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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

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都市防衛戦


 ガルミッシュ帝国の逆襲を危ぶみ、ベルグリンド王国側が対処に追われている頃。

 帝国側ではルクソード皇国の女皇ナルヴァニアの招集により、ゴルディオス皇帝と皇后クレアを始め、皇子ユグナリス、そしてローゼン公爵の息子セルジアスと娘アルトリアが、催されるパーティに招待されて出発の準備を行っていた。


 その留守をローゼン公爵が帝都で預かる事となり、その隙に乗じるように他帝国貴族達が結託し、ベルグリンド王国への侵略を始める。

 更にはその貴族達に推挙された帝国騎士団が動き、その侵略軍に加わった。


 その帝国騎士団を率いているのは、『鉄槌』の二つ名を持つボルボロスという騎士隊長。

 二メートルを超えた太く逞しい巨体を全身甲冑で覆い、巨大な大槌を振るう色黒の男。

 その常識外れの怪力から魔族の血を引くと言われる『魔人』である事は、帝国上層部では知られていた。


 そのボルボロスが騎士団を伴い侵略に加わった理由は、ローゼン公爵と対立していた事が原因だと言われている。

 

 今まで帝国軍を統括していたのは帝国騎士団に任命権と主導権が与えられていたが、宰相位に就いたローゼン公爵が帝国軍部を統括し、騎士団から帝国軍の任命権と主導権を奪った形になった。

 それに反発していた帝国騎士団だったが、今回の戦争で圧倒的な実力と戦果を挙げたローゼン公爵に対して意を唱えられる程の発言を得られなくなる。


 皇帝の弟であり、更にルクソード皇国の反乱では数多くの敵対皇族を討ち取り、更には公爵位を得て領土を持ってからは凄まじい程の速度で開拓と産業に成功し、ローゼン公爵は帝国随一の産業と戦力を十年程の時間で築いた。

 一方で腐廃の色濃くし始めていた帝国騎士団は、魔物や魔獣の討伐に失敗し、人事の配置を怠り、更には汚職なども多く、帝国臣民からの信頼が著しく低下していた。


 このままでは騎士団は解体され、その指揮権すらローゼン公爵に飲み込まれてしまう。

 それを危惧した騎士団はベルグリンド侵攻作戦に乗じて戦果を持ち帰る事で、ローゼン公爵に対する牽制を目論んだ。

 更にローゼン公爵と政敵となっている派閥の帝国貴族達も、自身の覇権を握るべく私兵を動かす。


 そして他帝国貴族達が掻き集めた兵士と帝国騎士団は国境付近で合流し、合計で約二万人となる。

 それ等の戦力は国境を超え、ベルグリンド王国に対する侵略を開始した。


 その知らせを帝都の場内で受けたローゼン公爵は、軽く鼻で溜息を吐き出しながら呟く。


「……ふん。馬鹿共が」


「本当に宜しいのですか? このまま彼等が侵略を成功させれば、確かな功績になってしまうかと」


「侵略の成功とは、具体的にどういうモノを指す?」


「それは……」


「領土を奪い、民を奪い、物を奪い、そして国を奪う事が侵略の成功だと考えているのだとしたら、程度の低い戦略思想としか言えんな」


「!」


「戦争とは、あくまで目的を達する為の手段だ。奴等は戦果を目的として軍を動かすという愚行を犯したのだとしたら、王国に足元を掬われるだけだろう」


「足元を……?」


「俺が王国を指揮する立場で万全の状態であれば、それ等を討つ為に兵を集めるだろう。だが王国の奴等は討たれ散らされたばかり。戦力も整わず、まともな戦争になど成りはしない」


「それでは、王国側はどのように対応すると……?」


「決まっているだろう。奇襲(ゲリラ)だ」


 不敵に口元を微笑ませたローゼン公爵は、そう話して執務室へ向かう。


 そしてローゼン公爵が予測した通り、王国側は兵力をまともに集められず、また指揮者が不在の為に帝国の侵略軍にまともに相対できない。

 国境に近い各領地の貴族達は、防衛力の無い村や町の民を物資と共に運ばせながら防衛力のある領地の都市へ移し、そこで民兵と物資を増やしながら籠城を始め、防衛力を高めて自分自身を守る為に身を震わせていた。


 その自己中心的な動きにも見えた王国貴族達の命令と行動は、侵略している帝国軍を思わぬ形で翻弄させる。


 国境沿いの村や町は人も物資も無いモノとなり、侵略軍は奪えるモノも無いまま戦果も得られず、そのまま進軍するしかなかった。

 そして帝国軍が前に進む程、王国側は逃げるように下がる。

 その為に帝国軍は予定よりも遥か深く王国領土へ踏み込む事となり、補給線と物資を予定よりも多く消費する事となった。


 物資の消費だけではなく、帝国軍の兵士や騎士達も予想以上の疲労に襲われる。


 慣れない長距離行軍と敵国の領内を進むという緊張感の中で、兵士達も騎士達も休まる時間は少なく、また目に見える程の戦果も得られずに意気消沈していた。

 それに従軍している帝国貴族やその子弟も、得られぬ戦果と失い続ける金と物資に辟易した表情を見せ始め、ついには弱音にも似た言葉すら吐き出ている。


「――……もう撤退すべきでは?」


「馬鹿な! 王国とまともに一戦も交えぬまま、撤退などと!!」


「しかし、王国は引き続けて逃げるばかり。しかも敵は物資を持って逃げてしまう。このままでは、我々の物資を失い続けるばかりで、何の益も無い……」

 

「だが! 一戦も交えずこのまま帰れば、あのローゼンに笑われるだけだ!!」


「クラウス殿下……いや、ローゼン公爵は皇帝陛下の弟であり、信任厚き者。このまま功績に差が広がれば、我々の帝国貴族としての立場は……」


 地位と立場の為に今回の戦争に参加している帝国貴族達は、ローゼン公爵を疎みながらも今回の戦いに関して大きな不安を持ち始める。

 逆に帝国騎士団の幹部は王国とまともに対峙し戦果を挙げるまでは撤退すべきではないと、徹底して主張していた。


 その中で巨大な大槌を傍に控えた大男、『鉄槌』ボルボロスが声を発する。


「――……フンッ。帰りたい者は、勝手に帰るといい」


「!」


「ボ、ボルボロス殿……」


「抵抗が無いということは、兵を損なわずに進めるということだ。戦争とは数で行うモノに変わりはない。……つまり、大軍を持ったまま王国の都まで進めるという事でもある」


「!!」


「ま、まさか……」


「このまま王都へ進軍し、ベルグリンド王を討つ。それは十分な戦果ではないか?」


 不敵な笑みを浮かべながらそう話すボルボロスに、その場の貴族や騎士団の幹部達は驚きの目を向ける。

 その言葉に異を唱える幾人かが、ボルボロスに口を開いた。


「し、しかし物資の負担が……」


「それは兵が多すぎるのが問題なだけだ。帰りたい者は、自分の軍を引いて帰れ」


「それでは、功績の分配が……」


「功績など、ベルグリンド王を討ち王国を潰せば、お釣りが来る程に与えられる。それで十分にローゼン公と対等な立場となれよう」


「……」


「今問題にすべきなのは、伸びた補給線を維持しながら物資を確保すること。功績は最終的に、王都を討つ事で良しとすればいい」


「し、しかし。ここから王都まで、軍で進むには最低でも三ヵ月の道のりになる可能性が……」


「それまで物資を保てばいい。足りなければ森や山に入り、その実りと棲む魔物や魔獣を討って喰らえばいいのだ」


「そ、それはそうですが……」


「奴等も無限に逃げられるわけではない。逃げ道はいつか無くなる。そして追い付かれる。その時には全軍を持って逃げる敵を討ち、奴等が持つ物資を奪い、我が軍の糧にすればいいだけだ」


「……」


「軍の兵力を半分に減らせ。帰る奴等には帰れる分の物資だけ持たせ、戦う気力が残る者達だけでやる。それでいいだろう」


 結局、このボルボロスの言葉に全員が異を唱えられず、それに従う行動を取る。


 撤退意見を持っていた貴族達は私兵と共に去り、功績が欲しい貴族達は残った。

 騎士団は一戦を交えぬ限りは引く事は無く、二万人だった兵力は一万人近くまで低下する。


 しかし半数になった兵力は行軍速度を速め、失う物資の量を低下させた。

 更にボルボロスの部隊が中心となり、通過する山や森で狩猟が行われ、そこで得られた実りや魔物の肉が糧に加わる。


 その中には中級魔獣も含まれており、ボルボロスが大槌の一撃で吹き飛ばし潰す場を多くの騎士と兵士が目撃した。

 ボルボロスの活躍は侵略軍の中で話題に上がり、意気消沈気味だった兵士達に僅かな活力を与える。


 そして国境を越えてから一ヵ月が経過し、ついに防壁が築かれた都市を捉えた。

 そこにはその領地から集まった人員や物資が集約し、民兵を含めて三千人の防衛力が固まっている。

 民間人を含めれば、約一万人に近い住民や避難民達が都市の中にいた。


 帝国軍はそれを逃がさぬように包囲し、物資と戦果を得る為に戦闘を仕掛ける。


 王国側はそれに対応し、囲む防壁を軸に守りに入った。

 しかし腐りながらも鍛錬を重ねている帝国騎士団が指揮する帝国軍と、ほぼ素人に近い民兵ばかりの王国軍では、指揮能力と対応力に大きな差が生じる。

 更にボルボロスとそれが率いる部隊は都市の一角である防壁を突き崩し、そこから侵入を果たし始めていた。


 王国側は破られた防壁に防御を集中させたが、逆に他の部分が手薄になり押され始める。

 状況は悪化し、二日も経たずに王国側の都市は陥落すると、両者は思い始めていた。


 その時、王都方面から一つの集団が到着する。

 そして都市を包囲する帝国軍の陣形を山から眺め、黒いマントを羽織りながら率いている男が、隣の大男に話し掛けた。


「――……いたぜ。アレが、俺達の相手だ」


「そうか」


「あの(ザマ)じゃ、二日も待たずに都市(あそこ)は陥落しちまうな」


「どうする?」


「今日は何とか持たせられるだろ。夜になったら、やるぜ」


「分かった」


 そう話す二人は、消えるように山の奥へ入る。

 何とか王国側の都市はその日を乗り越え、疲弊した帝国側は軍を引き、一時休息の為に各周辺で夜営が行われる事になった。


 その近くで、黒い獣が動き出している事も知らずに。


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