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拳で制する者


 決闘の舞台に立ったエリクは、対戦相手であるマシュコ族の族長ブルズと対峙する。

 そして百名以上の部族達が立ち合う中、審判役の合図で二人の決闘が始まった。


 しかしパールと戦った模擬試合(とき)とは違い、二人は緩やかに舞台の中央へ歩み寄る。

 そして互いに腕を振れば直撃できる射程圏内に入り、睨み合うように鋭い眼光を向け合った。


 観客席の部族達は、二人の間に生じる空気に固唾を飲み込む。

 するとブルズはニヤリとした表情を浮かべ、右拳を振り上げながらエリクの左顔面を豪快に殴った。


「――……ちょっと、エリク……ッ!!」


 避けもせず殴られたエリクの対応に、思わずアリアは立ち上がって怒鳴りそうになってしまう。

 それを寸前で堪えながら、彼女(アリア)は浮いた腰を降ろした。


 更に周囲に座るセンチネル部族の者達も、エリクが避けずに殴りを受けた事に動揺を浮かべる。

 しかし倒れず踏み止まるエリクは、同じ様に右拳を振り上げてブルズの左顔面を殴り付けた。


「『ッ!!』」


「……こういう勝負が望みだろう」


 唇を切って血を流すエリクに殴られたブルズは、同じく倒れずに踏み止まる。

 そして舞台に血の混じる唾を吐き出すと、ニヤリとした表情を決闘相手(エリク)に向けた。


「『……ペッ、いいなぁ……!!』」


 エリクの意図を汲んだブルズはそう呟き、今度は左拳を振りながらエリクの腹を殴打する。

 それに耐えるエリクも左拳を振るい、ブルズの腹を殴った。


 それを見ていたセンチネル部族の族長ラカムや勇士達は、エリクがやろうとしている事に気付く。


「『……まさか殴り合う気か、あのブルズと……』」


「『いくら使徒様の勇士でも、無茶だ……!!』」


 エリクの意図を察した者達は、明らかな動揺を浮かべる。

 大岩さえ素手で叩き割るとされるブルズの豪腕に、敢えて真っ向勝負を持ち掛けたエリクを理解できなかったのだ。


 しかし着席したアリアとパールだけは、この決闘に置けるエリクの真意を理解しながら話す。


「『エリオは、本当に叩き潰す気だな』」


「『みたいね。まったく、無茶するわよ』」


「『わざと殴られてから、同じ方法で同じ場所を殴り返す。そうして、ブルズが得意とする腕力勝負を持ち掛けた。……腕力の殴り合いだ、必ず勝てるとブルズは思うだろう。だからブルズも応じて、殴り合いの勝負に乗った』」


「『エリオが殴り勝てば、得意分野で負けたブルズは精神的にも折れて、パールを狙うのを諦めるかもしれないものね』」


「『あのエリオが、そこまで考えているとは思わなかった』」


「『彼、戦いに関しては私より遥かに優秀よ。観察眼も着眼点も、まさに玄人(プロ)だから』」


「『だが、それで勝てる自信がエリオにあるのか? ブルズは力だけなら、森の中で最も強いのは確かだ』」


「『どうでしょ。でも体の傷自体は私が癒せる事を知っているから、多少の無茶は出来ると思ってるんでしょうね』」


 パールとアリアが互いにそう述べ、エリクが決闘の先を見据えた戦い方をしている事に納得する。

 そんな中でもエリクとブルズは殴り合いを続け、決闘の舞台に二人の血が舞い飛んだ。


「『ッ、ウラァアアッ!!』」


「フッ!!」


 顔面の殴打は鼻や口から血を溢れさせ、殴られた箇所からは内出血が浮かび上がる。

 二人はその殴り合いを数十分に渡り続け、相手の心と身体を叩き潰そうと競い合った。


 凄惨とも言えるその決闘に、観客席に居る各部族の者達は痛々しい表情を浮かべる。

 アリアもその表情を僅かに渋らせながらも、自身が命じたエリクの決闘(たたかい)を見届けた。


 すると舞台に立つ二人が互いに息を切らせた中、次はブルズが右拳を振り上げる。

 それがトドメと言わんばかりにエリクの顔面を狙った殴打は、彼の顔を仰け反らせた。


 しかしエリクはそれすら堪え、全力の殴打で態勢を崩したブルズを見る。

 そしてすぐに同じ顔面(かしょ)へ右拳を直撃させ、ブルズの顔面を吹き飛ばすように仰け反らせた。


「『グァ……ッ!!』」


 体勢を崩したブルズは辛うじて踏み止まりながらも、脳が大きく揺れたのか両足を震わせる。

 そして地に右膝を着け、次の殴打を放つ構えが取れなかった。


 ブルズは揺れる視界の中、エリクが待つように見下ろしていることに気付く。


「……」


「『……ゥ、……グゥ……ッ!!』」


 追い討ちすらしないエリクは、ブルズを見下ろしながら次の攻撃を待っていた。


 次に殴る順番がブルズであり、もう殴れないのなら敗北したも同然の勝負。

 その挑発に乗ったブルスは、脳と意識が揺れながらも震える足で巨体を立ち上がらせた。


 そして揺れる視界と踏ん張りの効かない足で踏み込み、現状で出来る右拳の殴打をエリクの胸部分に突き殴る。

 その殴打(こぶし)は大した威力にならず、エリクは踏み込みを強くした右拳をブルズの胸部に撃ち込んだ。


「『――……ッ、ァ……』」


 激しい殴打の音と共に、踏み留まれないブルズは背中から地面へ沈む。

 するとブルズは立ち上がれず、背中を付けたまま動きを停止した。


 倒れたままのブルズをみて、周囲の観客は驚きの表情を浮かべながら静まり返る。

 エリクもまた立たないブルズを確認すると、審判役を務める壮年の男性に視線を向けた。


 その審判(かれ)も別方向に視線を向け、大族長と呼ばれている白髪の老人を見る。

 すると大族長は僅かに頷き、それを審判(かれ)は高々と声を上げた。


「『――……この勝負! センチネル部族代表、勇士エリオの勝利であるっ!!』」


「『……お……オォオオオッ!!』」


 高らかに掲げられる勝敗の声に、観客席に居る者達は歓声を挙げる。


 特にセンチネル部族は立ち上がり、決闘の勝利を誰よりも歓喜した。

 逆にマシュコ部族の一同は気を沈め、族長ブルズの敗北に信じ難い様子や頭を項垂れさせた光景を見せる。


 その歓喜を浴びるエリクは大きく息を吐き出し、センチネル部族が集まる観客席へ顔を向けようとした。


「……ッ」


 しかし足を縺れさせたエリクは、その場で右膝を着く。

 それを見たアリアは今度こそ立ち上がり、その場から観客達の隙間を縫うように舞台へ向かった。


 パールもそれを追い、二人は階段から降りて舞台に到着する

 そして膝を着いたまま顔から血を垂らすエリクに、アリアは駆け寄りながら呼び掛けた。


「――……エリク、大丈夫っ!?」


「……あ、ああ……」


「意識はあるわね。傷は……無茶するわね、まったく……」


「……こうするのが、早かったからな。……君の要望、通りか?」


「ええ、よくやってくれたわね」


 血が流れる顔面を診られるエリクは、アリアの要望を叶えられたか確認する。

 それをアリアは認めて、改めて彼の勝利を讃えた。


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