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虐殺者と元公爵令嬢


 無実にも関わらず罪人として王国を追われたエリクは、隣国との境にある国境沿いの森に身を隠す。

 そこで金髪碧眼の少女と出会い、素性を告げずにいると魔法で攻撃されてしまった。


 しかし何か誤解を受けていることに気付いたエリクは、慌てて手を軽く上げて説得に入る。


「ま、待ってくれ」


「……何? 用件があるなら、手短に話して」


「俺は君の追っ手でもなければ、暗殺者でもない」


「じゃあ貴方は何処の誰で、何でこの森に居るの? 近くの街までなら帝国でも数十キロ、王国なら十数キロだけど。ただの平民がこんな魔物がいる森に居て、しかも魔物の角を素手で折るなんてありえないわ」


「あ、あぁ。俺は平民だが、傭兵をしている。今は、この森で野宿している」


「傭兵? なら、その傭兵がここにいる理由は?」


「……ま、魔物狩りだ」


「魔物狩り? ……嘘ね」


「!」


「貴方、さっきの魔物(ウサギ)を逃がしたわよね。魔物狩りが目的なら、逃がすのはおかしいわよ」


「……」


「もう一度だけ聞くわ。貴方は誰で、この森で何しに来たの。……答えないなら、次は当てるわ」


 少女は短杖を向けながら、目の前に居る相手の嘘を見抜く。

 それを聞くエリクは表情を悩ませると、諦めながら素直に答えた。


「……俺は、エリクだ」


「エリク……。……その大きな身体に、背負ってる黒い大剣。まさかベルグリンド王国、黒獣傭兵団の団長……傭兵エリク?」


「俺を知っているのか?」


「当然でしょ。貴方、帝国では有名人よ。戦場で出会ったら武器を捨ててすぐ逃げろ。でないと身体を真っ二つにされちゃうぞって、そんな伝え方されるくらいにはね」


「そ、そうか」


「王国の傭兵団長が、なんで帝国領内のこの森に? ……まさか、侵略戦争の準備中?」


「ち、違う。……今の俺は、王国の傭兵ではない」


「……どういうこと?」


「俺は、国に追われている」


 エリクは観念して答えると、少女は驚いた表情を浮かべる。

 しかし短杖を向けたまま、改めて事情を聞いた。


「追われてるって……。王国の傭兵団長が、なんで国に追われてるの? 貴方、向こうでは英雄なんでしょ?」


「……俺は、村を襲った野盗達を殺した。だが何故か、俺があの村人達を虐殺したと言われて捕まった。そして処刑されそうになったが、傭兵団の仲間達が逃がしてくれた」


「……傭兵団()の仲間は、近くにいるの?」


「仲間達が逃げられるように、俺が囮になった。今は俺一人で、この森に隠れている」


「……なるほどね」


 エリクの事情を把握した少女は、訝し気な表情を浮かべながらも軽く溜息を吐き出す。

 すると今度は、エリクから少女に質問をした。


「君は?」


「……嘘は吐いてないようだし、素直に話してくれた御礼にフルネームで挨拶してあげる」


「フルネーム?」


(わたくし)はガルミッシュ帝国ローゼン領の生まれ。名前はアルトリア、姓はローゼン。アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンよ。傭兵エリク」


「……ローゼン、帝国の貴族か?」


「そう、あのローゼン公爵家の長女よ」


 自身の名を告げる少女の言葉に、エリクは聞き覚えを感じる。

 そして新たに湧いた疑問を、目の前に居る少女に問い掛けた。


「帝国の貴族が、何でこんな所に?」


「私も逃げてきたの、帝国から」


「……君も、何かの罪に陥れられて?」


「半分正解、半分外れ。正確にはそうなる前に逃げてきたの」


「そうなる前?」


「私が婚約していた帝国の馬鹿皇子がいるんだけど、魔法学園で一緒になった女に手を出しまくってたの。私という婚約者がいながらね。だから何度も、何をやってるのと注意してたのよ。そうしたらあの馬鹿皇子、逆恨みで魔術学園の卒業式で嘘の証拠をでっち上げて私を槍玉に(はずかし)めようとしたのよ!」


「……え、あ……」


「頭に来た私は、逆に向こうの偽証を暴ける証拠を作ってから帝国内の私の家や所縁のある貴族達に証拠を据えた資料と物証を送って、皇帝陛下に婚約破棄の手紙を送った上で、帝国首都の魔術学園から抜け出してここまで逃げてきたのよ。もうあんな馬鹿皇子のお守りするなんて絶対に嫌だから!」


「そ、そうか……。大変そうだな」


「そうよ、あんな馬鹿皇子の傍に居るのはもう沢山。だから私、いっそ王国に逃げてあの皇子が皇位を継承した瞬間に、帝国ごと潰してやるつもりで亡命しようかと思ったのよ。王国から馬鹿皇子の治めてる帝国を無茶苦茶にしてやるつもりでね」


「……そ、そうか」


 見た目と反比例した少女の粗暴な言葉が続き、エリクは難しい表情を深める。

 そして次の話題は、少女からエリクへ向けられた。


「それで貴方は、村を襲ってた野盗を殺しただけで村の人達は殺してないのよね?」


「……あぁ。村の者達は多く殺されていたが、野盗は全て殺した」


「そう。……帝国も帝国だけど、王国も王国でキナ臭いのね。このまま亡命するのは止めた方が良いかしら?」


「……王国に行くつもりなから、今は危険だ。俺を追っていた兵士達があちこちにいる」


「確かに、貴方の話を聞く限りだとね。貴方が陥った状況が王国貴族内部での暗躍だとしたら、王国も腐廃(ふはい)がどんどん進んでる証拠ね。お父様が聞いたら激怒しそうだわ」


「……帝国は、違うのか?」


「所々ではあるけど、まともなところはまともよ。少なくともローゼン公爵領地(わたしのじっか)は人が多くてもそこまで税を貪り尽くすまでは搾り取らないし、むしろお父様やお兄様も自分達で商売して税を必要としない程度に資金や資源は蓄えてるわ。商業も盛んで公共開発事業もしてるから、領地内の各村や町も比較的に綺麗に整えられてるわね」


「……そ、そうか。凄いな」


「あと領地内の裏組織って感じの人達にもお願いして、領民の治安維持に一役買ってもらってるの。領内を公爵家から領民に支配を与える構図よりも、領民は領民の自治である程度は治安を維持してもらって、細かいイザコザは領民自身で解決してもらう自治組織。自活して領民に領民の身を守ってもらえば、領民としての誇りや意識も高まるでしょ? 領民から腐る場合の現象で見られるのは、働く事が出来ずに食べる物や寝る場所を確保できないこと。それが出来ないとお酒や薬に過剰に逃げてしまうもの。それを改善する為に定期的に仕事を与えながら金銭にも生活にも余裕を与えて、経済を回す手伝いをしてもらいながら領地の開拓や資源の確保をして、他の貴族領地や他国と貿易をするのが、領民を飢えさせずに国を栄えさせる方法なのよ」


「……そ、そうか。凄いな」


「ちょっと、ちゃんと分かってらっしゃる?」


「すまん。ほとんど何を言っているのか、よく分からん……」


「……意外と頭は弱いのね、傭兵エリクって。噂だと、戦闘狂で毛むくじゃらの野獣みたいな感じだと思ってたわ」


 話しながら距離を詰める少女は、エリクを観察するように見つめて周りを歩く。

 その不可思議な行動をする少女に、エリクは動揺しながら尋ねた。


「ど、どうしたんだ?」


「……ねぇ。貴方、本当にもう王国の傭兵ではないのよね?」


「あ、あぁ。そうなるか?」


「じゃあ、今はフリーの傭兵ってことよね?」


「え?」


 話の流れがおかしな方向へ進み始めることに、エリクも疑問を浮かべる。

 逆に少女は微笑みながら、ある提案を伝えた。


「……傭兵エリク。私の護衛として一生の間、雇われてくださらない? 護衛の御代は、出世払いでお願いしますわ」


「……は?」


 突拍子も無い事をアリアから提案され、エリクは状況変化に対応できず頭の思考を停止した。

 それから数分後、森の川辺で水を補給する二人は話し合いを続けている。


「――……ねぇ。雇われてくださらないの?」


「いや、その……。何と言えばいいか……」


 尋ねるアリアに、エリクは頭を悩ませながら言葉を濁す。

 目の前にいる元公爵令嬢の思考が、エリクには理解できなかった。


「……さっきも言った通り、俺は罪人になってしまったんだ」


「そうらしいわね」


「だから俺を雇うと、その……」


「私も厄介事に巻き込まれかねない?」


「そう、それだ。俺と一緒にいると、その厄介事に巻き込まれる」


「そんなこと、今の私に比べれば些細な事だわ」


「……どういう意味だ? 罪人扱いされてる俺より、君の方が厄介なのか?」


「ええ。私はローゼン公爵家の長女で、皇子の婚約者。だから私のお父様やお兄様は、私を連れ戻す為に全力で捜索する。今はまだこの森に来てる事は気付かれていないけど、それも私が故意に流した情報が嘘だと気付いたら、お父様達はすぐにここまで辿り着く」


「……そ、そうか」


「……貴方にも分かり易く説明すると、私よりずっと強い相手が私を追ってくる危険があるの。だから連れ戻されない為には、強い人に護衛してもらいたい。そう思っていた時に現れたのが……」


「……俺か」


「そう、だからお願い。傭兵としての貴方の腕前は、帝国軍部では警戒に評されるほどなの。そんな貴方が私の護衛をしてくれれば、追っ手に追いつかれても何とかできる可能性があるわ」


「そうなのか。……しかし、護衛を一生とはどういう意味だ?」


「だって貴方、お尋ね者でしょ? 王国と帝国の協定には、極悪な犯罪者が国内にいる場合、互いの国は協力して犯罪者を捕える国際ルールがあるのは、流石に知ってるわよね?」


「……そうなのか?」


「そうなの。だからそういうルールがある以上、貴方が捕まらない限りは帝国も警備を厳重にするし、貴方を討伐する為に軍を動かすわ」


「軍が、動くのか」


「今すぐには見つからないかもしれない。でもここに居続ければ必ず、私を探すお父様の領軍か、貴方を捕まえる為に動く帝国軍部に見つかるわ。貴方もここには長く居られない。だったら私に雇われて、一緒に他の国に逃げましょうよ!」


「……他の国に、逃げるか?」


 必死に頭を働かせて考えるエリクは、少しずつ少女の説明を理解する。


 遅かれ早かれ帝国軍が動き、エリクを捕えるか殺す為に探すだろう。

 帝国からも追われる立場であることを理解したエリクは、厳しい表情で呟いた。


「……この場所には、もう長く居られないか」


「そう、だから私と一緒に行きましょ? 私を護衛する傭兵として、そして一緒に国から逃げる共謀者としてね!」


「共謀者……」


「私が貴方を逃がしてあげる。そして貴方は私を逃がすの。お互いが安全に過ごせる国まで逃げるのよ!」


「安全に、過ごせる国か……」


「お互いの一生を賭けるという意味では、さっきの誘い文句も間違いじゃないでしょ? 私は馬鹿皇子のお守りを一生させられるという意味だけど、貴方は捕まったら殺されてしまうんだから、貴方の一生に関わるでしょ?」


「……」


「安心して。王国がダメそうな場合も考えてたから、別の計画(プラン)もあるわ。それで帝国でも王国でもない別の国に、一緒に逃げましょう」


「……君は、それでいいのか?」


「当たり前よ。帝国には絶対に戻らないし、王国もキナ臭いから行きたくなくなったわ。絶対に連れ戻されない為に、寝るのも惜しんで幾つも脱走計画を組み立てたわよ」


「……脱走か」


「そうよ。お互いに、国を脱走する仲間ね」


 今後の展望を考えていた少女にエリクは驚き、別の理由ながらも同じく国から脱走した麗しい少女の活き活きした姿に、不意に笑いが込み上げた。

 少女もそれに返して笑い、歩くエリクの前に回り込みながら再び頼んだ。


「傭兵エリク、改めてお願いします。(わたくし)の申し出、受けて頂けますか?」


「……俺は、傭兵団の仲間と貧民街の者達に助けられた。生かされた自分の命を、失いたくない」


「私は貴方の命を無意味に失わせない。私は貴方がいなければ、この先に待つのは惨めな未来。そして貴方は私が居なければ、このまま殺される未来だけ」


「……そうだな」


「今の私達が生き残るには、今の私達が協力しなければいけないの。だから貴方の力を私に貸してください。その代わり、私の知恵を貴方に提供を致します。……どうか御協力を、お願いします」


 改めて丁寧な口調に戻った少女は、外套(マント)をドレスに見立てて布端を摘んで足を交差させながら腰を下げて頭を下げる。

 それが貴族の礼儀だと察したエリクは、少女に対して答えを返した。


「……それしか、俺が出来ることはなさそうだ」


「じゃあ……!」


「君に雇われよう。……改めて、俺はエリクだ」


「ええ! 私のことはアリアで良いわ。よろしくね、エリク!」


 エリクは護衛となることを受け入れ、アリアは微笑みを見せる。

 そして二人は森の中を歩き、逃走の旅を始めた。

 

 こうして王国(ベルグリンド)から逃げる傭兵エリクは、帝国(ガルミッシュ)から逃げる元公爵令嬢アリアと出会う。

 

 この二人の出会いが運命から来るモノなのか、それとも偶然の出会いだったのか。

 それを知るのは、この物語を読み続ける者だけだった。


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