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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

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憤怒と理性の狭間に


 エリクが騎士団に拘束されてから数時間が経過し、王都に夜が訪れる。

 夜には静寂が訪れる王都だったが、その日だけは各所で荒々しい喧騒が見えた。


 黒獣傭兵団がある村を襲い、村人を虐殺したという情報。

 そして団長であるエリクが、騎士団によって投獄されたという情報。


 その二つの情報は王都の各所に伝わり、様々な人々の反応を見せる。


 情報をそのまま鵜呑みにする者。

 その情報を信じ、黒獣傭兵団を貶めたい者。

 逆に信じず、騎士団に不信感を高ぶらせる者。

 静かに沈黙する者。

 この機会に乗じて、悪事を働こうと考える者。


 それ等の人々に因る言い争いから乱闘まで、その日の王都ではこの二十年の中で最も慌ただしく荒れた夜を迎えていた。

 そうした騒動を治める為に兵士達が向かうが、そうした兵士の行動すら気に食わない者達が兵士に対して乱闘を起こし始める。


 王都で暮らす民の数は、約十万人弱。

 それに対して兵士の数は五千にも満たず、反感を持ち圧倒的な数である都王民が暴徒になりかねない状況に兵士達は怯えを抱くと、騎士団に事情説明を要求し騒動の鎮圧に助力するように要請した。


 それに対して騎士団は要請を受けず、兵士のみで事態を鎮圧するように命じる。

 その命令には流石の兵士達の多くが反感を抱き、職務を放棄させ騒動の鎮圧に更に手が足りなくなるという皮肉も生まれてしまった。


 そうした王都の混乱の中で、ある兵士が壁門の小扉を開けて十名前後の集団を王都の中に招き入れる。

 その集団は黙って見送る兵士は軽く手を挙げて応え、集団もそれに対して無言で頷いて礼を述べた。


 そしてその集団は、とある区画に向かう。

 その周辺も喧騒の声と人々の姿が見え、それを抑えようと幾人かの兵士達が道を阻むように抑えていた。


「――……おい、ここを通せよ!!」


「お前等が本当のことを言わないなら、黒獣傭兵団に本当かどうか聞きに行くんだ!」


「ここを通すワケにはいかん!」


「貴様等、これ以上は全員を拘束する事になるぞ!!」


「やっぱり兵士共も、騎士団の連中とグルだ!」


「黒獣傭兵団を嵌めたってのは、本当なんだな!!」


 兵士達が制止させようとする民衆達を阻む光景を横目に、屋根伝いを移動しながら飛ぶ集団は封鎖されている区画を通り抜けていく。

 そして集団が辿り着いたのは、黒獣傭兵団の詰め所だった。


 騒動の影響で少なくなった監視者の目を掻い潜り、全員が詰め所の中に入る。

 そしてワーグナー達が待機している部屋に、その集団が訪れた。


「――……旦那!」


「来たぜ」


「おう、遅かったな」


 その集団を指揮していたのは、ケイルとマチス。

 農村で別れた後に王都の騒動を伝え聞いた二人は外で他の団員達と共に待機し、王都内へ拘束されず侵入できる機会を窺っていた。

 そして騒動に乗じて内通者である兵士に協力を仰ぎ、一つの門を通り合流を果たす。


 こうして留守組を含めて黒獣傭兵団はエリクを除いて合流を果たし、副団長であるワーグナーは二人からも状況を聞いた。


「――……やっぱ、暴動が起き始めてるか」


「ああ、あちこちでな」


「当たり前だわな。俺達が睨みを利かせてたからこそ、静かにやれてた連中もいるんだ。逆に、静かにさせてた連中もいるがな」


「けど、想定より規模が広がり過ぎてる感じっすね」


「ああ。このまんまじゃ、王都の連中と兵士で衝突しちまう。死者が出るかもしれない」


「どうするんっすか? ワーグナーの旦那」


 王都の騒動が自分達の予想を超えて広がり始めている事を、傭兵団の全員が懸念する。


 王都の暮らしはこの二十年間で、黒獣傭兵団が表と裏で支えていたからこそ成り立つ部分が多かった。

 その黒獣傭兵団が拘束され、しかも罪人として裁かれ処刑されるかもしれないという情報は、多くの者達に不安と疑心を生み出させる。


 このままでは王都の民と兵士達が真っ向から衝突し、兵士達は武力で制圧し始めるだろう。

 それに対抗して民も武器となる物を持ち、兵士と真っ向からぶつかり合う可能性もある。


 下手をすれば王都の中で民衆に因る内乱が起き、その旗印として黒獣傭兵団が前に立たされてしまう。

 そうなれば黒獣傭兵団は、本当にベルグリンド王国と敵対する傭兵という立場になりかねない。


 そうした危惧を浮かべる団員達の視線は、副団長であるワーグナーに向けられる。

 それに対してワーグナーは思考を巡らせ、自身の中で煮え滾る憤りを自覚しながら、こう呟いた。

 

「……へっ。いいじゃねぇか」


「?」


「旦那……?」


「このまま俺達を嵌めた王子諸共、王国を潰しちまうのも悪くねぇな」


「!?」


 そう呟き始めて笑うワーグナーに、全員が表情を強張らせる。

 いつもの冗談めいた口調にも聞こえたが、その鋭い瞳は笑っておらず、本気でベルグリンド王国を崩壊させようという意思をワーグナーが思っている事を団員達は察した。


 特にマチスや一部の団員達は、今回の事件で襲われた農村の死者に、ワーグナーと親しかったマチルダが居たことを知っている。

 ワーグナーが内心で憤怒を燃やし、国に歯向かい復讐したいという衝動を理解できた。


 しかしそうした中で、冷静にケイルが反論を述べる。


「――……国をぶっ潰した後で、どうするってんだ?」


「さぁな」


「お前かエリクが、王様にでもなるってか?」


「そんなつもり、さらさらねぇよ」


「だったら止めときな。……国が潰れるって事は、もっと大勢が死ぬ事に繋がるぞ」


「!」


「仮に今回の黒幕が第三王子(ウォーリス)でそいつを殺せても、各地の貴族共が新たな王族後継者を立てて覇権を握ろうと動くだろう。その戦力として、各地の領民達が駆り出される」


「……」


「そうなったらこの国は、各地で内乱と戦争が始まる。多くの民を犠牲にしてな。そうなってもいいのか?」


「……ッ」


「アタシはこの黒獣傭兵団に入ってから、アンタはアンタ達を尊敬したよ。ちゃんと平民の事を考えて、貧民にも手を差し伸べるアンタ達の理念と行動は、立派だと思った」


「……」


「だが頭を張ってるアンタが、全てを犠牲にしてでも国を潰したいって言うなら。アタシはアンタを見誤ってた事になる。ワーグナー」


「……じゃあ、どうするってんだ?」


「エリクを救出して、黒獣傭兵団は国を出るべきだ」


「!?」


 そう提案するケイルに、全員が驚きを浮かべる。

 そして顔を上げたワーグナーが真剣な表情を浮かべ、ケイルに尋ねた。


「……国を出るだと?」


「ああ。このまま黒獣傭兵団が国に居たんじゃ、どっちみち火種になる。だったら一時的にでも国を出て、騒動が収まるまで様子を見るべきだ」


「……国を出ても、俺達に居場所なんざねぇよ」


「いや、ある」


「!」


「アタシが二年前まで所属してた、多国籍の傭兵ギルド。そこにしばらく身を潜めて、そこで依頼を受けながら王国の動向を窺えばいい」


「それは……」


「傭兵ギルドなら、アタシの顔も少しは利く。上手く隠れ蓑になるはずだ」


「……」


「とにかく、エリクの救出は最優先にやるべきだ。団長のエリクが捕まったまんまじゃ、王都の連中が騒ぎ続けるからな」


「……」


 ケイルの提案に、それぞれの団員達は顔を向けながら思案する。

 そしてワーグナーも再び顔を伏せ、無言のまま黙ってしまった。


 そうした沈黙が流れると、マチスが全員に顔を向けながら話し掛ける。


「とりあえず、少し休もうぜ。俺達も戻ってきたばっかりだし、何かやるにしても装備を整える必要がある。皆の覚悟もな」


「……」


「ワーグナーの旦那も、少し考えてくれ。……あんたが俺達の頭だ。俺は、あんたに従うぜ」


 そう告げるマチスは、各団員達に行動を促す。

 頷き同意したケイルを含めた団員達は、次に行動を起こしても動けるように準備を始めた。


 ワーグナーは自身の胸中に抱える憤怒と理性で葛藤しながら、静かに立ち上がって自分の部屋に戻る。

 自分が何をすべきなのか、そして自分が何をしたいのかを、自分の心の中に求めるように。


 部屋に戻ったワーグナーは、一息を吐きながら部屋の中を見渡す。

 そこで机の上に、自分宛に届いていた手紙がある事に気付く。


 それはいつも手紙でやり取りしていた、マチルダから届いていた新しい手紙だった。


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