森の守護者
樹海を移動中に発熱を起こしたアリアは、エリクに看病を受けながら足を止める。
そこに石槍を持つ褐色女性が現れ、エリクは朝霧の晴れない中で戦闘を始めた。
見た目以上に頑丈でしなやかな棒槍を使う褐色女性は、凄まじい速度の突きを放つ。
対するエリクはその槍矛を見切りながら大剣の刃で防ぎ、突き放たれる槍を掴み取ろうとした。
しかしそれを察した褐色女性は突いた槍を素早く戻し、武器を奪われぬように凄まじい身体能力を駆使した動きで見せる。
身を屈めながら地面に手を付き縦横無尽に動きは回る獣染みた移動と攻撃の方法は、対人戦と魔獣戦に慣れたエリクを翻弄した。
その僅かな隙を突くように、褐色女性は地面に両手と両足を噛ませながら低姿勢でエリクに接近する。
「――……ガァッ!!」
異様な構えで突撃して来る褐色女性に、エリクは大剣を振り薙ぎながら地面スレスレを疾らせる。
しかし大剣を回避した褐色女性は、低姿勢のまま身を捻り右手に持つ石槍を回転させるように薙ぎながらエリクの足元を狙った。
それを見切ったエリクは跳躍しながら浮き、両足を通過する石槍に叩き付ける。
すると褐色女性の石槍は停止し、一瞬ながら動きを止めた。
「ッ!?」
「石槍はもう――……使えないぞっ!!」
止めた石槍を踏み付けたまま、エリクは身を屈めた褐色女性の顔面を蹴り上げる。
しかし辛うじて顎を上げて回避した褐色女性は、身を捻りながら石槍を握る右手を離した。
その瞬間を見切るエリクは、宙に舞う褐色女性の右腕を左手で握り掴む。
「クッ!!」
「捕まえたぞ」
「――……ァアッ!!」
捕まれた褐色女性は抵抗し、残った左腕と両足で幾度も殴打を浴びせる。
その殴打を受けるエリクは相手の右腕を掴んでいる左手に握力を込めると、褐色女性は苦痛の表情を見せながら殴打を止めた。
「グ、ァ――……ッ!!」
「抵抗するなら、腕を握り折る」
「ゥ……ッ!!」
「お前は何者だ。俺か、それともアリアの追っ手か。……それとも、両方か」
「……ッ」
「この森に入ってから、魔物や魔獣に混じって妙な視線や気配は感じていた。……お前がそうか?」
「ゥ、ァ……ッ!!」
「他の仲間がいるのか? ……答えろっ」
詰問するエリクは握力を更に強め、褐色女性は掴まれた右腕に激しい痛みを感じる。
その時、再び霧の中から別の人影と声が現れた。
「――……待ってくれ」
「……お前は……?」
エリクは声の聞こえた方に視線を向け、その人物に視線を向ける。
それは女性同様に褐色の男であり、似通った民族衣装を纏った壮年の男性だった。
その褐色男性は似た石槍を持ちながらも、その矛先を向けずにエリクに通じる言葉で話し掛ける。
「その娘の負けだ、手を離してやってくれ」
「お前は?」
「その娘の父親だ」
「そうか。それで?」
「お前はその娘に勝利した。これ以上、その娘は戦わない」
「お前達は誰だ、どうして俺達を見ていた? それを教えたら、この女は解放する」
樹海に入ってから監視していたであろう者達に対して、エリクはその問い掛けを向ける。
すると渋い表情を深めた褐色男性は、エリクの質問に答えた。
「……我等は、この樹海に住むセンチネル族だ」
「樹海に住んでいる?」
「樹海に入ったお前達を見ていたのは私だ。この樹海は、外の者達の侵入を禁じている」
「……そうか、この樹海に入ってはいけないことを知らなかった」
「質問には答えた、娘を離せ」
「……」
求められた質問に答えた褐色男性に対して、エリクは相手側の事情を理解する。
そして相手の要望に応え、褐色女性の右腕を離して解放して見せた。
「!」
「追っ手じゃないなら、戦う理由は無い。いけ」
「……ッ!!」
「『止めろ、パール。こっちに来い』」
「……っ」
解放したエリクに対して嫌悪の表情を向ける褐色女性は構えようとしたが、褐色男性の声で反抗を止められる。
そして足元に落ちている石槍を拾い、褐色男性へ歩み始めた。
それを確認する二人の中で、褐色男性はエリクに問い掛ける。
「お前達は、どうして樹海に入った?」
「旅をしている。目的地に辿り着く為に、この森を通った」
「旅人か。お前の連れは弱っている、この先にある、私達の村で休ませてもいい」
「……」
そう提案する褐色男性に対して、エリクは訝し気な視線を向ける。
すると歩み寄っていた褐色女性は、褐色男性に怒鳴るような声を向けた。
「『――……どうして止めた! あのまま戦えば、私が……!』」
「『嘘は止めろ。パール、お前は負けた』」
「『まだ負けていないっ!!』」
「『負けを認めぬなら、お前は勇士ではない』」
「『……ッ!!』」
「『お前はあの男に負けた。掟に従え』」
知らない言語で話す褐色の親子に対して、エリクは奇妙な視線を向ける。
すると娘である褐色女性は怒りの表情を諦めに変え、改めて父親である褐色男性が声を掛けて来た。
「お前と、お前の連れを村へ案内する」
「……俺達は、森を抜けたいだけだ」
「お前の連れが病んでいる理由は、樹海の病だ。簡単には治らん」
「!」
「我等は、その病に効く薬を持っている。そのままお前の連れを放置すれば、病で弱り死ぬぞ」
「……」
「村へ来れば、病に効く薬を与えられる。どうする?」
アリアの症状が樹海の病気に因るモノだと聞かされたエリクは、後方の天幕に視線を向けながら悩む様子を見せる。
しかし昨晩に見せていたアリアの様子を思い出すと、決意の表情を浮かばせながら答えた。
「……分かった、行こう」
「そうか。なら荷物を纏めろ、村へ案内する」
褐色男性の提案を受け入れたエリクは、荷物を纏めてアリアを抱き上げる。
そして褐色男性とその娘である褐色女性に先導させながら、朝霧が晴れた樹海を進み始めた。
腕に抱かれているアリアは眠ったまま今も息苦しそうな声を漏らし、エリクは心配そうな様子を深める。
そして緩やかな速度で進行した数十分後、四人はある場所に辿り着いた。
「――……ここが我等、センチネル族の村だ」
褐色男性はそう述べ、自身の村へ二人を導く。
そこは樹海で秘かに住み暮らす者達、センチネル部族の集落だった。