色濃い疲弊
三十年後の世界。
その世界はホルツヴァーグ魔導国によって、多くの国々を滅ぼす世界大戦が勃発していた。
そんな世界に辿り着いてしまったエリク達は、アスラント同盟国の艦隊司令官を務める男にその話を聞く。
耳を疑う話ばかりに襲われ、マギルスを除いた二人は頭を振りながら頭に手を置いた。
得た情報を整理している二人を他所に、マギルスは司令官の男に顔を向ける。
そして思っていた疑問を、躊躇い無く口に出した。
「――……ねぇねぇ、聞いていい?」
「はい、何でしょう?」
「フォウルの国にいる魔人って、凄く強いんでしょ? なんでその国を、倒しに行かないの?」
「……どうやら、魔導国の首都は大陸ではなく、別の場所にあるらしいのです。そこはフォウル国と言えど、攻め込めない場所だとか」
「何処なの?」
「噂の範疇ですが、どうやら空にあると……」
「空?」
「はい。魔導国は元々、自国のある大陸に首都を置いていました。その都市が十五年ほど前、空に浮かび上がる光景を目撃した者達がいるのです」
「都市が、空に……!?」
「そのまま都市は空を昇り、雲より高い位置に留まっているらしく。そこから多くの兵器と魔導人形を載せた飛空艇を出撃させ、人間大陸の全土を攻めているという噂です。なのでフォウル国と言えど、その空中都市にまで攻め込めないのではないかと……」
「ふーん。空かぁ」
新たな情報に頭を悩ませていた二人が更に頭を重くし、マギルスは窓の外から見える空を見る。
ホルツヴァーグ魔導国が戦争を引き起こし妨害も無く他国を蹂躙できている理由は、まさにそうした常識から外れたモノが存在しているからだった。
こうして司令官の男から三十年間の出来事を大まかに聞き、エリク達は状況を理解する。
そしてエリクは今後の行動を考え、そして決断した。
「――……ルクソード皇国に戻る。そして、アリアが無事かどうかを確認したい。……俺達の為に、船を出して欲しい」
「……分かりました。救国の英雄からの依頼であれば、承りましょう」
「すまない、助かる」
「いえ。……幸い、この軍港は魔導国にとって戦略的な意味を持たない位置にあります。魔導国は空を飛べる飛空艇を開発し、空から襲ってくる。海を航路とする我々のような海軍を攻める利点は、無いようです」
船を出す事に承諾した司令官の男は、現状の軍港が戦略的意味を成していない事を話す。
それを聞いたケイルは疑問の目を見せ、無遠慮に尋ねた。
「なら、どうしてここに軍港や人員が残っているんだ? 戦争をやってるなら、兵士を本国に集めた方がいいだろ?」
「……戦争が始まった当初、各国の大陸は上空から襲って来た魔導国に対して、反撃する事が出来ませんでした。上空の敵に対して有効な武器が、少なかったからです」
「……」
「首都でさえ空襲を受けた時、まともに迎撃が出来なかった。そして首都より防衛力の無い市町村は無防備に近い形で空襲を受け、大きな被害を受けてしまった」
「!」
「私達はここで、本土で空襲の被害を受けた者達や、戦えない非戦闘員をこの大陸へ移す事を目的に活動しています。他国も同様に、この砂漠の大陸に民間人の多くを集め、本国の空襲から逃れる為に集まっている。……現在、各国の本土に残っているのは、戦闘可能な人員と、戦争指揮を行える者達がほとんどです」
「……」
「今、この近隣では難民達が多く過ごしています。外の様子を、ご覧には?」
「……ああ。並ぶように天幕が張られている場所は、見えた」
「避難民の多くは町の外に住み、何とかその日を暮らしています。食事や水も、軍から配給している状態です」
「……そこまで、状況は厳しいのか?」
「はい。特に食料事情は、日が経つ毎に悪化しています。本土で畑などの作物が育てられない以上、この大陸で出来得る限りの作物を育てていますが……。畜産動物も極少数の為、不味くても魔物や魔獣の肉などは貴重な食料源にしている状態です」
「……」
「幸い、海に被害は無いので漁業自体は可能です。海軍の戦艦で漁業を行い、獲れたモノを避難民達にそれ等を配給して間に合わせています。ここが港であることが、幸いしました。……ただ、それもいつまで保てるか……」
「……そうか」
「戦艦を一つ、早急に御用意します。本土へ出航する準備が整うまで、どうぞお休みください」
「……いいのか?」
「はい。それから、魔道具でダニアス議長に貴方達の生存と本国へ向かう事をお知らせしますが、よろしいですか?」
「ああ、頼む」
「了解しました。では……」
司令官の男は話を終えると、椅子から腰を上げて応接室から出る。
そして外に控えていた部下が入り、三人を用意していた部屋まで案内した。
一つの部屋に用意された簡素なベットにそれぞれ腰掛け、大きく溜息を吐き出す。
その溜まりに溜まった息を吐き終えた後に、真っ先にケイルが喋り始めた。
「――……いったい、何がどうなってんだよ……」
「僕達、あの砂漠に三十年もいたの?」
「いや、あれは別の世界だし、アタシ等が砂漠にいたのは一ヵ月ちょいだし……」
「うーん」
「……あぁ、クッソ……」
難しい表情を浮かべて頭を悩ませるケイルとマギルスを他所に、エリクも静かに考える。
そして砂漠の中にいた時、僧侶の死体を調べていたアリアが口にしていた話を思い出した。
『……おかしいわ』
『何が、おかしいんだ?』
『この遺体の状態と日付が、合致しないの』
『日付?』
『手帳に日付が書かれていたのよ。手帳の最後に記載されてる日付が、一年前の事らしいの』
『なに……!?』
『……元の世界で死体になれば、肉は腐りながら微生物が血液と肉体を分解し、白骨が露になる。でもこの世界は、生物が存在できない死の世界。微生物も存在できないから、肉体から水分が抜け落ちてミイラ化する。でも酸素は存在しているから、死体の肉は酸化し腐っていく。そして水分や血液だけ抜けて、腐敗の酷いミイラになる……』
『……』
『だから死後一年未満にも拘わらず、数十年以上前の死体に見えてしまった。……でも、それでもおかしい……』
『何が、おかしいんだ?』
『時間が合わないのよ』
『合わない?』
『腐敗状態を加味して、衣服や荷物の痛み具合を考えても、この死体は死後十年以上は経過してる。とても一年でこんな状態にはならない』
『そうなのか?』
『ええ。……この遺体もおかしいけど、この村もよ。状態から見て、この村は数十年以上は放置されてた。建物はそれに見合う状態だけど、内装に使われてる家具はかなり状態の良い物も残ってる。……ここにある物全てが、時間的に不一致な状態の物が多すぎるわ』
『螺旋の迷宮』から脱出する手段を探していたアリアが、遺体や廃村の状態を見て何度もおかしいと呟く。
それぞれに時間経過に合わない状態のモノが点在し、まるでバラバラの時間が経過したような物体の状態に、アリアは怪訝な表情を浮かべていた。
それを思い出したエリクは、直観に近いモノを得る。
そして今の状況と鑑みて、自分なりにこの現象の答えを出した。
「……あの世界には、時間が違う場所があった」
「え?」
「普通の時間よりも早く進み、遅く進み、止まっている場所もあったんじゃないか?」
「えっ、なんだよそれ……?」
「あの砂漠にあった村を調べている時に、そうアリアが言っていた。遺体の腐敗や、村の物が朽ちていく時間が、全てバラバラだったと」
「!?」
「場所によって、時間の進み方が違ったのかもしれない。……俺達があの世界から脱出した時、早く時間が流れる場所から出た。だが、アリアは時間があまり進まない場所から出た。だから――……」
「……だからアリアは二ヵ月後で、そしてアタシ等は三十年後に、あの砂漠から出たってことか?」
「多分……」
「なんだよ、それ……。あの世界、本当に滅茶苦茶じゃねぇか……」
エリクの話をケイルが聞き、表情を渋く歪めながら頭を振りながら手で押さえる。
その話を聞いていたマギルスは少し考えながらも、瞳を重くさせてベットに横たわった。
「――……うーん。ダメ、眠い。考えられない……」
「……そうだな。そういえば、碌に寝てねぇな……」
「ああ。……今は、休もう」
「だねぇー……」
「そうだな……」
精神的にも肉体的にも疲弊し、更に目まぐるしい状況に思考まで疲弊させた三人は、それぞれが荷物を置きベットへ横たわる。
あのエリクですら座る姿勢ではなく横になってベットに倒れるという珍しい光景は、その疲弊の凄まじさを物語っていた。
エリク達はこうして、三十年後の世界に来た事を理解して受け入れる。
そして元ルクソード皇国であるアスラント同盟国の本土にいるはずのアリアと会う為に、久方振りの休息を貪ったのだった。




