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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

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マチルダの手紙


 策謀に嵌められた黒獣傭兵団は、選択を迫られる。

 混乱に乗じてベルグリンド王国の次期国王である王子ウォーリスを討つか、それとも国を出て無用の流血を回避するか。


 その二つの選択肢を自身の中で渦巻かせるワーグナーは、自室の机に置いてあるマチルダの手紙を見た。


 それは魔物の討伐依頼に赴く前には無かった手紙であり、自分達が出立した後に届いて留守組が置いたのだとワーグナーは察する。

 手紙を手に取ったワーグナーはいつもように便箋の蝋を剥がし、手紙の内容の読んだ。


『――……ワーグナー、御元気ですか? もうすぐ春の季節となるので、私達の方は少し忙しくなり始めています』


「……」


『忙しくなる理由の一つは、春に向けて牧場や畑の手入れもありますが。十八歳になった長男が他領地で行われている農地産業の勉強をする為に、先月に私達の元を離れたからです。男手は少なくなると困る事も多いですが、私達の将来の為に勉強をしたいと出て行く息子を応援し、笑顔で送り出す事にしました』


「……!」


 そこまで読んだワーグナーは、マチルダの長男が襲われた農村にいなかった事を知る。

 確かにマチルダは三人の子供を産んでおり、見かけたのは少女と少年だけ。

 長男の顔を知らなかったワーグナーは、並べられた死体の中にマチルダの長男も含まれていると錯覚し、家族全員が死んでしまったのだと思い込んでいた。


 しかしその事実は、同時にワーグナーの表情を強張らせる。


 マチルダの長男が生き延びている事を喜ぶべきなのか、それともマチルダを守れず長男を天涯孤独の身にしてしまった事を悔いるべきか。

 その二つの思考が衝突し、ワーグナーの表情を強張らせながら静かに顔を伏せた。


 それから十数秒程してから、ワーグナーは顔を上げて手紙の続きを読み始める。


『――……最近、黒獣傭兵団の活躍がこの村にも届くようになりました。貴方達が戦争で活躍したという話や、大きな魔物や魔獣を倒したという話。そして、色々な人々を助けているという話。そうした話を子供達が聞いて、貴方達の服装を真似て黒い布を羽織って木の枝を振りながら遊んでいる姿も見かけます』


「……」


『私は例え、遊びでも武器を子供達には持ってほしくない。だからそういう遊びをしていたら、子供達を叱って止めるようにしています。……貴方達に憧れて子供達が傭兵になり、戦争に行くのは嫌だから……』


「……そうだな」


『だからこそ、今の私はこう考えます。……子供だった貴方やエリクが、武器を持ち戦争に出ていた事を。それを止めようとしなかった、周りの大人達の事を。……貴方達の周りに居た大人達は、きっと止めたくても止める事が出来なかったんだと、そう思います』


「……」


『私は、貴方の言うように人を殺したことはない。いいえ、しなくてもよかった。だからこそ、子供達に人を殺すような事をしてほしくなくて、止められる。……でも貴方達の周りには、逆にそうする事ができなかった。いいえ、しなくてはいけなかった人達ばかりだった。だから誰も、貴方達を止められなかったんじゃないかと、そう思うのです』


「……」


『ワーグナー。貴方は自分を人殺しだからと、私を遠ざけてきた。そして私も、貴方が人を殺した事を意識して必要以上に近づけなかった。……それでも、小さな繋がりがこうして残っているのは、お互いに人を思い合う心があるからなのだと思います』


「……ッ」


『私は、武器を持ち人を殺す人達が嫌いです。けれど、武器を持つしかなかった人達を、そして人を生かし助ける為に武器を持つ事を選んだ人達を、嫌おうとは思いません。……私は貴方の事を、嫌ってはいません』


「……」


『もし私がいる村の近くに仕事で来る事があったら、私達の牧場に立ち寄ってください。そして時間があるなら、私の家族と一緒に食事をしましょう。家族に、貴方と黒獣傭兵団の事をこう話したいのです。……私を救ってくれた、恩人だと』


「……ッ」


『その日が来るまで、どうかお元気で。そして、どうか勇敢な死を選ぶのではなく、自分の幸せも考えてください。――……マチルダより』


 そう書かれた手紙を見たワーグナーは、表情を強張らせながら涙を浮かべ、机に握り拳を叩きつける。


 最後に会った時、マチルダはワーグナーを夕食に誘った。

 恐らく自分の手紙が届き、それをワーグナーが読んでいると思っていたから。


 しかしワーグナーはそれを断り、いつもように去ってしまった。

 それを見送るマチルダの表情が、僅かに寂しさと悲しみを宿らせている事に気付かずに。


 ワーグナーはこの手紙を読む前に出立してしまった事を、そしてこの手紙を今頃になって読んでいる事を、心の底から後悔していた。 

 

「――……クソッ、クソッ!!」


 ワーグナーは何度も机を叩き、ついに壁も殴り始める。

 自身に対する憤怒を宿し、涙を流しながら煉瓦(レンガ)の壁を叩き続けるワーグナーの拳に、薄っすらと血が見え始めた。

 そして殴っている部分が割れ砕けて窪みを生み出すと、ワーグナーは歯軋りしながら体を倒すように両膝を曲げ、床を大きく叩く。


「う、ぅう……っ。ぅあああ……!!」


 それからワーグナーは、しばらく咽び泣いた。

 その声は団員達にも届き、全員がワーグナーの悲痛な声と床や壁を叩く音を聞く。

 今まで誰にも涙を見せず副団長としての顔を見せ続けたワーグナーのその様子に団員達は困惑をしていたが、その悲しみを理解できる者達はワーグナーの泣き声を聞きながらも黙って見守る事にした。


 それから数分程で、ワーグナーの声は消える。


 それから一時間後。

 ワーグナーを含めた団員達が再び集まり、改めてワーグナーから決意と今後の行動が示された。


「――……まず、俺とマチスの班でエリクを助け出す。いいか?」


「了解っす」


「ケイルは、脱出路の確保と兵士達の陽動を頼む。それと、傭兵ギルドまでの案内もだ」


「分かった」


「国に残りたい奴、家族を残していけない奴は、今日限りで黒獣傭兵団を脱退しろ。一緒にこのクソッタレの国から出たい奴だけ、付いて来い!」


「へいっ!!」


 そう覚悟を秘めたワーグナーの表情と声に、団員のほとんどが頷く。

 国に残り家族がいる者達は団員の証であるマントを返し、ワーグナー達と共に国を出る事を選んだ黒獣傭兵団は五十人程まで残った。


 黒獣傭兵団はこうして、ベルグリンド王国からの脱出を決行する。

 それがワーグナーにとって、マチルダが嫌わなかった黒獣傭兵団の在り方だと信じて。


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