迷宮の崩壊
水と食料が底を尽き、クロエの容態も治らない。
クロエが死亡して魂から膨大な魔力が溢れ出ると、『螺旋の迷宮』を模したこの別世界の法則性を乱して崩壊へ導く。
その現実性が高まり、他の手段を思いつき講じる時間すら無くなったアリアは渋い表情をさせながらも、クロエが眠る部屋に全員を集めて話をした。
「――……食料も水も、底を尽いた。クロエも、今のままだと治らない」
「……」
「準備をしましょう。私は荷馬車に結界を張れるようにするから、皆も降ろしている荷物を詰め込んで。……そして、いつでも乗り込めるように備えて」
「……そうか」
アリアが表情を引き締めながらそう伝えると、エリクはそれに従うように建物内に置いた荷物を持つ。
それにケイルも無言でクロエを見た後にエリクを手伝い、マギルスは寂しそうな表情を見せながらクロエを見た。
そして眠るように瞳を閉じるクロエに、マギルスは小さく手を振って外へ出る。
それぞれがクロエに対して別れを告げた後、アリアはクロエに近づく。
それに気付いたかのように瞳をゆっくり開けたクロエは、アリアに話し掛けた。
「――……アリア、さん」
「……なに?」
「私が、教えた魔法……。その、制約を外します……」
「!」
「空間魔法と、時空間魔法。もう、貴方の自由に、使ってください……」
「……分かったわ。……でも、一つだけ聞かせて」
「……?」
「本当に、これ以外に方法は無いの?」
「……ありません。少なくとも、今の貴方達には……」
「今の……?」
「貴方達が、この先も成長するのなら。こんな世界すら、容易く崩せるでしょう……」
「!」
「それにエリクさんは、鬼神の……『到達者』を継ぐ者……。彼が、その魂を解放すれば……」
「……ッ」
「でも、今の彼は、まだ自分の魂にも、力にも向き合えていない……。未熟な彼では、魂から溢れる魔力に耐え切れず、肉体が崩壊し、死んでしまう……」
「……」
「だから、この役目は、私がやります。……アリアさん、手を……」
「……?」
身体を覆う布から小さな手を出したクロエに、アリアは重ねるように手を差し出す。
そして小さな手がアリアの手を握り、クロエは微笑みながら伝えた。
「……百五十年間。生まれてすぐ死んでの繰り返しで、とてもつまらなかった……。でも、貴方達に会えて、こうしてまた旅を出来て、久し振りに楽しかったです……」
「……ッ」
「ありがとう、アリアさん……。私を、一緒に連れて来てくれて……」
「やめてよ……ッ」
「これは、貴方のせいじゃない。運命なんです。……だから、悲しまないでください……」
クロエが熱に苦しみながらも、アリアに礼を述べる。
その小さな手と微笑み向けられた言葉が、アリアの心を締め付けた。
アリア達がクロエと出会ったのは四ヵ月程前、旅を共にしたのは二ヵ月にも満たない。
しかも愉快で楽しい旅とは言えず、困難の方が遥かに多かっただろう。
それでも、【結社】に狙われ殺され続ける百五十年という時間を経験していたクロエには、百五十年の中で最も楽しい出来事だったのだ。
その物悲しい事実と悔しさにも似た感覚が、アリアの瞳から涙を流させる。
そしてクロエは握りを解き、再び気を失うように眠った。
「……だから運命なんて、嫌いなのよ……」
そう呟きながら涙を腕で拭い、アリアは建物の外へと出る。
そして荷馬車に結界を敷けるように施し、クロエが死ぬまでに世界の崩壊から免れ脱出できる準備を始めた。
その日から、エリクとケイル、そしてマギルスは荷馬車の近くで待機するようになる。
アリアはクロエの容態を死亡する直前まで確認する為に、同じ建物内で過ごすようになった。
水と食料が尽きて二日目、ついにクロエが意識を途絶えさせ、目覚めなくなった。
脈拍と呼吸が低下し、徐々に手足の体温が低下していく。
アリアはそれを辛抱強くも見守り、クロエの容態を確認し続けた。
そして三日目の昼。
ついにクロエの呼吸が止まり、心肺が停止する。
不眠不休で確認していたアリアがそれに気付き、建物の中から外に待機している面々に大声を上げて伝えた。
「――……全員、馬車に乗り込んで!!」
「!」
「来るわよ!!」
アリアは自身の手荷物を持ち、建物内から出ようとする。
そして建物内から凄まじい魔力が発生し始め、エリクとマギルスが悪寒を走らせた。
そしてアリアが建物を出た、次の瞬間。
建物を吹き飛ばすように魔力の風が吹き荒れ、廃村の中に膨大な竜巻が発生する。
それがクロエの死によって発生した魔力だと分かった時、全員が表情を強張らせた。
「これが、魔力だってのかよ……!?」
「これほど、巨大な……」
ケイルが膨大な魔力が竜巻として出現した事に驚き、エリクは膨大な魔力の感覚に驚かされる。
その二人よりも冷静に対応して見せたのは、意外にもマギルスだった。
「おじさん達! 早く乗って!!」
「!」
「アリアお姉さんも、急いで!!」
マギルスの声で冷静さを取り戻した二人は、荷馬車に駆け込む。
そしてアリアも建物から出て荷馬車に接触し、予め仕掛けていた魔法陣と魔石で結界を敷いた。
そうした瞬間にも、膨大な魔力は竜巻から暴風へと変化し、廃村を瞬く間に覆う。
凄まじい風速が廃村の建物を崩壊させ、瞬く間に砂と廃材が暴風に巻き込まれて舞っていた。
荷馬車の周囲は結界で覆われている為、何とか暴風で舞う砂や廃材からは免れている。
しかし大地が凄まじい揺れを起こし、更に空が暗雲となる光景を目にしたエリクは、大声で馬車の外にいるアリアを呼んだ。
「アリア、急げッ!!」
「クッ!!」
最後に荷馬車へ駈け込もうとするアリアに、エリクは手を差し伸べる。
その手をアリアは掴み、エリクの腕力によって引き上げられた。
そして次の瞬間、驚くべき光景をエリクは目にする。
世界が崩壊していく姿。
空と砂の大地が砕け、その奥には何も見えない暗闇が広がる光景。
その暗闇から凄まじい数の何かが蠢いている姿を見て、エリクは初めて身の毛がよだつ思いを感じた。
「これは――……!?」
「……あれは、死者の魂。その、怨念よ……」
エリクと同じモノを見ているアリアは、暗闇の中を蠢くそれをそう呼ぶ。
この世界は、現世で死んで魂の世界へ戻れなかった死者達が作り出した『螺旋の迷宮』を模している。
しかしこの世界を形作っていたのは、やはり死者達の怨念。
それが世界の崩壊と共に見えた事で、アリアは確信に近い思考を浮かべた。
「……こんな事をやる奴なんて、一人しかいない……ッ」
「アリア、早く中へ!」
「ガンダルフ、こんな世界を作って……!!」
怒りの形相を向けるアリアは、そう呟きながら蠢く死者達の魂を見る。
この世界を作り出した張本人が『青』の七大聖人ガンダルフだと気付き、憤怒を宿らせた。
そのアリアを引き上げて荷馬車へ入れようと腕を引いたエリクだったが、その時に予想外の出来事が起こる。
宙に浮きながら世界の崩壊に耐えていた荷馬車の結界に、死者達の怨念が纏わり付いた。
まるで生者を巻き込むように暗闇に誘う死者達に、荷馬車は結界ごと引き込まれていく。
「ッ!?」
「こ、これは……」
「どうなってんのぉ!?」
「や……やべぇぞ、コレは……!?」
それに気付いた全員が、結界を覆う死者達の怨念を見て表情を強張らせる。
引き込まれる荷馬車は、暗闇へ堕ちていった。
クロエの死と同時に、溢れ出した膨大な魔力が『螺旋の迷宮』を崩壊する。
しかし、この世界を形成していた死者達の怨念に巻き込まれ、一行は死者の奈落へ堕ちる窮地となった。




