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樹海の生活


 樹海に訪れたアリアとエリクは、そこに棲む部族の代表者達に『神の使徒』として滞在を認められる。

 それから一ヶ月程の時が流れる中で、二人は樹海の各部族が居る集落を訪問する生活をしていた。


「『――……これで良し』」


「『おぉ……! ありがとうございます、使徒様……!!』」


「『治ったからって、あんまり無茶しちゃダメよ。三日は安静にしてなさい』」


「『はい、分かりました』」


 怪我や病気を患う樹海の部族達に対して、アリアは治療系の魔法を施す。

 老若男女問わずに治療を行う彼女の姿は、各部族の者達からは強い尊敬と羨望の眼差しを向けさせることになった。


 そんなアリアに同行するエリクもまた、各部族に訪れる毎にある事を頼まれる。

 それは若い男の勇士達に対して、肉弾戦や武器を用いた訓練を施すという役目だった。


「『――……ぐあっ!!』」


「『つ、強い……』」


「『これが、神の使徒の……勇士か……』」


「……もう終わりか?」


 部族の中で最も強いとされる族長ブルズに勝利したエリク(エリオ)の勇名は、男の勇士達に畏怖よりも強い憧れを抱かせる。

 そんな勇士達に対してエリクは容赦しながら、訓練と称した実戦形式で彼等の相手をした。


 二人はそうして一緒に行動し、各部族が居る集落で求められる事を果たしていく。

 それを助けるように、女勇士パールも同行していた。


 こうした生活を二ヶ月ほど行うと、彼等は一通りの部族を回り終える。

 そしてセンチネル部族の集落に戻ったアリアは、ある頼みをパールに申し出た。


 それは何と、アリア自身の訓練。

 北港町で購入していた剣をアリアは使い、卓越した体術と野生染みた槍術を使うパールに対人訓練を頼んだのだった。


「『――……なぁ、アリス』」


「『んっ、どうしたの?』」


「『どうして急に、私と訓練すると言い出したんだ?』」


「『樹海(ここ)を見て回って思ったの。少しでも、自分の生身(からだ)で戦えるようにしなきゃってね』」


「『なら、エリオと訓練すればいいんじゃないか?』」


「『ダメダメ。彼、意外と容赦ないんだもん』」


「『それは、お前が弱いだけじゃないか?』」


「『……ええ、その通りよ。だから、ある程度まで手加減してくれるパールにやってもらわないと……訓練にならないもの!』」


「『神の業……じゃないな、魔法も十分に強いじゃないか。アレは攻撃にも使えるんだろ? だったら、それだけ使うのも良いんじゃないか?』」


「『そう、魔法は強い。でも魔法に頼るってことは、私自身の弱さを補うだけで私自身を強くしてるわけじゃないもの。ある程度は魔法無しでも、自衛できるようにならないとね!』」


「『お前は、今の自分に満足していないのか?』」


「『してないわよ。私はもっと、強くならなきゃ……ねっ!!』」


「『そうだな。だがまだまだ……だなっ!』」


「『あぅ!』」


 訓練を行うアリアとパールは、そうした会話を交えながら意思(ことば)を交える。

 それはアリアとパールに芽生える友情を更に深め、樹海の日常を満たすことにも繋がった。


 その影響を受けたパール自身も現在の自分に満足せず、エリクとの訓練を頼む。

 すると幾度も模擬戦を交え、エリクとパールも互いの実力を高め合う光景を見せた。


 しかしそうした生活を続ける中で、センチネル部族に困った訪問者達が増えていく。

 それは各部族から訪れる族長や勇士達、そしてその身内である若い女性から良い年齢の熟女達だった。


 彼等の目的は、神の使徒アリスに追従する勇士エリオ。

 彼に対して他部族からも妻を娶って貰えるように勧める為に、そうした一団が訪れて来るのだ。


 これはセンチネル部族だけではなく、強い勇士(おとこ)遺伝子(こども)を残したいと考える各部族の代表者達の思惑。

 エリクに抱かれる為に送り込まれて来る各部族の女性達に対して、雇用主であるアリアは隠す気の無い迷惑顔を見せた。


 そして各部族の族長達に女性達を帰らせるよう告げながらも、彼等からは不満の声が向けられてしまう。

 強い勇士を中心とした一夫多妻が認められている樹海(もり)において、センチネル部族のパールだけを妻としている現状を不公平だと考えているらしい。


 すると不公平を理由にしない為に、アリアは今まで保留としていたエリクとパールの婚儀そのものを無効にしたいと提案する。

 それに対してラカムを含む各族長達は難色の声を示したが、大族長の言葉によってその提案は受け入れられた。


 これによりパールはエリクと夫婦ではなくなり、晴れて独身の女勇士パールに戻る。

 しかし待望していたパールの相手が再び居なくなったのもまた事実であり、その妥協案としてエリクが他の勇士達を鍛えるという条件が付けられた。


 そうした話し合いが行われた後、アリアと訓練をしていたパールは微妙な面持ちを浮かべながら尋ねる。

 

「『――……なぁ、アリス。お前は、エリオが好きなのか?』」


「『えっ、どうしてそうなるの?』」


「『お前が、私や他の女達がエリオの妻になるのを認めなかった。それは、お前がエリオを好きだからじゃないのか?』」


「『私が彼を? ははっ、違うわよ』」


「『じゃあ、どうして……』」


「『前にも言ったでしょ? 私達は追われて樹海(ここ)に入り込んだだけだし、定住する気は無いの。なのに彼がここで子供を作っちゃったら、責任的にも面倒臭い事になるじゃない』」


「『せきにん?』」


「『親としての責任とか、夫として責任とか。私は自分の都合だけで、そんな責任を彼に負わせたくないし、負わせるつもりも無いの』」


「『森の外だと、責任(それ)はそんなに大事なのか?』」


「『……大事みたいね。でも私は、責任(それ)が嫌でここまで逃げて来ちゃったから。だから私から彼に、そんな責任を負わせたくないだけ。これは私の我儘よ』」


「『……そうか』」


 二人はそうして話していると、パールは棒槍を動かす手を止めて姿勢を正して立つ。

 それを不思議そうに見るアリアに、彼女(パール)はある事を頼んだ。


「『アリス。お前達が話している言葉を、教えてくれ』」


「『え? 私達が話してるって……帝国語のこと?』」


「『ああ』」


「『別に良いけど、どうして?』」


「『お前達が話している言葉を、ちゃんと理解して聞いてみたい。それに私も父さんの跡を継いで族長になったら、外の商人(もの)と話す事があるだろうからな』」


「『そう。っていうか、女も族長になれるの?』」


「『ああ、部族の中で最も強い者が族長になる。女の勇士でもな、それが(ここ)の掟だ』」


「『へぇ。ちなみに、族長って交代とかするの?』」


「『大族長や族長に選ばれた者は、死ぬまで続けることもある。もし交代する場合は、族長達が次の族長を指名するんだ。だからセンチネル部族の族長は、私がなるはずだ』」


「『なるほどね。まっ、そういうことなら教えてあげるわ。(エリオ)にも教えてあげなきゃいけないと思ってたし』」


「『ありがとう』」


 そうした経緯を経て、パールは帝国語の言葉や文字を習い始める。

 エリクもそれに半ば強制的に参加させられ、二人はアリアという教師によって勉強を始めた。


 主に地面を黒板代わりに、アリアは帝国語の言葉や言語(もじ)の読み書きを始める。

 それを見ていたセンチネル部族の者達も次第に興味を持ち、その勉強会に参加したいと言い始めた。


 更に勉強会(そうしたこと)をしている事が他部族にも伝わり、神の使徒(アリア)から神の業を教えられるのだと考えた各部族長が若い勇士達にも勉強会への参加を頼み込む。

 それを受け入れたアリアは、忙しくも充実した毎日を送り始めた。


 追っ手の事を考えずに済む樹海(もり)の中で自身の知識を教え導くという環境は、意外にもアリアを楽しませる。

 その中で自身の探求心を思い出したアリアは、各部族の者達を勉強会に参加させる条件と引き換えに、決闘が行われた遺跡の村を見学できるよう大族長に頼んだ。


「『――……この遺跡は、魔法学としても歴史的価値としても非常に高いんです。見せてもらっても?』」


「『構わないが、中は荒れて所々崩れているし、特に何もない。あるとすれば、壁画くらいか』」


「『壁画! 是非見せてくださいっ!!』」


「『あ、ああ』」


 大族長の傍に控える壮年の男性は、アリアの頼みを受け入れる。

 するとアリアは勉強会の場所を遺跡のある中央集落に移し、時間が出来るとエリクとパールを伴って遺跡を探検した。


 そしてある遺跡の地下へ赴いたアリアは、魔法で生み出す光で周囲を照らしながら壁画全体を見回す。

 その壁に描かれている古い壁画に夢中になるアリアの様子を、エリクとパールは訝し気な表情を浮かべて見ていた。


「――……凄い、凄いわ。帝国でも、こんな状態の良い遺跡はなかなか無いわよ……!」


「……そんなに、遺跡(コレ)は凄いのか?」


「ええ。世界各国にこんな遺跡が所々にあるらしいけど、こんな壁画は文献でも見た事が無いわ」


「……そうか」


「コレって実は、世紀の大発見だったりするのよ? 然るべきところで研究すれば、過去にどういう文明が築かれてたか判明するし。現代では失われた魔法技術も手に入れられるかも!」


「……そ、そうか。凄いな」


 夢中になって遺跡の中を見て回るアリアは、大昔に築かれたであろう遺跡の構造や仕組みを調べる。

 そして過去の人々が描いたであろう壁画や文字を確認し、瞳を輝かせながら分析を続けた。


 遺跡(それ)に余り興味を抱けないエリクだったが、喜々とした様子で調査するアリアに対しては僅かに微笑みを浮かべる。

 逃亡生活に疲弊していたアリアにとって、樹海の生活は安らげる時間を得られたのだった。


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