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温泉と伝承


 樹海の部族達に受け入れられたアリアとエリクの生活は、約三ヶ月の時間が経過する。

 最初こそ文明力の無い樹海()の環境に不慣れだったアリアは、パールとの訓練も重ねる毎に体力を付けてある程度の適応を見せ始めた。


 更に魔法を使った治療を部族の者達に施し、樹海が抱える問題を自身の知識と知恵で解決する。

 それ等の行いは『神の使徒』としての名声に限らず、彼女自身の人徳によって樹海の人々から信頼を勝ち得る事になった。

 

 一方でエリクも、度々訪れる部族の若者達を相手に実戦形式の訓練を行う。

 その結果として彼等の実力を少しずつ高める事に役立ち、各族長や勇士達からは強さにおいて絶大なる信頼を得る事になった。


 そんなある日、女勇士パールは二人を連れて樹海の休火山地帯がある場所に訪れる。

 そこは山を縄張りとする部族の近くであり、温泉が湧き出る場所が存在した。


 アリアは温泉(それ)を見ながら喜びを見せ、パールの手を握りながら笑顔を向ける。


「『――……やった! 本当に温泉があるなんてっ!!』」


「『お前が探すよう言っていたのは、コレのことか?』」


「『そうよ! もしかしたらと思ったけど、本当にあるなんて!』」


「『ここは臭くて、長居をすると気分が悪くなる。だから誰も近寄らない』」


「『そうでしょうね。でも、こうやって地形をある程度まで変化させれば――……』」


「『!』」


 アリアは白い魔石の付いた短杖を右手に構え、それを前方に振り翳す。

 すると温泉地帯を中心とした周囲の地面が盛り上がり始め、地形が一気に変化した。


 更に周囲に漂う硫黄臭さが薄れるように、風が吹き荒れる。

 そして温泉の涌き出ている地帯が陥没すると、地下に流れる別の水脈と合流しながら水位を一気に上げた。


 最終的に別の水脈に交じり適温となった温泉の周囲には、土壁によって形成された天井の無い建物が作り出される。

 それを見上げながら唖然とするパールとエリクは、互いに驚きの言葉を浮かべた。


「―――……これは、魔法で作ったのか?」


「『凄い……』」


「地面を変形させる土属性の魔法で壁を作って、硫黄臭さを風属性の魔法で換気する。そして地下に在る水脈を温泉と繋げて、給水と排水の水路を形成したわ。もっとしっかりした造りにしたいけど、魔道具も材料も無いし。簡易版だけど、温泉施設の完成よ」


「……そ、そうか。凄いな」


「分かってないわね? まぁ、それよりも。一番風呂は、私達で入りましょ!」


「『えっ。あっ、おい……!?』」


「あっ、エリクは右側(そっち)ね。ちゃんとお風呂に入って綺麗にしなさいよ?」


「……あ、ああ」


 アリアはそう言いながら久方振りの風呂を堪能する為に、左側に建てた土壁の入り口を潜る。

 そんな彼女(アリア)に手を引かれるパールも、同じ場所に入った。


 今まで暖めた水で濡らした布で身体を洗っていたアリアにとって、北港町から数ヶ月振りとなる風呂である。

 それを楽しむアリアは服を脱ぎ、パールと共に温泉の中へ身を投じていた。


「これなら、人体には悪影響は無いわね。――……あぁー、生き返るー……」


「『……確かに、気持ち良いな』」


「『でしょ、もう最高!』」


 久しぶりの湯浴みを楽しむアリアに、パールは微笑みを見せながら自分も温泉を堪能しようとする。

 しかし視線は僅かに日に焼けたアリアの綺麗な柔肌に向き直り、パールは閉じ掛けた口を再び開けた。


「『……アリス、聞いてもいいか?』」


「『んー、なに?』」


「『前にも聞いたが。お前はエリオの事が、男として好きじゃないのか?』」


「『前にも言ったでしょ、違うわよ。エリオは私にとっては旅をする相棒(パートナー)。愛の対象とは違うわ』」


「『本当に、それだけなのか?』」


「『ええ。そうよ』」


「『そうか。なら、良かった』」


 安心するように呟くパールの言葉を聞き、アリアは不可解な表情を浮かべる。

 すると何かに気付くような表情を浮かべ、パールに問い掛けた。


「『パールこそ、彼の事が好きなんじゃないの?』」


「『えっ、どうしてそうなる?』」


「『だって、この間も同じような事を聞いてきたし。本当は婚儀を結んだまま、夫婦で居たかったとか?』」


「『違う、違うぞ!』」


「『本当かなぁ?』」


「『本当に、違うんだ!』」


「『分かった、分かったわよ。そんなに怒って否定しなくてもいいから』」


「『わ、私は……その……。……も、もういい』」


 パールの視線はアリアに向けられながら、僅かに頬を染める。

 それを隠すように顔を背けたパールに対して、機嫌を損ねさせたと勘違いしたアリアは謝った。


「『ごめんって。……私ね、友達が居なかったの』」


「『え?』」


「『小さな頃から、パーティとかには出されてたんだけど。同い年の子供達は、私はローゼン公爵の娘だからって、才女だからって。失礼が無いようにって親に言い含められててね。友達になろうって言っても、皆は一歩引いて接してきて、私が思う友達になれなかったんだ』」


「『……』」


「『私から近付いて行くと、その子が私に取り入ろうとしているって、悪い噂が立ったりして。……だから友達になれた子と、こういう話するの初めてなんだ』」


「『……アリス……』」


「『だから、その。嬉しくて、ついからかいたくなっちゃった。……ご、ごめんね?』」


「『……私は、怒ってないよ』」


「『そっか、良かった』」


 謝るアリアに対して、パールは自身の思いを隠したまま話を合わせる。

 そんな二人の会話が聞こえながらも理解できないエリクは、たた温泉に肩まで浸かりながら静かにしていた。


 それから造られた温泉は、時折アリア達が使用するようになる。

 すると神の使徒(アリア)が神水の泉を創ったという話が樹海の部族に広まり、彼等も興味を持って訪れるようになった。


 その間にもアリアから帝国語を学ぶエリクやパール等の部族達は、帝国語をある程度まで使えるようになる。

 特にパールは熱心に帝国語を習得したことで、二人の会話に混ざるように入ってくる事が多くなった。


 そうした生活の中でアリアが最も好んだのは、遺跡の調査。

 各部族長や大族長などから遺跡について尋ね歩き、色んな遺跡と伝承に関する事を聞くことが多い。


 それに同行するパールに対して、アリアは中央集落に在る遺跡に描かれた壁画を魔法の灯火(ライト)で照らしながら問い掛けた。


「『――……ねぇ、パール。神の業に対する知識とか、神の使徒とか、過去に起きた災厄の事とか、どういう風に貴方達は伝承として残してるの?』」


「『基本的に、親から子へ伝えていく。一族の長が一族全てに教える事もある』」


「『へぇ。だったら……この壁画に描かれている赤い瞳の女の子の事は、どう伝わってるの?』」


「『その赤い瞳の女性が地上に居た神の使徒達を伴い、天に昇ったそうだ。そして天上に住まう神と対峙し、神の使徒達と共に大地を救ったらしい。どうやったかは分からないが、大地を救った代償として赤い瞳の少女は長い眠りについたそうだ』」


「『長い眠りって、死んだってこと?』」


「『分からない。だが、既に遥か昔の伝承だ。もう死んでいるだろう』」


「『……ううん。例えば赤い瞳の女が魔族だったら、まだ生きて寝ている可能性も高いわね。壁画の女の子は、長い耳をしてる。多分だけど、エルフ族のアルビノだったのよ』」


「『魔族、エルフ、アルビノ?』」


「『知らない? 私達とは異なる姿だけど、文明や文化を残し続けている種族達よ。エルフはその中でも知名度が高い魔族の代表種族なの。特徴的に言えば、私みたいな金髪碧眼の種族で、耳の先か尖ってるらしいわ』」


「『……なるほど。それで、アルビノというのは?』」


「『アルビノっていうのは、そういう種族から異なる色を宿して生まれた子のこと。異なる髪の毛や瞳を持って生まれた、特殊な生まれを指して言うのよ』」


「『そうなのか』」


「『ただ、こんな赤い瞳で銀色の髪があるエルフ族なんて、かつて人間大陸で人間達を滅ぼそうとした魔王ぐらいしか伝承は残ってないの。まぁ、こっちは人間大陸の中でも端の方で、魔大陸からは全然遠いから。魔族なんて滅多に見れないし、文献もほとんど外国の物だけなんだけどね』」


 そんな会話を行いながら遺跡探索を楽しむアリアに、パールは文句も言わずに付き合い続ける。

 それに随伴しているエリクは対照的に暇そうにしながら、壁画に描かれた赤い瞳の少女を見て奇妙な感覚を抱いていた。


 そんな二人が樹海に滞在してから、約五ヶ月目。

 安穏とした彼等の生活は、とある来訪者達によって終わりを告げた。


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