魔法の代価
決闘で致命傷を負った対戦相手のマシュコ族の族長ブルズに対して、アリアは自らの正体を明かして魔法の治療を行う。
それは瀕死のブルズを見事に癒し終えながらも、アリア自身はその直後に眠るように倒れた。
「――……んっ……あれ……?」
「起きたか、アリア」
「エリク……ここって……?」
寝かされた状態で目覚めたアリアは、隣に座るエリクの顔を見て安堵の様子を浮かべる。
すると上半身を起き上がらせ、周囲を見ながら状況を確認しようとした。
エリクは緑色の粘度の有る薬を顔や各箇所の決闘で負った裂傷や殴打の腫れに塗っている。
そして上体を起こすアリアを補助するように太い腕で背中を支えると、その問い掛けに答えた。
「ここは、決闘をした集落の建物だ」
「決闘……。……ああ、そっか。私、魔法の連続使用と最上位魔法の行使で、倒れたのね……」
「最上位魔法?」
「えっとね……簡単に言えば、凄い回復魔法ってこと」
「その魔法を使うと、君は倒れるのか?」
「それもあるけど、魔法を一気に使い過ぎたわね。身体がそれに、耐えられなかったんだわ」
「魔法は、そういうモノなのか」
自身が倒れた理由を簡潔に話すアリアは、疲弊を残した表情を浮かべる。
しかし改めて周囲を見た後、エリクに顔を向けながら問い掛けた。
「あれから、どうなったの?」
「俺も、よく分からない。奴等が何か揉めて、パールという女がここまでお前を抱えて来た。俺も、それに付いて来た」
「パールが? ……ねぇ、私が倒れてどれくらい経ってるの?」
「決闘は昨日で、今は朝だ」
「……そっか。まぁ、反動ならそんなものよね……」
眠っていた時間を聞き呟いたアリアは、背中を支えるエリクの右腕に身体を預ける。
それから暫くすると、二人が居る建物内の部屋にパールが姿を現した。
そしてアリアが起きているのを確認すると、明るい表情を見せながら声を掛ける。
「『――……アリス、起きたのか! 心配したんだぞ』」
「『ええ。ちょっと強い魔法を使って、疲れただけよ』」
「『神の業を使う代価か?』」
「『うん。……って、神の業じゃなくて魔法よ。魔法』」
「『私から見れば、もう神の業だ。ブルズを蘇らせたんだからな』」
「『……そういえば、あの後にどうなったの? 丸一日近く、経ったらしいけど』」
「『アリスの神の業を見た大族長が、ここで寝かせるよう命じた。もし起きたら、部族長達と一緒に話が聞きたいらしい』」
「『そう。まぁ、そうなるだろうなってのは覚悟済みだったけどね……』」
「『ブルズを蘇生させたアリスの神の業に、皆が始めこそ疑った。だが実際にブルズが起きて普段と変わらぬ様子だったから、ほとんどの部族達がアリスの使ったのが神の業だと認めたぞ』」
「『つまり、神の使徒としては疑われてないわけね』」
「『ああ。どうする? 起きたばかりなら、しばらく休むか?』」
「『向こうがお待ちかねなら、さっさと終わらせちゃいましょう。私が起きた事を伝えて、族長達を集めておいて』」
「『分かった。少し待っていろ、準備が出来たら呼びに来る』」
「『ええ、お願い』」
そう述べたパールが部屋から出て行くと、アリアは小さな溜息を吐き出す。
そして横で静かに聞いていたエリクに顔を向け、これからの事を説明した。
「これから樹海の族長達を集めて、私と話をするんだって」
「そうか。……大丈夫か?」
「うん。それより先に、貴方の傷を治さなきゃね」
「俺は、後でもいいが」
「ううん。何が起こるか分からないし、貴方には万全の状態で守ってくれないと」
アリアは腰を上げながら膝を着き、隣に座るエリクの身体に触れながら傷の状態を確認する。
すると僅かに驚く様子を浮かべながら、こう話した。
「……凄いわね。アレだけ殴られたのに、骨にヒビ一つ入ってない。内出血で軽く腫れてるだけか、切り傷もほとんど塞がり掛け……。どういうこと?」
「族長が薬を塗った。それが効いているんじゃないか?」
「それを差し引いても、一日でこんなに自然治癒してるのは……」
「……殴られた時の訓練は、よくしていたから。傷もそこまで酷くは無い」
「え?」
「昔から、そういう訓練をしていた。殴られても身体を引かせて受けたり、逆に前に出て受けたり。そうすると、相手の拳は威力が弱くなる」
「……それを昔、習ったの?」
「ああ」
「習ったって、誰に?」
「俺を傭兵団に入れた、前の団長だ」
「そう……。……とりあえず、表面的な傷だけでも治しておきましょうか。何か気分が悪いとか、痛い部分があるならすぐに教えて。いい?」
「ああ」
「――……『中位なる光の癒し』」
疑問の表情を浮かべるアリアは、念の為に魔法での治療を行う事を決める。
そしてエリクの皮膚に残る傷が瞬く間に治癒し、エリクは立ち上がりながら身体を動かして状態を伝えた。
「治っている」
「当然。治療系の魔法に関しては、帝国一の腕前だと自負してるわ」
「そうか。……やはり、アリアは凄いな」
「えっ。どうしたの、急に?」
「帝国との戦争で、帝国兵が魔法を使って攻撃しているのを見た事があるが。北港町でもそうだが、傷も治せる魔法があるのに驚いた」
「光属性の魔法を扱う魔法師が、結構少ないからね。希少属性の持ち主は、前線には出さずに後方で治療や魔道具の開発をする魔法師も多いし」
「……そ、そうか。凄いな」
「はいはい。そういう事も含めて、後で魔法についても詳しく説明してあげるわ」
二人はそうした話題で話し合い、万全の状態を整える。
すると十数分後にパールが戻り、二人に声を掛けた。
「『――……アリス、準備が出来た。大族長達が呼んでいる』」
「『分かったわ』」
「『それと、エリオも呼んでいる。神の使徒に従う勇士だと、父さんが話したようだ』」
「エリク、貴方も呼ばれてるって。呼ばれなくても、付いて来させたけどね」
「分かった、行こう」
大族長と族長達が待つ場に呼ばれた二人は、パールに案内されながらその場所へ向かう。
そして決闘場から少し離れて位置する石造りの遺跡内へ入った。
その奥の部屋で待っていたのは、白髪の大族長と審判役を務めた壮年の男性。
そしてセンチネル部族の族長ラカムとマシュコ部族の族長ブルズを含む各部族の族長達が八名、床に胡坐の姿勢で待機していた。
そしてそれぞれの部族から有力な勇士が一人ずつ付き、パールも父親である族長ラカムの傍に付く。
樹海の部族を代表とする十六名の族長達と勇士が集う場に、アリアとエリクは向かい合う形で対面したのだった。