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樹海侵攻 (閑話その三)


 ガルミッシュ帝国の南方一部を領地として治める、ガゼル子爵家。

 その領内には南港町(ポートサウス)を始めとし、南東に位置する大規模な樹海地帯が存在した。


 約二百年前にこの大陸に入植したガゼル子爵家の先祖は、樹海に膨大な資源があると予想して開拓を行おうとする。

 しかし樹海の開拓事業は十数年という年月で実施されたにも関わらず、断念せざるをえなかった。


 開拓を断念した大きな理由の一つが、樹海を棲み家とする森の守護者(センチネル)と呼ばれる先住民族の妨害。

 高い身体能力を駆使した森の守護者(センチネル)は、侵入するガゼル子爵家の兵力を幾度も打ち破った。


 そして当時のガゼル子爵家当主と大族長の間で盟約がが交わされ、樹海を冒す行為が禁じられる。

 その盟約以降、無断で樹海へ侵入した者は行方不明になることもあり、ガゼル子爵領地の住民達はその樹海を『死の樹海(デス・バァム)』と呼ぶ事もあった。


 しかしアリア達が樹海を去る数日前に、ある人物がガゼル子爵家に訪れる。

 そして現ガゼル子爵家当主を呼び出し、多くの将兵を伴いながら面会していた。


「――……なるほど。樹海の捜索を拒む理由が、その盟約とやらが理由か。ガゼル子爵」


「は、はい。閣下……」


 跪き平伏した様子で対談している中肉中背の中年男性は、現ガゼル子爵家当主。

 そうして平服するガゼル子爵と対談していたのは、現皇帝ゴルディオスの実弟であり、帝国宰相を務める公爵家当主クラウス=イスカル=フォン=ローゼンだった。


 彼は皇帝()老騎士(ログウェル)に会った後、行方を眩ませた実娘(アリア)が向かったという南方領地に自らの領軍を率いて足を運ぶ。

 その姿は赤い防具を着込み、腰には短い赤槍を携えていた。


 ガゼル子爵家は近年、ローゼン公爵家を筆頭とした同盟派閥に参加している。

 その恩恵として数々の事業から利益を得られているガゼル子爵は、皇族でもあるローゼン公爵に対して対等な関係とは程遠い。


 しかし今回(アリア)の件において、領地内の樹海を捜索していない。

 その理由を問い質されたガゼル子爵は、祖先が交わした樹海の部族との盟約を伝えたのだった。


 それを聞いたローゼン公爵は、胸の前で両腕を組みながら言葉を続ける。

 

ガゼル子爵家(お前達)の理由は理解し、尊重はしよう。だが娘が樹海(そこ)に向かった可能性がある以上、こちらで捜索を実行する。いいな?」


「し、しかし……!」


「何か異議があるか?」


「……樹海(もり)の中には、道と呼べるモノがありません。そして巨大な樹木の根が地面から飛び出る形で張り出ており、軍列を成して行進するのは非常に困難です。ましてや御令嬢の御足(おみあし)では厳しい環境ですので……」


「それを確認する為に向かう。数も全軍ではなく、そうした獣道に慣れた数百名で向かう予定だ」


「……多くの魔獣種が生息していることも確認されており、更に子爵家(こちら)と盟約を結ぶ樹海の部族が侵入した際に襲い掛かって来る可能性も――……」


「つまりお前は、仮にアルトリアが樹海(そこ)に入っていれば生きてはいる可能性は低いと言いたいわけか?」


「……お言葉を濁さず、お伝えするならば……」


「ほぉ……」


 頭を垂れながら伝えたガゼル子爵の言葉に、ローゼン公爵は威圧を秘めた眼光を向ける。

 するとローゼン公爵は一度だけ目を伏せ、ガゼル子爵に命じる形で伝えた。


「お前が樹海()の脅威を信じるように、私は自分の娘を信じている。アレならば樹海に踏み込む事を選び魔獣達を跳ね除け、樹海(そこ)に棲む者達を打倒するか懐柔している可能性を」


「か、閣下……」


「ガゼル子爵。お前の領軍に命じ、樹海を包囲し出て来る者は誰一人として逃さず捕らえろ。アルトリアは偽装魔法も使う。魔物や魔獣、もしくは物に偽装している場合も考えて怪しい物は何一つとして逃すな。いいな?」


「……了解しました」


「念の為に言うが、アルトリアを発見した場合は保護しろ。もし不可能であれば、我が領軍に知らせるだけでもいい。護衛をしているエリクらしき男が居た場合、抵抗するなら容赦せず殺して構わない」


「……樹海に棲む部族達(ものたち)と共に行動していた場合は、どのように?」


樹海()部族達(ものたち)がアルトリアを捕えている場合は、交渉を試みて引き取る。だが交渉に応じなければ、(とら)えた上でアルトリアの居所を聞き出す。……だが仮に応じたとしても、アルトリアを既に害していた場合は……言うまでも無いな」


「……御命令、確かに……」


 ローゼン公爵の言葉を聞いたガゼル子爵は、冷や汗を掻きながら命令に応じることを選ぶ。

 こうしてガゼル子爵家の領軍が包囲する形で検問を敷き、樹海(もり)から出る者を監視する役目を担った。


 そしてローゼン公爵家は率いて来た二千の兵力の内、五百名の兵士を選抜して樹海に侵入する。

 選抜された者の中には歩兵だけではなく魔法師も含まれており、巨大な根が隆起している樹海の中を捜索し開始した。


 すると捜索開始から三日目になり、先陣に位置するローゼン公爵が訝し気な表情を強める。

 それに対して、傍に仕える側近の兵士が問い掛けた。


「――……閣下、どうなさいました?」


「……視線を感じる」


「えっ」


「これは、魔物や魔獣の類では無いな。……間違いない、人の視線だ」


「警戒ッ!!」


 人の視線を感じる事を伝えたローゼン公爵の言葉を聞き、傍に居る部下達が一気に警戒を高めるよう伝える。

 するとローゼン公爵は前方を見据え、深々と生い茂る草木の向こう側を凝視した。


 しかし数秒後、ローゼン公爵は眉間に寄せていた皺を緩めて部下達に伝える。


「……気付いた事に、向こうも気付いたようだな。すぐに遠ざかった」


「!」


「どうやら、アレが樹海の部族らしいな。……かなり手練れがいるな」


「……監視でしょうか? それとも、待ち伏せ……」


「両方かもしれん。――……各部隊に伝えろ。小隊規模に分けた部隊を再編し、五つの中隊に纏める。一つの部隊に斥候を集中させ、進路の確認。また残り四つの部隊で左右と後方、また頭上を警戒するように。アレが誘いで、罠が張られている可能性も考慮しろ」


「ハッ」


 傍に居る部下に各部隊への伝令を任せた後、ローゼン公は再び前方を見据える。

 すると別の部下が歩み寄り、進言するように伝えた。


「――……待ち伏せがあるとすれば、この先は危険です。どうか閣下は、後方に御下がりを」


「無用だ」


「しかし、閣下の御身に何かあれば……」


「自分は安全な場所に居ながら、部下(お前達)だけを危険に晒すつもりはない。……それともお前達は、お前達の影で臆病に隠れている私の姿が見たいのか?」


「……っ」


「それに後方(うしろ)が安全とは限らん。樹海の部族とやらがどれだけの数が居るか不明だが、前後を挟撃される可能性もあるのだ。あるいは前後の部隊を分断する為に、中央を破られる可能性すらある。樹海(ここ)の地形を利用されれば、それは容易い」


「……確かに、そうですね」


「私に何かあった場合、指揮権はお前達に移譲する。その時は速やかに樹海(ここ)から撤退しろ、いいな?」


「了解」


 身を案じる部下の言葉を敢えてそうした言い方で跳ね退けたローゼン公爵は、前陣に立ちながら各部隊を指揮して樹海の奥へ進み続ける。

 威風堂々とした立ち振る舞いと樹海の環境における状況を想定するその姿は、数々の戦場を経験した猛者と呼べた。


 実際にローゼン公クラウスは、その生涯において数々の戦場を経験している。

 皇帝の弟であり公爵家当主である彼は、過去()の戦歴によって『薔薇の猛将(ローゼンクロイツ)』という異名でも呼ばれていた。


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