仮に魔物の群れが押し寄せても崩されることは無いだろうが、その最中に夜襲を受けると対応が難しくなる」


「それは、厄介ですね」


「それに、集落(ここ)天幕(たてもの)には枯れ草や朽ち木で作られている。火を投げ込まれれば、瞬く間に燃え広がるだろう。それに巻き込まれてこちらの物資が損耗すれば、捜索を続けられなくなる。……移動している方角が確認でき次第、この集落から離れる」


「了解しました」


 集落に留まるのが危険だと判断したローゼン公爵は、兵士達に指示を出して部族達が移動した方角を確認させる。

 そして複数で移動した足跡などを確認し、彼等は南下を始めた。


 すると懸念通り、その道中に肉食系の魔物や魔獣の群れと遭遇する。

 部族の者達は追われる可能性も考え逃げ道にも血を滴らせていたようで、そこに鉢合わせした形で魔物と魔獣の群れと交戦となった。


 それを狙っていたセンチネル部族の族長ラカムは、樹海(もり)に紛れながら毒を塗った小さな(トゲ)を兵士の幾人かに撃ち込む。

 気配読みに長けたエリクですら気付かなかったラカムの吹き矢は、気付かれる事なく兵士達の死角となる箇所に刺さった。


 その瞬間の違和感(いたみ)を虫に噛まれたか小さな木枝が刺さったと勘違いした兵士達は、その箇所を軽く払い棘を落とす。

 そして翌日の五日目になると、アリアと同じように兵士達が異常な発熱が見えていた。


 発熱(それ)に気付いた部隊長の一人から報告を聞いたローゼン公爵は、発熱した兵士の症状と様子を確認する衛生兵に尋ねる。


「――……ただの発熱か?」


「症状は発熱(そう)ですが、恐らく毒が原因かと。病状が見られる者の体の各所に、不自然な赤い腫れが有ります」


「……この傷跡(あと)、吹き矢の類か」


「はい。安易に治癒魔法で回復してしまえば、傷跡が消えて何が原因なのか分からないところでした」


「魔法での解毒は可能か?」


「一人に試しましたが効果が無く、逆に状態が更に悪く。症状(それ)から見て、魔力中毒から来る疲労症状に酷似しています」


「彼等は魔法を使っていないはずだが。つまり過剰な魔力を含む(モノ)が彼等に撃ち込まれた、ということか?」


「はい。魔力中毒の場合、時間経過で身体から抜けるのを待つしか……」


「……」


 発熱の原因が魔力を過剰に取り込み過ぎた事が原因だと語る衛生兵に、ローゼン公爵は沈黙を浮かべて思考する。

 すると傍で聞いていた側近の部下が、ローゼン公爵に進言した。


「一部隊を護衛に、症状の見られる者達を戻しますか?」


「……いや、戻るなら全員でだ。負傷兵が撤退中に狙われるかもしれん。それに、我等の撤退が奴等の狙いだろう」


「!」


「進軍を遅れさせ、兵力を削る。このまま撤退すれば良し、毒を受けた者達を下げる為に兵力を削るも良し。兵数が減少していけば、地の利がある樹海の部族(むこう)に有利だ」


「では、どのようになさいますか?」


「……負傷者は陣形の中央にし、担架で運べ。全員、肌が見える部分は服や布を詰めて隠せ。傷跡の深さからして、服の上からならば刺さることは無い。……このまま進行を続ける」


「ハッ」


 ローゼン公爵の指示によって、発熱した負傷者達を庇いながら進軍が再開される。

 そしてローゼン公爵自身が改めて先陣に立ちながら、遭遇する魔物や魔獣と戦った。


 腰に提げた短い赤槍を伸ばし突き薙ぐ姿は疲弊する兵士達を鼓舞し、彼等の足取りを止めること無く進める。

 そして夜に休み朝になった五日目、進軍を再開すると彼等は遺跡で出来た村を発見した。


 そこは大族長の部族が暮らしていた遺跡の村だったが、既に彼等の姿は無い。

 しかしローゼン公爵は各部隊に連携させ、村内部の索敵を始めさせた。


 すると同行している魔法師の幾人かが物珍しく興奮した様子で遺跡の建築物を見る。

 それに刻まれた文字らしき言語に興味深く確認しているのを遠目で確認したローゼン公爵は、魔法師(かれら)に歩み寄りながら問い掛けた。


「――……どうした?」


「……この村、太古の遺跡を原型として使われています……!」


「それが?」


「帝国で、いえ人間大陸でも未発見の遺跡ですよ! しかも、状態がかなり良い……。……素晴らしいです!」


「ほぉ。……状態が良いということは、樹海(ここ)に住む部族達(ものたち)が手入れをしている可能性は?」


「え? え、ええ。多分……」


「つまり樹海(ここ)部族(ものたち)にとって、この遺跡は他の集落と比べて重要というわけだな」


「か、閣下……?」


 ローゼン公爵は手入れされた遺跡の村について聞き、僅かに口の端を吊り上げる。

 それは悪巧みを考えた時のアリアと似た表情(えみ)であり、魔法師達は不安な様子を浮かべた。


 それから索敵を終えて戻ってきた各部隊から報告を聞いたローゼン公爵は、この状況を打開する為にある策を伝える。


「――……このまま深入りし続けても、物資と気力を消耗させられるだけだろう。ならばこちらから、樹海(ここ)の部族を誘き出す」


「誘き出すとは、どのような手段をお考えに?」


遺跡(ここ)を破壊する」


「!」


部族(やつら)にとって、この場所は手入れするほど特別らしい。ならば遺跡(それ)を破壊しているように見せれば、それを止めようと出て来るかもな」


 そうした策を述べるローゼン公爵に、部隊長達は唖然とした様子を浮かべる。

 すると魔法師である部隊長の一人が、抗議するように反対を伝えた。


「し、しかし! この遺跡を破壊するのは、その……勿体無いと言いますか……」


魔法師(おまえたち)はそう言うと思っていた。だから言っただろう、『破壊しているよう見せる』と」


「えっ」


「各場所に燃えそうなモノを集め、狼煙を上げる。そして幻影魔法を使える魔法師達で燃え盛る火や瓦礫を映し出し、遺跡(ここ)を燃やしているように見せる」


「な、なるほど……。……しかし、それに乗せられてくれるでしょうか?」


「未開人と言えど、樹海(ここ)を守って来た奴等にも矜持(プライド)は必ず有る。さぁ、準備を始めろ」


「ハッ」


 樹海の部族を誘き出す為に、遺跡を破壊するよう見せる作戦をローゼン公は提案する。

 それに対する異議は無く、彼等の部下はその準備を始めた。


 魔法師の部隊で『闇』の属性魔法を扱える者達は徒党を組み、広範囲の幻影魔法を行う。

 それによって遺跡の村には至る場所で炎が起きる様子が見え、本当の火事が起きているように錯覚させた。


 更に兵士達が起こした焚火の焼けた匂いが、その幻影(こうけい)に現実味を帯びさせる。

 すると周囲で動向を探っていた樹海の勇士達が炎上している遺跡の村に気付き、焦りの表情を色濃くさせた。


 その報せはセンチネル部族を率いる族長ラカムやパール、そして他部族から集められたマシュコ族の族長ブルズ等の勇士達にも伝わる。


「『――……大族長の村が、燃やされてるっ!!』」


「『なにっ!?』」


「『他の遺跡(モノ)も破壊しているように見えた! このままだと、森まで燃やされるんじゃ……!』」


「『……ならば、急ぎ討って出なければ……っ!!』」


 大族長の村が破壊され燃やされている幻影(こうけい)は、勇士達に明らかな動揺を起こさせる。

 そして彼等の中で次に起こるであろう事態を予見させ、このまま持久戦に持ち込み相手の消耗を待つことが出来ない可能性を考えさせた。


 しかし焦りと怒りを浮かべる勇士達の中で、パールは冷静な面持ちを浮かべて発言する。


「『――……侵入者(あいて)の狙いは神の使徒達(アリスたち)だ。きっとあの二人を誘き出す為に、そしてその居場所を知っている私達を見つける為に、火を点けている』」


「『パール……!』」


「『奴等の誘いに乗ってはいけない、このまま消耗させてから討つべきだ』」


 冷静に相手の目的を見据えて状況を察するパールは、このまま消耗戦を続けて侵入者が衰えるのを待つ事を提案する。

 しかしその話を聞きながらも他の勇士達は、激昂を浮かべ批難するような声を上げた。


「『森が燃やされていくのを、このまま黙って見ていろというのかっ!?』」


「『それでも森の守護者(センチネル)かっ!?』」


「『森が燃やされる前に、奴等を討たなければっ!!』」


「『樹海(もり)は簡単には燃えない! ――……父さん……!?』」


 若い勇士達が動揺を浮かべ、そのまま討って出る為に決起しようとする。

 それを留めようとするパールだったが、肩を掴み止めた族長(ちち)ラカムとその隣に立つブルズが声を発した。


「『――……このまま放置は出来ん。……奴等を討つ』」


「『父さんっ!!』」


「『森を守ることが、勇士(われわれ)の使命だ』」


「『……ッ』」


「『――……行くぞッ!!』」


「『オォオッ!!』」


 大族長の村と共に樹海が燃やされる事を懸念した族長ラカム達の意見により、消耗戦を止めて討って出る事が決まる。

 そして男の勇士で最も強いブルズが率いる形で、勇士達が討って出てしまった。


 パールは悔やみながらも彼等を見捨てず、共に戦う為に石槍を持って参戦する。

 そして日がまだ高い段階で、燃え盛る遺跡の村に勇士達が攻め入った。

 

 それを策謀していたローゼン公爵と各部隊の隊長達は、応戦の指示を出す。


「……意外と早かったな。――……応戦せよっ!!」


「オオッ!!」


 ローゼン公爵の挑発(わな)は見事に掛かり、樹海の勇士達との交戦が始まる。

 しかし樹海の勇士達は総勢で五十名弱であり、対するローゼン公爵の領軍は五百名前後だった。


 魔法師の部隊は下げられながら前衛の部隊が対応し、一人の勇士に対して連携する複数の兵士達が相手をする。

 しかも鉄製の武具を身に纏う兵士達に対して、身軽ながらも皮布や石槍という武具しかない勇士達は圧倒的に劣勢だった。


 精鋭で構成されたローゼン公爵の領軍は、連携を駆使しながらも個々の技量で勇士達を追い詰める。

 熟練兵は一人で若い勇士を捕縛し、組み敷き地面へ伏させながら拘束具で捕える光景も見える。


 勇士の中でも技量が秀でているはずの族長ラカムも、勇士達を守りながら瞬く間に包囲されてしまう。

 最も強いブルズは剛腕で振り薙ぐ大きな棍棒で兵士達を圧倒する様子が見えたが、すぐに熟練兵達に盾と長槍で築かれた陣によって包囲され魔法師が放つ攻撃魔法の火球や石礫を浴び、武器の棍棒を破壊されて怪我を負いながら鉄の拘束具で取り押さえられた。


 攻め入ったはずの勇士達は瞬く間に取り押さえられ、一部の勇士達は無散しながら逃げるしかない。

 そして自ら前線に立ちながら勇士達を赤槍で薙ぎ倒すローゼン公爵は、その視界に映る一人に視線を向けた。


 そこに居るのは若い女の勇士(パール)であり、取り囲んでいた兵士達を素早さで翻弄しながら石槍で叩きのめす。

 他の勇士達とは段違いの実力者だと理解したローゼン公爵は、傍に居る部下達に伝えた。


「――……お前達は下がっていろ」


「閣下っ!?」


「あの女、かなりの実力者だ。お前達の手でも余る。――……まぁ、メディアには劣るがな」


 強敵だと判断したローゼン公爵は、不敵な笑みを浮かべながら足を運ぶ。

 そして囲んでいた兵士達を全て叩きのめしたパールはそれに気付き、石槍の矛を向けた。


 すると全身を赤い鎧と鉄兜で覆うローゼン公爵も赤槍を向けながら、パールに話し掛ける。


「――……その身のこなし。お前が樹海()部族(なか)で一番強いようだな?」


「……そうだ」


「ほぉ、こちらの帝国語(ことば)を喋れるのか。誰に習った?」


「……」


「もしや、樹海(ここ)を来た男女の二人組に習ったか?」


「……やはり、あの二人が狙いか」


「やはり知っているようだな。……その二人が今何処に居るか、教えてくれないか?」


「断る」


「そうか。――……では、捕まえてから聞かせてもらおう」


 アリア達を庇う姿勢を見せるパールに対して、ローゼン公爵は改めて対峙する構えを見せる。

 そして互いに冷たく鋭い視線と気迫を向け合い、周囲に二人の気迫が満ちた。


 すると次の瞬間、二人が素早く飛び出しながら槍を突き合う。

 それは交差するように弾け合い、二人はそれから十数分の打ち合いを続けた。


 二人の槍捌きは互角の打ち合いを見せ、周囲にその轟音と風を切る音が響かせ合う。


 パールは素早い身のこなしで織り成される巧みな動きで翻弄し、相手の隙を探り続ける。

 それに対してローゼン公爵は半歩引く間合いを保ち、二人は一進一退の攻防を繰り広げていた。


 しかしその打ち合いにおいて、先に身を引き始めた者が出る。

 それは若さと体力が僅かに劣る、ローゼン公爵の方だった。


「『――……そこだッ!!』」


「グゥッ!!」


 僅かに足を退かせ怯みが見えた瞬間、一気にパールの石槍を縦横無尽に叩き打つ。

 それをローゼン公爵は赤槍で幾つか防ぎながらも、幾度か全身で受ける形となった。


 その苦痛を漏らす声に勝利を確信したパールは、(とど)めを刺すべく石槍を深く突き込む。

 しかし頭や頬から血を流すローゼン公爵は、青い瞳を光らせながら詠唱(ことば)を叫んだ。


「――……『我が身に宿りし炎の鎧(フレイムメイル)』ッ!!」


「『ッ!?』」


 相手(パール)の石槍はローゼン公爵の突いたが、次の瞬間に胴体の赤い胸当てが炎を放ち始める。

 それによって石槍の棒部分が突如として燃え移り、それに驚愕したパールは石槍から手を離しながら飛び退いた。


 そして燃える炎を赤い鎧と共にローゼン公爵は身に付けながら、再び前へ踏み込む。

 それに対して傍に落ちていた兵士の鉄槍を拾い上げたパールは、それを持ち構えながら互いに言葉を交えた。


「私に炎の鎧(コレ)を使わせるとは。見事だ」


「『コレも魔法か。――……だがっ!!』」


「!」


 鉄槍を持ったパールが四足獣を思わせる構えを見せ、瞬発力を高めた突進をして来る。

 その素早さは今までの比ではなく、防ごうとしたローゼン公の赤槍をすり抜けて再び胴体を突いた。


 しかし燃え盛る赤鎧によって、パールの持つ鉄槍に炎が燃え広がる。

 そしてローゼン公爵の体を貫くより先に、その炎がパールの右手と腕に移った。。


「『グ、アァアッ!!』」


 炎の鎧によって利き腕である右手に大火傷を負ったパールは、見悶えながらも飛び退こうとする。

 しかしその隙を見逃さなかったローゼン公爵は、薙いだ赤槍でパールの横腹を直撃させた。


「ガッ、ァ――……」


「……っ、私の勝ちだ……」


 槍で薙がれたパールの身体は横へ吹き飛び、地面を削りながら停止する。

 そして胸を突かれた痛みで僅かに息を零すローゼン公爵は、気絶したパールに歩み寄りながら勝利を告げた。


 こうして樹海の中で行われた交戦は、主力となる勇士達の敗北によって決着する。

 今回の出来事によって三十名近い勇士達が捕獲され、その中には族長ラカムとブルズ、そしてパールが含まれる事となった。


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