決闘の依頼
森の病と呼ばれる発熱を起こすアリアを治す為に、エリクはセンチネル部族と呼ばれる二人の親子に付いて来る。
そこには親子と似通った民族衣装を纏う褐色の人間達が五十人程の規模で生活をしていた。
その村に案内されるエリクは、周囲の者達から警戒の視線を感じる。
すると前を歩いてる褐色男性は、同じように警戒するエリクに声を掛けた。
「――……外の者を村まで入れた事が無い。村の者達も、大人しくしていれば何もしないだろう」
「……これが、お前達の村なのか?」
「そうだ」
「少ないな。これが、樹海に住んでいる全員か?」
「他の部族は別の場所で暮らしている。ここは我等、センチネル部族の村だ」
「……そうか」
そう教える褐色男性の話に、エリクは納得しながらも警戒は続ける。
すると先導していた褐色男性はある場所で立ち止まり、振り返りながらエリクに告げた。
「――……ここに、その娘を寝かし入れろ」
「……ここは?」
「お前達の言葉で言えば、空いている家だ」
「……家なのか」
褐色男性の言葉を聞いたエリクは、改めて目の前に在る建物を見る。
それは折れた枝を支えに植物の大きな葉や魔物や魔獣の毛皮をなめした革を覆い被せた天幕にしか見えず、エリクの知る家と呼べる建物とは大きく違う事を認識させた。
しかし抱えるアリアが苦しそうな声を漏らすのを聞き、エリクは何も言わずに入り口を通って家の中に入る。
そして地面の上に直置きされた枯れた草場と毛皮を敷く場所に、アリアをゆっくり降ろしながら寝かせた。
アリアは昨晩から変わらず、頬を紅潮させ息を荒くし汗を流している。
そんな彼女の様子を見ながら、エリクは後から入って来た褐色男性に改めて問い掛けた。
「……それで、薬は?」
「ある。だが、お前に頼みがある。それを約束してくれるのなら、その娘に薬を与える」
「頼み?」
「お前は強い。我が娘は部族の中で最も強い勇士だ。しかし、お前に勝てなかった」
「……あの女は、この村の中で一番強いのか?」
「ああ。だから我が娘より強いお前に、頼みたい」
「……何を頼むんだ?」
「他の部族が集い、一族の代表者同士で決闘を行う。その決闘に、お前が我が部族の代表として出てくれ」
唐突な頼みに対して、エリクは訝しげな顔を浮かべる。
すると自身が抱いた疑問を、率直に褐色男性に問い掛けた。
「決闘なら、お前の娘を出せばいいだろう。あの女はかなり強い」
「女は参加できない。男の勇士だけで行う決闘だ」
「なら、お前が出ればいいだろう」
「我は歳で弱くなった。今は娘よりも弱い」
「……俺は樹海の人間じゃない。その決闘に、俺が出てもいいのか?」
「お前の容姿は我等と似ている。我等の服を着れば、一族の者だと思われる」
頑なに決闘に出させようとする褐色男性に対して、エリクは訝し気な表情を更に強める。
そして更なる疑問を思い浮かべ、再び問い掛け始めた。
「……どうして俺に戦わせる? 村の者ではない俺を出さなければならぬほどに、勝たなければいけない理由があるのか?」
「……樹海の部族は、強い者が弱い者を取り込む。他の部族は我等の倍以上の人数だ。数で戦えば、我等センチネル部族は負ける」
「……」
「だが多くの血を流すのを良しと思わなければ、族長の意志と望みで決闘が行われる。部族同士が争う場合、代表の者同士で決闘を行い勝者が敗者を取り込むのが掟だ」
「……つまり、俺に決闘をやる代理人になれと言っているのか?」
「そうだ。我等が負ければ、相手の部族の下に付く。相手の部族の為に男が狩りをして働き、女を相手の部族に差し出さなければいけない」
「……」
「頼む、強き男よ。我等の代わりに、決闘に出てほしい」
頭を下げて地面へ額を付ける褐色の父親に、エリクは悩む様子を浮かべる。
しかし横で苦しむアリアの様子を見ると、決断するように答えを返した。
「……分かった。その決闘、俺が代わりに戦おう」
「おぉ……!」
「だから、この子に薬をやってくれ」
「ああ、分かった。薬を取って来る、待っていろ」
決闘を受諾したエリクは、その引き換えとして薬を求める。
褐色男性はそれに応じて天幕から出ると、別の天幕へ向かった。
天幕の外で立っている褐色女性はエリクを鋭い眼光で睨みながらも、褐色男性に付いて去っていく。
それを見送ったエリクは薬が来るのを待ち、それから数分後に褐色男性だけが戻って来た。
その手には土器で出来た壷が持たれ、葉で出来た蓋を開けて半液状化している緑色の物体を見せながら話す。
「――……これが薬だ」
「どうやって使う?」
「お前の連れは、樹海の虫に噛まれた毒にやられている。噛まれた場所に薬を塗り、水で溶かした薬も飲ませる。それで数日も経てば、動けるようになる」
「毒なのか、病気だと言っていなかったか?」
「樹海の虫は、大きな獲物を仕留める為に強い毒を使う。それが病となって獲物を弱らせる。……赤く腫れた部分を探せ、そこが噛まれた場所だ」
「……分かった」
そう教えられたエリクは納得し、寝かしているアリアの肌を見て噛まれた痕を探す。
すると首筋の裏部分が赤くなり、僅かに腫れているのを確認した。
「首の裏が、赤く腫れている」
「そこだな。薬を塗る、お前が塗るか?」
「ああ」
エリクは薬を受け取り、自身の指に付着させながらアリアの首裏に塗り込む。
そして持参している水筒の水を薬と混ぜ、アリアの口に少しずつ注いだ。
最初こそ薬の苦さに咳き込むような様子を見せたアリアだったが、一時間ほど経つと容態が落ち着き始める。
青褪めた表情が次第に血の気を戻し始め、発熱と汗は続きながらも呼吸が落ち着くと、褐色男性はその容態を確認しながら話した。
「――……薬が効いた、もう大丈夫だ」
「……お前は、医者か?」
「我はセンチネル部族の族長、名はラカムだ。さっきの娘は、パールと言う。お前は?」
「……俺は、エリオという名だ」
ラカムと名乗るセンチネル部族の族長に対して、エリクは決められていた偽名の方を教える。
その名前を信じたラカムは、改めて告げた。
「エリオ、約束を果たしてくれ」
「……分かった、やろう」
アリアの治療を叶えたラカムの依頼を聞く形で、エリクは樹海の決闘に参加する事が決まる。
それは今の状況に対応しようとした、エリクなりの決断でもあった。