神業を再び
センチネル部族の代表として決闘に参加したエリクは、対戦相手であるマシュコ族の族長ブルズを倒す。
そして鼻や口から血を流し身体の各場所に殴打を受けたエリクの傷を、髪や瞳を偽装魔法で変えているアリアが舞台まで駆け降りて診始めた。
その最中、遅れるように舞台へ駆け降りる者達の姿がアリア達の目に映る。
それはマシュコ部族が居た観客席に居た五人の女性と、十人以上の子供達だった。
彼等は舞台で仰向けに倒れるブルズに駆け寄り、焦りの表情で呼び掛けている。
そして最後に穿たれたエリクの右拳は、ブルズの胸部を僅かに窪ませながら吐血を起こした。
それに気付いたアリアは、エリクに問い掛ける。
「もしかして、最後の一撃って……」
「……胸の骨を、砕いた」
「やっぱり……」
エリクの右拳がブルズに致命傷を与えた事を、アリアは改めて理解する。
そんな血を吐き出すブルズの傍に居る女性や子供達は、涙を浮かべる光景が見えた。
それに対して、今度は隣に立つパールにアリアは問い掛ける。
「『あの人達って……』」
「『ブルズの妻達と、子供達だ』」
「『えっ。でも、ブルズは貴方を妻にって……。その為の決闘だったんでしょ?』」
「『外の者達はどうかは知らないが、森の部族は複数の妻を得られる。強い男ならば妻も多い、子供もな。多くの子供を残すのも、強い勇士の務めだ』」
「『じゃあ、ブルズが死んだら……』」
「『……』」
無言で首を振るパールに、アリアは渋る表情を浮かべる。
そしてブルズの傍で泣き叫ぶ妻達と子供達に、改めて視線を向けた。
すると一度だけ大きく深呼吸しながら瞼を閉じたアリアは、口から溜息と声を漏らす。
「はぁああぁ……。……ごめん、エリク。貴方の怪我は後で治すわ」
「……アイツを、治すのか?」
「だって、しょうがないでしょ。あんなの見せられたら、こっちの後味が悪くなるじゃないのよ」
「……そうか。なら、君に任せる」
「『パール。彼をお願い』」
「『アリス? ……お、おい』」
エリクの治療を後回しにする決断をしたアリアは、倒れるブルズに歩み寄って行く。
それを見たパールは呼び止めようとしたが、立ち上がったエリクは彼女の肩を左手で掴んで留めた。
「『!』」
「……好きなように、やらせればいい」
「『……そうか。アリスは、そういう奴だものな』」
互いに理解できない言語で話しながらも、この時の二人はアリアに対する似た意思を疎通させる。
そして重傷のブルズが倒れている傍まで来たアリアは、群がる女性達に怒鳴りながら告げた。
「『――……貴方達、離れなさい!』」
「『な、なんだ……お前は……!?』」
「『いいから離れなさい! その男を助けたいならねっ!!』」
凄まじい剣幕で怒鳴るアリアに、群がる女性達や子供達は驚愕を浮かべる。
更に観客席に居る者達も怒鳴り声に気付き、そこに集まる部族全員がアリアに注目した。
すると傍から離れようとしないブルズの妻達に、改めてアリアは説明するように呼び掛ける。
「『今から私が、この男を助けるわ。だから離れておいて』」
「『そ、そんなの無理だ。口から、いっぱい血が……』」
「『肺に砕かれた肋骨が刺さってるのよ。いえ、下手すると心臓にも。それも治してあげるから、さっさと退きなさい。……貴方達の夫に、その子達の父親に、生きて欲しいんでしょ?』」
「『……ッ』」
そう諭すように話すアリアの説得に、ブルズの妻達は渋る様子ながらも子供達を連れて離れる。
そしてようやくブルズの状態を診察できるようになったアリアは、身を屈めて負傷部分に触れながら状況を理解した。
「……予想通り、肺に砕けた肋骨が刺さってる。しかも心臓に繋がる血管の一部も傷付けてるわね。このまま数分もしたら、死亡は確定。……これは、こっちも無茶やらないとダメかな……」
ブルズの状態を確認し終えたアリアは、上空に顔を向けて諦めの言葉を呟く。
すると瞼を僅かに閉じて、自らの身体に纏わせている偽装魔法を解いた。
褐色肌と黒髪が解け、樹海の部族達と大きく違う白い肌と金髪へ戻る。
その姿を見せた事で、周囲に居る者達や観客席の部族達が騒然とした。
「『――……アレは、森の外の者か……!?』」
「『髪と肌が一瞬で違う色に……。アレは何だ……!?』」
樹海の部族ではないアリアの姿に、各部族達が騒ぎ出す。
そしてアリアを侵入者だと判断した各部族の若い勇士達が、傍に置いていた自分の武器を持った。
更に各部族の勇士が決闘場へ飛び降り、真の姿を現したアリアへ迫る。
それを遮ったのは、石槍を奮うセンチネル部族の女勇士パールだった。
「『――……パールッ!?』」
「『アリスの邪魔は、させない』」
「『退け、パール!!』」
「『退かない。邪魔をするなら、お前達は倒す』」
侵入者の排除を妨害しようとするパールに対して、各部族の勇士達が怒鳴りを向ける。
パールの父親であるセンチネル部族の族長ラカムと彼が率いる勇士達が舞台に到着し、アリアを守るように迫る各部族達の前に立ち塞がった。
それを見た別部族の勇士達は、族長であるラカムに対して怒鳴る。
「『何故、森の外の者がここにいるっ!? それを庇うということは……森の守護者たるお前達が掟を破ったのか、センチネル族ッ!!』」
「『……我等の話を聞け、若い勇士達』」
「『センチネル部族は掟を破り、この場に森の外の者を連れて来ただけに飽き足らず、決闘の場を穢すとはッ!!』」
「『勇士としての誇りを失ったかっ!!』」
「『……待てと言っている、小童共ッ!!』」
「『!?』」
罵声を浴びせる若い勇士達だったが、逆に族長ラカムが凄まじい形相と表情を重ねた怒声を浴びせ返す。
その迫力に驚愕する若い勇士達は、口を閉じて険しい表情を見せた。
そんな中で仲裁するように出てきたのは、決闘の審判を務めた壮年の男性。
彼はこの状況に対して、落ち着いた面持ちで族長ラカムに問い掛けた。
「『ラカム、これはどういうことか?』」
「『ここは、あの娘に任せてもらいたい』」
「『どういうことかと聞いている』」
「『これから起こることを、見れば分かる』」
「『それはどういう――……!』」
「『!!』」
壮年の男性の呼び掛けに応えながらも、ラカムは敢えてそうした言い方で答える。
そして新たな質問を壮年の男性が向けようとした時、大族長が座る席から決闘場を満たす音が響き渡った。
それは大族長の傍に控える勇士達が持つ、二つの石が叩き発する音。
壮年の男性はそれが大族長の意思を伝える言葉である事を理解し、落ち着いた面持ちで頷きを見せながらセンチネル部族を含んだ周囲で武器を構える勇士達に呼び掛けた。
「『――……双方、武器を下ろせ』」
「『しかしっ!!』」
「『これは大族長の意思だ。武器を下ろし、その娘がやることを見る』」
「『……ッ』」
大族長の命令を伝えた壮年の男性に対して、侵入者を排除しようとした若い勇士達は武器を渋々ながら降ろす。
そしてセンチネル部族の勇士達やパールも武器を降ろし、アリアへ視線を向けた。
これだけ騒然とする周囲の中で、目を閉じたままアリアは集中している。
そして青い瞳を見せながら鞄の中に収める魔玉が付いた短杖を取り出した。
短杖をブルズの胸部に付けると、アリアは詠唱を始める。
「――……『復元する癒しの光』。『重ね輝き復元する癒しの光』。『再生する癒しの光』。『重ね輝き再生する癒しの光』……『最高位たる世界の癒し』……ッ!!』」
中位と上位の治癒魔法に続き、それを凌ぐ最上位の回復魔法をアリアは重ねて唱える。
すると自身の肉体を介する魔力から、魔法を発現させた。
魔法の光が倒れるブルズにも降り注ぎ、青と白が混じる神々しい光に包まれる。
発光を纏う二人の光景に注目していた部族達の中で、特に年老いている者達は驚愕し、平伏すように膝を着いた。
「『ま、まさか……』」
「『神の、使徒か……?』」
「『伝承のっ!?』」
「『そんな、馬鹿な……』」
『神の使徒』に関する伝承が年寄り達から囁かれ、それは瞬く間に観客席から舞台に居る各部族の者達に広まる。
それに同調するように、ラカムは侵入者の正体を高らかな声で明かした。
「『そうだ。あの方こそ、神の使徒アリス様。我等センチネル族に助力してくれた、神の御使い様だ!』」
「『!?』」
「『そしてこれこそ、使徒様が扱う神の業だ!』」
「『神の……業……!!』」
ラカムはその言葉を発し、改めて周囲の部族達を牽制する。
すると幾人かが掴んでいた武器を落とし、驚愕と動揺を浮かべながら平伏するように膝を地面へ着けた。
そう最中でもブルズの治療は続けられ、身体中に受けた傷が癒されいく。
更に胸部内では細かく砕けていた肋骨が元の形に戻り、傷付いた肺や心臓に繋がる血管も修復させた。
更に口から吐かれた血さえ一瞬で蒸発する光景を見て、ブルズの妻達と子供達は唖然とした様子を浮かべる。
それから魔法の発光が終わると、周囲の者達は頭を上げてブルズの様子を見た。
既に手遅れとさえ思えたブルズは、決闘を始める前のような綺麗な体に戻り、息を整えて寝ている。
それを妻達は確認して驚嘆を表情で露すると、周囲の者達は息を呑みながら神の使徒に注目した。
しかし治療を終えたアリアは一気に息を吐き出し、荒い呼吸と冷や汗を額から流し始める。
するとブルズの妻達や子供達に、治療の結果を伝えた。
「『――……ハァ、ハァ。……これで、治ったわよ……』」
「『……ほ、本当に……?』」
「『嘘、言って……どうすんのよ……』」
「『……よ、良かった……。良かった、ありがとう……!』」
息を整え寝ているブルズの姿を見て、改めて妻達は感激の涙を見せながら感謝を伝える。
それを見届けたアリアは口元を微笑ませ立ち上がろうとしたが、膝を立たせるより先に体が地面へ傾いた。
それに気付いたパールが、アリアの華奢な身体を抱え支える。
「『アリス、どうしたんだ! アリスッ!?』」
「……疲れ……たぁ……」
その一言だけを残して気絶するように眠ったアリアに、パールは驚きつつも声を掛け続ける。
瀕死のブルズを宣言通り癒したアリアに対して、それを見届けた樹海の部族達は視線を釘付けにさせていた。