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【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました  作者: オオノギ
結社編 四章:皇国の後継者

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狂信者の力


 『黄』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァが攻めて来る前。

 今回の襲撃を見越していたアリアは、迎撃の為に備える全員にこんな話をにしていた。


『――……ミネルヴァを捕らえる?』


『ええ。フラムブルグ宗教国が尖兵を送り込むとして、先陣を率いるのは間違いなく七大聖人(セブンスワン)のミネルヴァよ。それを生かしたまま捕らえるの』


『生かして捕らえる事に、意味があるのか?』


『ミネルヴァはフラムブルグ宗教国では聖女と呼ばれていて、あの国の象徴であり切り札の一つでもあるの。それを捕らえる事が出来れば、フラムブルグの宣戦布告を取り下げる為の取引材料になるかもしれない』


『……なるだろうか?』


 アリアの提案に対して、ミネルヴァを捕らえる事に難色を示したのはシルエスカだった。

 それにはシルエスカなりに、ミネルヴァという人物の狂人性を知るが故の事でもある。


『同じ七大聖人(セブンスワン)として言うのもアレだが、ミネルヴァは狂人だ。一度だけ戦う姿を見た事もあるし、かなりの実力者でもある。しかし行き過ぎた信仰心と魔族排斥の毛色が強すぎて、事の善悪を判断する事ができない部分がある。捕らえた所で、大人しく人質に甘んじる可能性は低いぞ?』


『それでも捕まえるしかないわ。仮にミネルヴァまで殺せば、所属の七大聖人を殺されたホルツヴァーグ魔導国やフラムブルグ宗教国は後に引けなくなる。そうなれば四大国家が分裂し、世界大戦の始まりよ。その被害は何億という人間を苦しめるわ』


『確かに、そうだが……』


『特にフラムブルグ宗教国の宗教同盟は、信仰心の厚い狂信者揃いよ。引き際を失えば、その狂信者達がこの大陸に流れ込んでくる。……そして始まるのは、神の名を使った皇国の破壊と民の虐殺だわ』


『……ッ』


『その全てを防ぐのは、皇国の現有戦力では数が足りない。フラムブルグ宗教国家の人口規模はルクソード皇国の十倍から二十倍以上で、向こうはそのほとんどを狂信者という名の兵士に仕立て上げられるのよ。向こうはこの大陸で物資を奪えば時給自足も可能だし、皇国側は奪われ続けて戦える力も民も失うばかりになるわ』


『……ッ』


『それを回避する為には、フラムブルグ宗教国家の引き際となれるミネルヴァを捕獲してフラムブルグ宗教国との戦争開始を少しでも遅らせ、他の四大国家に介入させる事で布告を取り下げるしかない。その第一陣として、私達で迎撃してミネルヴァを捕獲しましょう』


『分かった』


『わーい! また七大聖人(セブンスワン)と戦える!』


『シルエスカも、それでいいわね?』


『……了解した。お前と『黒』の案に従おう、アルトリア』


 各自を納得させた上で、アリア達は『黄』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァを捕獲する為に待ち構える。

 そして百名前後の神官達を無力化させた三人は、シルエスカと交戦中のミネルヴァに視線を向けた。


 シルエスカとミネルヴァの槍戟の競り合いは互角のように見えたが、実情は異なる。

 技量の高さで攻撃を受け流しながら捌くシルエスカに対して、ミネルヴァの攻撃は単調ながらも豪速と剛力で放たれ、空気を切り裂き地面を削り飛ばす程の衝撃を周囲に巻き起こす。

 その攻撃を真正面から受けないように流すシルエスカと、気迫の笑みを見せながら旗槍を振り回すミネルヴァとの槍戟は、人間の戦いを超越していた。


「――……弱い! 弱いなぁ、『赤』のシルエスカァ!!」


「ッ!!」


「同じ聖人を名乗りながら、この体たらく!! 当たり前だ! 神を信じぬ者に神の恩恵は無いッ!!」


「世迷言をッ!!」


 ミネルヴァの言葉でシルエスカは怒りを表し、それと同時に鍔競り合う赤槍に炎が灯った。

 燃え出す赤槍を見たミネルヴァは旗槍で押し退けて弾き、二人は距離を取る。

 その瞬間、ミネルヴァの後方から大剣と大鎌を振り上げるエリクとマギルスが飛び掛かり、死角からの攻撃を加えた。


「ちょっと! 殺すなって――……!?」


 アリアは二人の攻撃がミネルヴァの死を招くと懸念したが、その心配は杞憂のモノになる。

 二人の武器はミネルヴァを通り過ぎ、地面へ直撃した。

 実体の無いミネルヴァへと攻撃したエリクとマギルスは、目でミネルヴァを追う為に周囲を見渡す。


「!?」


「!」


 その直後、ミネルヴァが姿を現す。

 しかしミネルヴァは二人に増え、エリクとマギルスの目の前に姿を見せた。

 そして旗槍を振り上げて二人を襲い、両者は武器を盾にして弾き飛ばされる。

 再び一人に戻ったミネルヴァを見ると、アリアは何が起こったのかを瞬時に見破った。


「あれは『分身体(シャドウ)』……!? 術者と同じ肉体を魔力で模して作り出す魔法……!!」


 アリアはミネルヴァが魔法を行使していた事を察し、すぐに手を合わせて詠唱を開始する。

 そして両手の魔石を通じて構築式を展開し、地面という死角からミネルヴァに対して氷結魔法を施した。

 しかしミネルヴァはアリアを一目も見ずに即座に跳び、足元の地面に発生した氷結を回避する。

 神懸り的な察知能力にアリアは驚き、シルエスカを含んだ他の三人も着地したミネルヴァに目を向けた。


「……死角だったはずだが、避けられたな」


「というか、僕達やアリアお姉さんの魔法にも気付いてなかったよね。隙だらけなのに、なんで避けれるのさ?」


「やはり、あの狂人は厄介だ」


「あれが、『(きん)』のミネルヴァね……」


 そう愚痴を零す四名に対して、ミネルヴァは愉悦にも似た微笑みを浮かべながら天を仰ぎ見る。

 そして晴天の空を見ながら、ミネルヴァは祈るように手を合わせ叫び始めると、エリクとマギルスは訝しげな視線を向けた。


「――……おぉ、神よ! 我が窮地に救いの啓示を頂き、感謝に絶えません……!!」


「……何を言っているんだ? あいつは」


「神の啓示って、そんなのあるの?」


「無い。奴は神を信じるあまり、自分自身の力を神から与えられたものだと信じ込んでいる。自分で自分がやっている事を、理解していないんだ」


「えぇ……?」


 『黄』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァ。

 彼女はフラムブルグ宗教国家の中で育ち、神を信じる敬虔な信徒として過ごして来た。

 

 その彼女が百年以上前に『聖人』へ至り、自分が得た力が全て神によって与えられたものなのだと理解する。

 自身が神に祈り捧げる言葉を告げると、それに応えて神が力を与えてくれると疑う心も無く信じていた。


 しかしミネルヴァ自身の身体能力の向上は体内オーラの制御で行えている事であり、神の祈りは魔力を用いた魔法の詠唱であり、異常なまでの察知能力は今まで彼女自身が培った戦闘経験で得られたものである。

 それを全て神の力だと信じ込んでいるミネルヴァは、狂信的なまでに神を崇め続けてきた。

 言わばその信じ込みこそが、彼女に異常な力を扱えるようにしている。


「我が神よ……!! この感謝を祈りと共に、慈悲の祈りを捧げます……!! この異端者共の罰を、そして慈悲の死を与える為の御力を、私に御借しください……!!」


「!!」


 祈りを終えたミネルヴァが立ち上がると、旗槍を掴みエリク達を見る。

 そして構えると同時に凄まじい速度で駆け出し、旗槍を振り上げて三名に襲い掛かった。


 その怪力は風圧だけで地面を吹き飛ばし、回避した三名が散り散りになるように分散する。

 それに対応するミネルヴァは神に祈りを捧げ、自身の分身を三体まで作り出した。


「神の裁きをッ!!」


「来るぞ!」


「ッ!!」


「うわっと!」


 分身したミネルヴァが混ざり合いながら三名に襲い掛かり、どれも本体と変わらぬ力で襲い掛かる。

 シルエスカはその内の一体と衝突しながらもまともに受け止めずに回避し、エリクも怪力で振られる旗槍を大剣で受け止め、マギルスは逆に飛び掛かりながら迎撃した。


 本物の捕獲(ミネルヴァ)を狙う三名は、本物(それ)を区別する為に攻防を繰り広げる。

 しかしオーラと魔力で成した実体を伴う分身に混ざる本体を相手に、三人は苦戦を強いられた。


「どれが本物だ……ッ!?」


「えー、分かんない!」


「一体ずつ、倒すしかない!」


「……」


 本物のミネルヴァを見つけ出す為に交戦を続けるエリク達を他所に、アリアはその戦いを静かに見る。

 ミネルヴァがアリアを襲わない理由は、魔法の有効範囲を見極め仲間である三名に近付き攻撃性の魔法を封じる事が可能であると判断していたからだ。


 更に魔人を含んだ身体能力の高い三名の方が厄介だと判断し、先に仕留めようとしている。

 それを察したアリアは冷静にミネルヴァの動きを確認し、僅かに顔の動きが多い一人のミネルヴァを見て閃きを浮かべた。


「――……なるほどね。分身に視覚は無い、だから本体の視覚で分身を操作してる。……マギルス! アンタが戦ってるのが本物よ!!」


「!」


「へぇ、りょーかい!」


 アリアの助言を聞いたエリクとシルエスカは交戦する分身を押し退け、マギルスと戦う本体へと向かう。

 それを承知したマギルスは回避の姿勢から攻勢へ移り、ミネルヴァの足止めを計った。

 本体を見破られたミネルヴァはアリアを強く睨み、その後ろから分身を退けたエリクとシルエスカが迫る。


 しかし次の瞬間、分身体が光となって消失する。

 それと同時にマギルスと交戦していたミネルヴァ本体が光を帯びると、その場から消え失せた。


「!!」


「消えた!?」


 再びミネルヴァを目でも追えずに見失うという状態に陥ると、三人は周囲に目を向ける。

 そしてミネルヴァの所在を視界で捉えたのは、怒鳴るように叫んだエリクだった。


「アリアッ!!」


「!」


 その叫びとエリクの視線でアリアは察し、振り向くより先に自身の後方に結界を作り出す。

 そして間髪入れずにミネルヴァの旗槍がアリアを叩き潰すように襲い掛かるも、結界で阻む事に成功した。


 しかし背後を取ったミネルヴァは肌から血を流し目から血を噴き出しながら、鬼気とした顔でアリアの結界を破ろうと力を緩めない。

 その状態を見たアリアは、ミネルヴァが何を行ったのかを理解した。


「『短距離転移(ショートワープ)』!? 防壁も無しに生身で時空間を抜けるとか、正気っ!?」


「『神の寵愛を受けし我が身は奇跡で癒される』ッ!!」


 そう叫き祈りの詠唱をするミネルヴァの肉体は瞬く間に癒され、身に纏う血は取り払われる。 

 アリアは結界に手を翳して構築式を重ね、旗槍が接触している部分を凍らせ動きを封じようと試みた。


 それを察したミネルヴァは凍らせるより速く旗槍を動かし、アリアを守る結界を砕く為に何度も撃ち付ける。

 怪力から放たれる旗槍の衝撃が何度も襲い、ミネルヴァを凍らせるより速くアリアの結界にひび割れを起こした。


「罪の裁きに抗う愚者に、鉄槌をッ!!」


「くっ!!」


 旗槍に更なる魔力とオーラが込められ、その一撃がアリアの結界を破壊しようとする。

 駆けつけるエリク達が間に合わないと察したアリアは、この窮地を脱する為に結界を維持しながら詠唱を始めた。


「――……『魂で成す六天使の翼(アリアンデルス)』ッ!!」


「!?」


 結界を破壊する為に旗槍を振り上げた瞬間、ミネルヴァの目の前に居たアリアが詠唱と共に白く発光する。

 ミネルヴァはそれでも旗槍を振り下ろし、仕留める為に攻撃を止めない。

 そして旗槍が結界に触れて破壊された瞬間、アリアの背中に出現した六枚の翼がその身を守った。


「……神の翼!?」


 突如として出現した翼を見て僅かに動揺するミネルヴァに対し、アリアは冷静に旗槍を弾き押し退ける。

 そしてミネルヴァを翼で包み込むと、ミネルヴァの全身を拘束する事に成功した。


「グッ!?」


「捕まえたわよ、ミネルヴァ」


「――……信心無き者が、神と同じ翼を持つだと? ……我が神を愚弄するか、異端者ッ!!」


「!?」


 僅かな動揺から立ち直ったミネルヴァが、拘束する翼と伸びる光を怪力のみで弾く。

 あの赤鬼化したエリクすら抑え込む拘束力が解かれた事にアリアを驚き、ミネルヴァは敵意を剥き出しにして右手を伸ばす。

 そしてアリアの首に掴み掛かり、それを防ぐ為に翼から伸びる光が右手を抑えた。


「カ、ハ……ッ!!」


「愚弄者! 異端者!! その罪を贖い、神に命を捧げよ!!」


 凄まじい強さで抑え込んでいるにも関わらず、ミネルヴァの右手はアリアの首から離れない。

 首を折られそうになる痛みで苦しむ声を漏らすアリアは、その右手を引き剥がそうと更に翼の力を強めた。


 その最中、アリアが苦しみながらも口元を吊り上げて笑う。

 それを見たミネルヴァが目を見開き、アリアの口から零れる言葉を聞いた。


「……アンタの負けよ」 


「!?」


 そう呟き漏らすアリアの言葉で、ミネルヴァは自身の身に起こっている事に気付く。

 アリアの翼から伸びる光がミネルヴァの全身を覆い、そこであるモノを浮き彫りにさせた。


 今まで普通の肌だったミネルヴァの全身に刺青が浮かび上がり、それに沿うようにアリアの翼から伸びる光が巻き付く。

 それに気付いたミネルヴァは驚愕を浮かべ、アリアは短い詠唱を告げた。


「――……『呪紋封印(スペルロック)』」


「!!」


 アリアが詠唱し終えた瞬間、ミネルヴァに浮かび上がる刺青に光が覆い始める。

 すると刺青の色が黒から白へ変化し、ミネルヴァの全身から力が抜け落ちながらアリアを掴む右手が離れて体ごと地面に倒れ伏した。


 自身の体が思うように動かなくなった事を驚くミネルヴァは、それに抗うように顔を歪めて身体を動かそうとする。

 しかし身体に込める力は瞬時に抜け落ち、アリアが放つ翼の光でミネルヴァは完全に拘束された。


「貴様……何を……!?」


「フラムブルグ宗教国は多くの秘術を有してる。その中には被術者の肉体能力を極限まで高め、代償として理性を著しく失わせる『狂人化バーサーカー』の呪紋(スペル)もあると思ったわ。貴方がシルエスカを圧倒し、マギルスの速度に対抗し、エリクの力に匹敵する事が出来ている時点で、それが施されてると気付いた。だから呪紋(それ)を封じたのよ」


「何を……。我が身は……神の恩恵で……!!」


「今のアンタが動けない原因は、呪紋(スペル)を解除した反動。今まで身体に刻んでた呪紋(スペル)で肉体を酷使し爆発的に身体能力や治癒能力を高めてたけど、それを封じてしまえば負荷に耐え切れずに動けなくなる。普通の人間だったら死んでてもおかしくないけど、聖人だからこそ生きてるんでしょうね」


「……神よ。我が神よ、どうか御力を……!! 神を汚す愚弄者に、異端者に、神罰を与える奇跡を……!!」


「祈るのは結構だけど、そんな事をいちいち神様に頼むんじゃないわよ。――……『静かに眠れ(スリープ)』」


 アリアは屈みながらそう呟きミネルヴァの頭に手を置くと、抵抗力の無くなったミネルヴァを深い眠りに陥れる。

 僅か十数分にも満たない時間で、アリア達はフラムブルグ宗教国の尖兵として送り込まれた『黄』の七大聖人(セブンスワン)ミネルヴァを捕獲する事に成功した。


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