決闘の理由
模擬試合を勝利して見せたエリクは、センチネル部族達に対して決闘に参加する資格を認めさせる。
そしてパールの負った傷を癒すなどの魔法を見せたアリアは、部族の伝承で語られる『神の使徒』と呼ばれる存在だと思われた。
それを利用し自分達の立場を優位な位置で確保したアリアは、エリクと共に絶大な信頼を持たせる事に成功する。
そうした事情をエリクに説明するアリアは、改めて設けられた祝宴の席へ着いていた。
「――……というわけで、私達は樹海では『神の使徒』ということで貫き通すわよ」
「……よく分からん」
「とりあえずは、貴方も私も皆に認められたってことよ」
「そうか、それならいいのか」
簡潔に述べられる説明に納得したエリクは、焼かれた魔物の肉を黙々と食べ始める。
それに釣られる形でアリアも骨が付いた肉に手に取り、真似るように齧り付いた。
すると二人の前に、センチネル部族の族長ラカムが歩み寄る。
それを見たエリクは視線を向けて肉を置き皿代わりの葉に戻し、アリアは硬い肉を噛み千切れないまま視線だけを向けた。
そんな二人の御機嫌を窺うように、冷や汗を僅かに浮かべるラカムが話し掛ける。
「――……しょ、食事はどうですかな? 使徒様」
「……今更、そんなに畏まらなくてもいいと思うけど?」
「ぅ……」
「貴方、私達を樹海で見てたんでしょ? なら、私が魔法を使えるのは知ってたはずよね?」
「……森の外の者は、奇妙な道具を使う。それを使っているとばかり……」
「魔道具のことね。というか貴方、帝国語を喋れるのね」
「時折、森の外に住む者と物々交換をしておりますので。その者に言葉を習い、覚えました」
「へぇ。誰かが樹海に入って来るのは禁止してるけど、部族の誰かが外に出るのは良いの?」
「はい、そういう掟です」
「ふーん。……そうだ、聞きたい事があったのよ」
「何でしょうか?」
「決闘っていつやるの? 向こうから決闘を申し出てきたなら、決闘日時はこっちで指定できるのよね?」
「はい。決闘を行う勇士を決め次第、決闘を行う事になっていました」
「ふーん? じゃあ、伝えに行くのは明日から?」
「はい。なので戦いは、日が二度昇った時に森の部族が集う場所で行われます」
「つまり、三日後ね。……パールから聞いたけど、決闘の相手はあんまり良い評判じゃないみたいね?」
噛み切れない肉を素直に葉の上へ戻したアリアは、そうした問い掛けを向ける。
するとラカムは渋い顔を浮かべた後、目を伏せながら話した。
「……マシュコ族の族長ブルズは、森に棲む部族の勇士では最も力強き男の勇士。女を好み、血を好み、勝利を楽しむ男です」
「貴方から見た感想として、エリオとブルズはどっちが強いか分かる?」
「……体格は、ブルズが勝っています。ブルズは素手で大岩を砕く腕力を持つ。エリオ様は、パールの動きを見切る目と速さを持つ。勝機があるとすれば、その部分かと」
「ふーん」
決闘相手の情報を仕入れたアリアは、改めて隣に居るエリクに視線を向ける。
そして今までのその情報を元に、エリク自身へ勝算を尋ねた。
「聞いた限りでは、勝てそう?」
「……やってみないと、分からないな」
「そっか。まぁ、そうよね」
聞いていたエリクが少し考えて返した答えに、アリアは納得しながら頷く。
そして再びラカムに顔を向けると、改めて決闘が行われる理由を問い掛けた。
「ところで、なんでそのブルズっていうのは貴方達に決闘を仕掛けてきたの? 樹海の部族って、頻繁に決闘なんてするものなの?」
「いいえ。森の部族は本来、共に森を守る者達。決闘を用いるのは、よほどの事が無い限り起こらないものでした。今回の決闘は、実に数十年振りです」
「じゃあ、決闘を仕掛けてきたブルズが貴方達によっぽどの理由で決闘を持ち掛けたのね。心当たりは?」
「……恐らく、パールが狙いでしょう」
「パールが?」
「パールは森の部族の中で最も強く、そして若い女の勇士。そんなパールを、ブルズが気に入ったようです」
「……パールを手に入れる為に、決闘を仕掛けたってこと?」
「ええ。……実は以前に、パールを手に入れようとブルズは婚儀を望み戦いを挑みましたが……パールが勝利したのです。だからこそ、決闘に」
「えぇ……。じゃあ、パールと結婚する戦いに勝てないから。女の勇士が出れない決闘で貴方達の部族を手に入れて、パールを自分のモノにしようとしてるってこと?」
「その通りです」
「呆れた。情けないわね、そのブルズって男。……そうか、だからね? 貴方がエリオとパールを夫婦にしたのは」
「……ッ」
今回の決闘の理由を聞いたアリアは、ラカムの真の思惑に気付く。
それを敢えて口にしながら、鋭い視線を向けて言葉を続けた。
「この二人が夫婦になった事を知れば、決闘相手は怒ってエリオに対して敵対心を向ける。仮に部族の誰かが決闘に出て勝っても、貴方達の部族はブルズとの遺恨を残す可能性があった。だからエリオをパールの夫にした上で決闘に出し、決闘相手の遺恨を全部エリオに背負わせようとしたのね」
「……ぅ……」
「貴方の本当の狙いは、エリオに決闘相手を殺させること。もしくはマシュコ族を支配下に置いた後に、ブルズの敵意を全てエリオに向けさせること。違う?」
「……その、通りです」
「無関係の私達を決闘に巻き込んだのは、無関係の私達にこそ決闘の後始末や尻拭いさせたかったからなのね。……それに巻き込まれるこっちからすれば、迷惑で腹立たしいわね。呆れたわ」
「……ッ!!」
溜息を吐き出し苛立ちを見せるアリアの言葉に、ラカムは否定できない。
すると自ら膝を着いて再び平伏するラカムは、二人に対して頭を下げながら頼んだ。
「……お願いします。どうか、使徒様方の御力を御貸しくださいませ……」
「……」
「御二人を巻き込んだ罪は、我が命を以って御支払いします。……どうか我が一族を、そして我が娘を救って頂きたい……」
「……」
「『父さん……?』」
平伏しながら自分の命を差し出し頼むラカムに、アリアとエリクは無表情で見つめる。
その娘であるパールは、突如として平伏する父親の姿に困惑していた。
そんなパールの姿を横目に見たアリアは、溜息を吐き出しながら返答する。
「はぁ……。あのね、貴方の命なんて要らないわよ。そんなモノ貰っても、こっちには得も何も無いわ」
「……っ」
「というか、この決闘自体がこっちに不利益しかないのよ。負けたら彼が殺されるかもしれないし、生き残ってもブルズって奴の支配下に置かれちゃうんでしょ? 今の彼も貴方達の一員なんだから」
「……はい」
「下手すると私も巻き込まれて、そのブルズの女にされちゃうワケよね。されなくても、この樹海の中を一人ぼっちで抜けなきゃいけなくなる。勝ってもブルズが生き残ったら、エリオを憎んで危害を加えてくるかもしれない。私達には危険しかないじゃないのよ」
「……その通りです」
「気に入らないわ、貴方のやり方には。正直に言って、貴方には腹を立ててるし。今すぐ決闘なんて止めて、この樹海から離れたいとさえ思えてくる」
「……ッ」
「……でも、ブルズって奴の話も聞いた限りでは気に入らないし。逆にパールの事は気に入ってるわ」
「……!」
痛烈にラカムを批判する最中、アリアは不意にそうした言葉を零す。
そして驚きながら顔を上げるラカムを一瞥した後、アリアは横に座るエリクに顔を向けて命じた。
「雇用主としての命令よ。決闘で戦うブルズって男を、反抗する気が失せるまで叩き潰しなさい。そして、勝ちなさい!」
「ああ、分かった」
そう命じたアリアは微笑み、それを受けたエリクは応じて頷く。
こうして樹海へ入った二人は改めてセンチネル部族の騒動に巻き込まれる覚悟をし、相手部族との決闘に臨むことになった。
そして予定通り、三日後に彼等は部族の集落を離れる。
部族と同じ民族衣装の身に着けたアリアとエリクは、ラカムやパール達に先導されながら決闘が行われる舞台へ向かったのだった。