明かされる事実
ワーグナーとマチス達の手によりエリクは王城から脱走し、闇夜に紛れながら貴族街の区画を駆け抜ける。
走りながら負った傷の痛みを耐え呼吸を整えるエリクは、ワーグナー達の後を追いながら王都を脱出しようとしていた。
そうして走り続けること、十数分。
一行は巡回する衛兵達の目を掻い潜りながら貴族街から下町へ抜ける為の通り口に辿り着き、そこを押さえ確保していた団員達と合流する。
衛兵達の手足を拘束し猿轡を噛ませた光景を横目に、エリクと共に戻って来たワーグナー達に団員は呼び掛けた。
「副団長! それに団長も、上手くやれたんですね!」
「ああ。そっちは?」
「今のところは大丈夫です。近衛兵の連中、王城の方の火消しへ向かったみたいですよ」
「陽動は成功だな。……よし。全員、このまま下町の東門を抜けて王都から逃げるぞ」
「了解」
「エリクも、まだ走れるか?」
「ああ」
団員達に次の行動を伝え、エリクの状態を確認したワーグナーはそれぞれに頷きながら通り口を抜ける。
下町と貴族街を隔てる高い壁を抜けた一行はそのまま下町へ入り、各地で起こる騒動に紛れながら移動した。
兵士が下町の住民達に問い詰められ、更には暴動染みた様子を見せている様子を見たエリクは、疑問を浮かべながら呟く。
「――……どうなっているんだ?」
「黒獣傭兵団が村を襲った罪でお前が拘束されたってんで、他の連中が騒いでくれてるんだよ」
「!」
「良かったな。俺達、結構ここでは慕われたってことさ」
「……そうか」
ワーグナーからそう話されるエリクは、口元を僅かに微笑ませる。
自分達が無実なのだと信じ騒いでくれる者達がいるという事は、冤罪を着せられたエリクや他の団員達にとっても嬉しく思える状況だった。
しかしそうした中でも、マチスが端々に見える騒動の様子からワーグナーに尋ねる。
「ワーグナーの旦那。あのまま連中を騒がせたままでいいんで?」
「いや。何人か伝手に頼んであるが、俺達が王都から脱出したって情報を広めてもらう。そうすりゃ連中も、少しは大人しくなるだろ」
「そうっすか。……でも、やっぱ変っすね」
「変?」
「騒ぎ過ぎ、というか。やり過ぎてる気が……」
「……確かにな」
建物の影に隠れながら移動している際、マチスを含んだ一行はとある光景を目にする。
それは騒動に乗じて乱闘騒ぎになっている様子であり、人々が兵士に殴り掛かり血を流している様子だった。
兵士達もそれを抑える為に必死に対抗し、武器を使い民衆を追い払う場面が見える。
そうした民衆の行動が予想以上に過激化している事が、マチスやワーグナーにとっては予想の範疇を超えていた。
「ああいうのは、鬱憤が相当に溜まってた連中だけかもしれん。とにかく、俺達は王都から出ちまおう」
「……へいっ」
ワーグナーがそう推測し、マチス達は騒動の様子を横目に返事をしながら移動する。
そうして黒獣傭兵団の一行が王都から脱出する事を目的に移動している頃。
騒動の各所では王城から見える煙を確認している者もおり、王城で何かが起こったのを察知している者達もいた。
そうした者達の口から実しやかに、黒獣傭兵団が団長であるエリクを救出する為に王城へ攻め込んだという話や、王子を打倒する為に王城で戦いを繰り広げているなど、的を得ながらも僅かに逸れた事を口々に伝えていく。
それすら黒獣傭兵団を英雄視する者達にとっては歓喜すべき話であり、また騒動を過激化させる要因の一つにもなっていた。
更に下町から貴族街へ行く為の大門に民衆が集結し、エリクの解放と黒獣傭兵団の潔白を訴える声を叫ぶ者達がいる。
大勢の民衆に囲まれ怯える兵士達は武装した状態で大門の守りを固め、民衆と睨み合いの対峙にまで発展していた。
「――……英雄エリクを解放しろぉ!!」
「あの黒獣傭兵団が、村を襲うわけがないだろ!」
「襲われた村の生存者がいるって話じゃない! ちゃんと確認を取ったの!?」
「騎士団をさっさと連れて来いよ!!」
「こうなったら王や王子に直接、問い質すべきだ!!」
そう声高に叫ぶ者達が、守りを固める兵士達の目の前にまで押し寄せる。
その中には武器になりそうな物を持っている民衆の姿もあり、兵士達は怯えながらも気を緩めず盾を敷き槍を構えて民衆の接近を阻んでいた。
しかし人々の騒ぐ声が治まらぬその場所で、突如として変化が起きた。
貴族街へ通じる大門が、上へゆっくりと開けられる光景を民衆と兵士達は目にしたのだ。
「!」
「門が……」
「開いていく……!?」
それを見た多くの者達は開けられる大門の光景を目にし、更にその中から現れ出る者達に注目する。
現れたのは、甲冑を纏い王国国旗のマントを背負った大勢の騎士達。
それに気付き声を荒げようとした者達もいたが、左右に突如として分かれた騎士達の様子に驚くと、中央から二人の人物が歩み出てきた。
その一人が、白い礼服と白いベルグリンド王族の紋章が刻まれた白いマントを背負った茶髪の青年。
そしてもう一人が、黒い礼服を着た黒髪の青年。
騎士達の間から出て来た青年達に民衆のほとんどが怪訝な様子を見せたが、騎士の声でその正体が明らかになった。
「――……静粛に!! ここにおわすはベルグリンド王国次期国王後継者、ウォーリス殿下である!」
「!?」
「殿下……!?」
「王子!?」
大門に集まった多くの民衆が、その時に目の前の青年が噂のウォーリス王子なのだと自覚する。
突如として現れたウォーリス王子に民衆達は動揺しながらたじろぎ、全員がざわめく声が止んで静寂を迎えた。
それと同時に茶髪のウォーリス王子が微笑みを浮かべながら一歩前へ歩み出て、集まった人々にこう伝える。
その声は首飾りとして備わった魔道具の拡声効果によって広まり、その場の人々全員の耳に届いた。
「――……皆さん、初めまして。私が、ウォーリス=フォン=ベルグリンドです」
「!!」
「今日、皆さんがこの場に集まっている理由は、既に私も承知しています。……彼の勇名で知られる黒獣傭兵団がある村を襲い、住民を虐殺した。それが本当か嘘なのか、その真実を私自身から話す為に、私はこの場に参上しました」
「……!?」
「実は今回の事件、ある組織が絡んでいます。……組織の名は不明慮ですが、我々はそれを【結社】と呼称しています」
「結社……?」
唐突にそう述べ始めるウォーリス王子の言葉に、民衆は困惑染みた声と表情を浮かべる。
そうした動揺を意に介さず、ウォーリス王子は話を続けた。
「【結社】は各国で暗躍し、数々の悪道を行います。その中には金品を得る為に悪辣な商売に手を染め、殺人を犯し、更に人攫いは勿論、奴隷取引を行う人身売買の中心組織ともなっているのです」
「!」
「【結社】という組織は世界の国々に根付き、そして蔓延っている。……このベルグリンド王国もまた、その例外ではありません」
「え……!?」
「『黒獣傭兵団』。皆様は彼等がどのような成り立ちで築かれた傭兵組織か、御存知でしょうか?」
「……?」
「四十年ほど前。黒獣傭兵団なる組織を立ち上げたのは、ガルドという一人の傭兵でした。――……しかし彼は、ガルドニア=フォン=ライザックという男爵位を頂き、この国で騎士団長を務めていた男だったのです」
「!?」
その話を聞かされた時、その場の民衆が表情を強張らせる。
黒獣傭兵団の成り立ちを知らない民衆は、貴族であり騎士団長だった男が黒獣傭兵団を立ち上げたという話に、衝撃と動揺を受けていた。
そうした民衆達の動揺に僅かに口元を微笑ませたウォーリス王子が、追い詰めるようにその事実を口にする。
それは黒獣傭兵団にとって、致命的とも言っていい情報だった。
「ガルドニア=フォン=ライザック。彼は優秀な騎士であり、同時に優秀な王国貴族でもあったそうです。……しかし彼は、四十年前には貴族の位を剥奪され、一傭兵に身を堕としていました」
「……」
「彼は当時、とある事件で容疑者に挙げられ、嫌疑を掛けられました。それは、【結社】という組織に与していたという嫌疑です」
「!?」
「あくまで嫌疑でした。証拠もなかったそうですが、彼は義父である王に貴族位を剥奪され、一傭兵となった。……そんな彼が、あの黒獣傭兵団を立ち上げたのです」
「……!!」
「皆さんはこの事実を、どう思われますか?」
そう尋ねるウォーリス王子は、微笑みながら民衆に目を向ける。
対する民衆達は、動揺と困惑を表情と態度を隠せなかった。
黒獣傭兵団は、思わぬ角度からの奇襲を受けてしまう。
それはガルドという偉大な傭兵に育てられたエリクとワーグナーが努力して築き上げた信頼に、思わぬ打撃を与えた。




