逆風が迫る時
黒獣傭兵団に関する情報を述べるウォーリス王子は、民衆達に大きな動揺を与える。
そうした様子を見ているウォーリス王子は、トドメとも言うべき新たな情報を民衆達に伝えた。
「……実は今回、襲撃を受けたという農村ですが。この農村では極一部の者達が、あるモノを栽培していました」
「あるモノ……?」
「一見すれば、それは紅茶などに使用される香草に見えます。しかしある方法を用いて精製する事で、中毒性が高く人体に大きな悪影響を及ぼす危険な麻薬になるモノでした」
「!?」
「私は少し前まで海外にいた経験もあり、そうした知識を知る機会がありました。海外ではそのハーブを栽培するだけで、重罪となり栽培者を死刑にする国もあります」
「……!!」
「実は王国の中で、そうした麻薬を売買する売人と栽培者達の闇取引があることが私の方で分かっていました。そして悲しい事に、その麻薬に手を染めている者達もいた。私はそれを影ながら撲滅するように働き掛け、王都や各領地の民に行き届かないように努めていました」
「……ま、まさか……?」
「そう。恐らく黒獣傭兵団もそうした情報を掴み、あの農村で麻薬の元となるモノが栽培されていたのを知ったのでしょう。彼等にも優秀な諜報班がいたようですからね。……そして村が焼かれ、そこの住民達が虐殺されるという事件が起こってしまった」
「!!」
「農村の住民全てが、その麻薬栽培に手を貸していた可能性は低い。もしかしたら、作っている本人達すら麻薬の原材料となる事を知らなかったかもしれない。……しかし黒獣傭兵団が独善で判断し、麻薬を作る村を滅ぼすべきと考え行動に移せば、どうなるでしょうか?」
「そ、そんな……」
「だから、村を焼いて住民の虐殺を……?」
「嘘だ……」
「私もそう考えたくはなかった。だからこそ、私は事情を聴く為に黒獣傭兵団の団長であるエリク殿に事情聴取を行う為に、彼の身柄を一時的に拘束して王城へ移しました。彼等が潔白であるのか、それとも独善によって起こしてしまった悲劇なのかを確認する為に」
「……」
「これが、一連の騒動に関して私からの説明できる全ての情報です。……皆さんがそれを聞き、どちらに善悪があるのか。それを判断して頂く事を願います」
農村の襲撃とそれに関係する黒獣傭兵団の団長エリク拘束の事情を、ウォーリス王子は語る。
ウォーリス王子の話には途中で参加し耳にする民衆達も多く、そうした者達は交互に顔を見合わせながら隣り合う者達に事情を聞いた。
語られた話を聞いた民衆達は動揺と焦燥を表情に表し、それぞれが話し合うように疑心と疑問の声を浮かべる。
黒獣傭兵団が本当に無実なのか、それともウォーリス王子が語るように独善によって村を襲撃したのか。
その答えを民衆達が一致して提出する前に、ウォーリス王子達がいる場所に一人の衛兵が駆け込んだ。
そして衛兵が告げる報告は民衆達にも聞こえ、対応した一人の騎士がその報告を聞く。
「――……し、失礼します!」
「どうした?」
「王城で発生していた炎上は鎮火しました! しかし、捕らえていた黒獣傭兵団の団長エリク殿が、脱走したとのこと!」
「!!」
「また、エリク殿を監視していた騎士隊長殿が、殺害されているのが発見されました!!」
「……!?」
「……その報告に、間違いはないかい?」
「は、はい! 王子殿下!」
衛兵の報告は民衆達に届き、その情報は口々に伝わる。
そして衛兵に対して声を掛けたウォーリス王子は、確かな情報である事を聞きながら民衆達に身体を向けた。
「――……皆さん。事情は聞いた通り、拘束していた黒獣傭兵団の団長エリク殿が脱走しました。そしてその手引きをしたのは、恐らく彼が率いる黒獣傭兵団でしょう」
「……ッ」
「私は彼を手厚く扱っているつもりでしたが、その返礼がこのようです。……私がエリク殿の監視を指示した騎士隊長は平民でしたが、私に忠誠厚い騎士でした。故郷では二人の娘と献身的な妻を持つ、優しい父親でもあった……」
「……!!」
そう話しながら涙を見せるウォーリス王子に、民衆達は驚愕する。
そして涙を拭いながら顔を上げたウォーリス王子は、改めて告げた。
「……私はやはり、黒獣傭兵団の独善を放置してはおけない。これ以上の犠牲者を生まない為に。そして、これ以上の虐殺が行われない為にも。……悲しむ者達が、これからを不安の中で生きていかない為に」
「……」
「私は、ウォーリス=フォン=ベルグリンド。今まで貴方達を苦しめていた王族に身を置く私がこのような事を述べるのは、皆さんにとっては不快かもしれません。しかし、敢えて皆さんにお願いをします。……この国を良き方向へ導けるよう、皆さんの力を私に御貸してください」
「!!」
「どうか、お願いします」
そう頼むように頭を下げたウォーリス王子に、民衆の全員が驚愕する。
今まで民衆達が見聞きし、そして実際に見た貴族達は、自分達のような平民に頭を下げる事は一度としてなかった。
むしろ自分達を蔑み、まるで鼠や虫でも見るような軽蔑の目を向けていたとさえ思う。
しかし王族であるはずのウォーリス王子は平民である部下の死を悲しみ、同時に平民である自分達に頭を下げて国の為に助力を乞う。
そのあまりの差に民衆は衝撃を受け、その中にウォーリス王子の誠実さに信頼を置けると思う者達さえいた。
そして頭を上げたウォーリス王子は、隣に控えていたアルフレッドに声を掛ける。
「アルフレッド。君は騎士団と兵団を指揮し、脱走したエリク殿とそれを手引きしている黒獣傭兵団の捜索と捕縛を頼む。また各所で起こる民衆達の騒動も、兵士達と協力し説得しながら鎮めてほしい。民衆を決して、傷付けてはいけない」
「承りました。ウォーリス様」
「騎士団の皆も、殉職した騎士隊長の為に、そしてこの国を平和へ導く為に尽力して欲しい」
「ハッ!!」
「民の皆さんにも、黒獣傭兵団の捜索を助力して頂けれるようお願いします。捕らえろなどとは申しません。せめて彼等が何処にいるのかを兵士や騎士団に教えて頂きたいのです。どうか、御協力をお願いします」
「……はい!」
そう頼むウォーリス王子の声に、アルフレッドや騎士達は従う。
そして民衆達に中にも誠実さを見せるウォーリス王子を信じる者達が一気に増え、黒獣傭兵団を捕らえる為に助力する事を了承した者達が多くなる。
更にウォーリス王子の存在や行動が暴動を起こしていた民衆の口々から広まり、その紳士的な行動を聞いてウォーリス王子が信頼に足る王子である事が一気に伝え広まると同時に、黒獣傭兵団の独善とした行動も広まり始めた。
ウォーリス王子は自らの行動と証言によって、大多数の民衆を説得する事に成功する。
それは追い風だった黒獣傭兵団に逆風を招き、王都の民衆達のほとんどから一転して危険視される存在へとなってしまった。




