女勇士との決着
パールとの親交を深めたアリアは、彼女の悔しさと決闘に参加するエリクに対する不満を払拭させる為に一計を用いる。
それを思い付いた昼頃には、村の中央にセンチネル部族達は集められた。
中央には武具を外しているパールとエリクが、向かい合うように立つ光景が見える。
二人の間に立ちながら腕を組んで見せるアリアに対して、族長であるラカムが訝し気な様子で問い掛けた。
「『――……我々を集め、何をする気だ?』」
「『貴方の策略に手を貸してあげようってことよ』」
「『……どういうことだ?』」
「『皆、本当に外来人が決闘に勝てるのかって疑ってるでしょ。反感の視線ばっかり向けられて、強制的に参加させられたこっちとしてはウンザリなのよね』」
「『……ッ』」
「『だからエリクの強さを証明する為に、二人にはもう一度だけ戦ってもらうわ。ただし戦う方法は、今度やる決闘と同じルールよ』」
「『馬鹿な! 女の勇士は決闘を禁じられておる』」
「『パールから聞いたわ。でもそれは対立部族同士が決闘する場合だけであって、同族同士の決闘はその限りではないはずよ。それにこれは、決闘のルールを模しただけの模擬試合。本番の決闘じゃなければ問題無し、違う?』」
「『……それは屁理屈だ』」
「『それに、いきなり本番で決闘をやらされてたら身が持たないわ。前もってどんな戦いになるかを練習するのも必要でしょ。だったらその相手に相応しいのは、エリクの妻であり部族で一番強いパールが最適じゃないかしら。……それとも、貴方が模擬試合の相手をしてくれるの? 族長さん』」
「『……ッ』」
それを聞かされた族長は表情を渋くさせ、口を閉じて押し黙る。
この模擬試合の意味を理解させたアリアは視線を逸らすと、今度は他の部族達に話し掛けた。
「『貴方達も、不満があるなら彼と戦ってもいいわよ。でもこれは勇士であるパールが望んだ戦いでもあるわ。戦うなら、まず二人の戦いを見てからにしてね』」
「『む……っ』」
不満を持つ者達に対してそう述べたアリアは、この模擬試合に対する批判を抑え込む。
何より部族全員がエリクの実力を見定める為に、この模擬試合を見たいという内心が表情に浮かんでいた。
それを理解しているアリアは言葉巧みに丸め込み、パールとエリクの模擬決闘を認めさせる。
「『パール。全員から許可は貰えたみたいだし、これで戦えるわよ』」
「『……ありがとう、アリス。感謝する』」
「『でも、私が止めたら終わりだからね。どっちか死ぬまで戦うなんてのは、私が絶対に許さないから』」
「『ああ。だが、簡単に止めてくれるなよ』」
パールに模擬試合の審判を自分が行う事を認めさせたアリアは、視線を動かしエリクに顔を向ける。
すると彼に対しても、改めて今回の模擬試合で条件を出した。
「今から決闘本番と同じ方法でパールと戦ってもらうわ。パールは本気で掛かってくるから、貴方もそれ相応に対処してね」
「相応に対処?」
「多少の傷程度なら私が治すけど、大怪我させたり殺したりせずに、パールを戦えない状態にしてみせろってこと」
「……難しいが、やってみよう」
「よし」
双方の合意を確認したアリアは、中央から離れた場所で審判を行う。
そして右腕を頭上へ振り上げたアリアは、模擬試合の開始を告げた。
「それでは――……開始っ!!」
「ッ!!」
アリアが腕を振り下ろした瞬間、パールはその場から走り出す。
そしてエリクに迫りながら跳躍し、相手の顔面に右足の跳び蹴りを放った。
「!」
それを見たエリクは蹴り出される右足を掴もうとしたが、それを察知したパールは素早く足の軌道を変化させる。
しかし掴もうとしたエリクの手を逆に迎撃し、飛び退きながら態勢を崩して着地した。
その隙を突くように、エリクは伏せるパールを掴もうと動く。
しかしパールは身を屈めたまま蹴り足をバネにその場から離れ、素早く立ち上がって身構えた。
すると距離を開いた二人は互いに視線を向け、呟きを浮かべる。
「『……やはり、私の攻撃が全て見えているのか』」
「……やはり、素早いな」
二人はそう呟きながら、どう相手を攻略するか考える。
すると先に考え至ったのはパールであり、再び駆け出してエリクとの距離を詰めた。
それに対応するように、エリクは掴み掛かる。
しかし素早く動きながら身を捻るパールは、エリクの手を掻い潜りながら懐に入った。
その瞬間に右足を跳ね上げ、エリクの顎下を蹴り上げるように直撃させる。
「グ……ッ」
「『よしっ!!』」
柔らかい股関節をしたパールの蹴り足は、虚を突くように見事に顎へ直撃させてエリクの首と頭を仰け反らせる。
更に膝を曲げて戻した右足を直突きし、エリクの股間を狙って二度蹴りした。
これには思わず観戦していた男衆が股間を押さえ、青褪めた表情を浮かべる。
しかし急所に打撃を受けても、エリクの表情は変わらず両腕も止まらなかった。
「『……なっ!?』」
「……捕まえたぞ」
蹴りで動きが硬直したパールは、両腕を閉じるように締めたエリクに掴まれる。
股間の痛みで悶絶すると確信していたパールは、その油断を逆に突かれた。
巨漢のエリクから見れば華奢な身体を左腕ごと巻き込まれ締め上げて持ち上げられた彼女は、苦痛の表情を浮かべる。
「『ク……この……ッ!!』」
「あっ!!」
エリクの怪力から逃れられないパールは、自由な右腕を動かし人差し指と中指を突き出した眼球へ直接攻撃を行う。
それに気付いたアリアは思わず戦いを止めそうになったが、エリクはその眼球攻撃も見切った。
突かれる速度を上回る反射神経で顎を下げたエリクの額に、二本の指突きが激突する。
その回避によってエリクの眼球は守られ、逆にパールが呻き声を聞かせた。
「『グ、ァ……アァッ!!』」
目突きに失敗した二本の指に渾身の力と速度が込められていた為に、額に直撃したパールの二本の指は折れる。
その痛みに苦痛を漏らすパールに対して、更に胴体を締め上げるエリクの腕力が悲鳴を上げさせた。
それによってパールの胸部は軋みを鳴らすと、アリアが戦いを止める為に走り寄る。
「――……それまでよ! エリク、離してあげて」
「ああ、分かった」
アリアの言葉にエリクは従い、パールを離して地面に降ろす。
解放されたパールは指の痛みと締め上げられた胴の痛みで悶えながら再び立ち上がろうとしたが、近付くアリアが制止した。
「『パール、決着よ。貴方の負けだわ』」
「『私は、まだ……グッ!!』」
「『貴方も理解できてるでしょ? あのままエリクが締め上げ続ければ、貴方は胴体と背骨を折られて死んでたわよ』」
「『……でも……っ』」
「『負けを潔く認めるのは恥では無いわ。逆に負けを認めずに足掻くのは格好悪いわよ。違う?』」
「『……ッ』」
「『パール』」
「『……分かった、エリオの勝ちだ。私は負けた、完敗だ』」
パールは自身の敗北を認めた事で、周囲の部族衆達は驚きを見せる。
部族の中で最も強いとされる女勇士が敗北し、エリクの実力を観戦していた者達はようやく理解した。
この決着に関して、誰も異論や異議を挟めない。
こうしてエリクは自身の実力を証明し、部族の代表者として決闘に参加することを認めさせたのだった。