男の約束
アリアとケイルが目覚める少し前。
復旧し復興を続ける皇都に戻る騎士団と兵団の中には、今回の事件に巻き込まれた基地内の一般市民や訓練兵達が戻って来ていた。
一通りの事情聴取を行い今回の事件と関係性が薄い者達から解放されたが、崩れた皇都の光景が彼等の視界に広がっている。
それを見た者達は家族や知人を心配してそれぞれ別れるように向かい、全員が無事である事を確認できた。
それ等の者達が合流すると、とある話が囁かれる。
第四兵士師団の基地で見た光景と、皇都で見られた光景の中に重なる存在が有り、同じモノを見た者達がその事を互いに話し合っていた。
強く光輝く星のような『光球』と、六枚の翼を羽ばたかせる『天使』。
二つの場所でそれを確認した者達が話を照らし合わせ、今回の騒動がこの二つの存在が大きく関わっている事が囁き伝わる。
そして皇都に居た者達で『天使』と称される存在が行った出来事が伝えられると、『光球』と『天使』との認識に大きな差異が出来上がった。
今回の事件を起こした元凶は『光球』の方であり、それが皇都を崩壊させた。
それを止め人々を救いに導き、死者を蘇生させるまでに至ったのが『天使』という話が広まる。
実際に皇都の上空で『星』と戦う『天使』の姿を見た者達は、天使は『白き衣を纏う長く綺麗な金髪碧眼の少女だった』と詳しい姿を語る者もいた。
真実とは少し異なりながらも、人と国を救った『天使』の存在が皇都の中で囁き広まり、後にルクソード皇国全体に物語だけで語られていたはずの『天使』は実在するという話にまで広まる。
その話が広まるきっかけとなった原因は、とある家族の話が発端となった。
「――……すまん。カーラ」
「もう、何度も謝らなくていいから。アンタはしっかりお休みよ」
皇都に戻った帰還兵達の中には、負傷したグラドが含まれていた。
そして妻と子供達と再会を果たしながらも、ベットで横になるグラドは脊髄損傷の影響で下半身が不随となり、体を動かす事が困難な状態へ陥っている。
西地区が崩壊し一時避難場所として設けられた市民街中央の仮施設に身を置くカーラ達は、腕も骨折し碌に動けないグラドの世話をする為に皇都の病院施設へと足を運んでいた。
幸い、皇都はアリアとランヴァルディアの力で怪我人は存在せず、病院施設の復旧が最優先されたおかげでグラドの受け入れは容易であったが、どの医者も治療が施せず、回復魔法師に頼っても容態は戻らず、グラドの負った傷を完全に治せる者は現れない。
それを何度も聞いたグラドは気を弱くし、カーラに度々このような話をしていた。
「……カーラ。お前は二人を連れて、実家がある領地に戻れ」
「またその話かい? アンタがこんな状態なのに、行くわけがないでしょ」
「……まともに動けない俺じゃあ、もう働けん。お前達も養えんだろ。だったら、俺とは別れちまったほうが――……」
「それ以上ぐだぐだ言ったら、本気で怒るからね?」
「……」
「まったく。仲間を守る為に必死に戦って、それで負った傷なんでしょ? だったら、アンタは子供達の前でいつもみたいに誇りな。それが父親ってもんだ」
「でもよ……」
「今は見つからなくても、その傷を治せる人は必ず見つかるから。だから、絶対に諦めるんじゃないよ!」
「……あぁ、そうだな」
力強く励ますカーラの言葉に、グラドは小さく頷く。
負傷し二度と立ち上がれない身体となった夫を支えるべく、カーラは献身的に病院へ通いグラドの世話をしていた。
グラド一人では出来ない事を自ら率先して手伝い、事ある毎に弱気になり謝るグラドを叱咤して諦めないように言い続ける。
それが妻としてカーラに出来る唯一の事であり、夫を支える妻の役目を果たしていた。
そんなグラドに、今まで数十人以上の見舞い客が訪れる。
そのほとんどが同僚である訓練兵達と元傭兵時代の旧知であり、特に訓練兵達は妻であるカーラに会うと、全員が感謝と謝罪の意を述べてグラドの事を話した。
グラドは戦い抜き、戦えなくなっても最後まで訓練兵達を守った事を。
その話を聞き仲間を失った過去を持つグラドを知るカーラは、そうするだろう事を納得しながら彼等の言葉を受け入れた。
そんなある日、一人の人物がグラドの病室から出たカーラと出会う。
その人物は病室にいるグラドには会わず、カーラにとある事を伝えた。
『――……グラドを治せる者を知っている。必ず連れて来る。だから、待っていろ』
そう言い残した人物は、それから半月余り姿を見せていない。
不安を隠すようにグラドの前では強気でいるカーラも、一人になると心の中で不安と悲しみが色濃くなり始めていた。
それでもカーラが挫けずに看病を続けられたのは、その人物の言葉が希望として心の支えになっていたからだろう。
グラドの世話と見舞いを終えたカーラは病室から出て、外で待っていた息子ヴィータと娘ヴィータに声を掛ける。
それに二人は気付き、カーラに近寄ってきた。
「二人とも!」
「お母さんだ!」
「もう良いのかな?」
グラドの世話が一通り終わり、弱気な父親を叱咤して子供の前でくらい元気でいるように諭し終えたカーラは、必ずその後に子供達とグラドを合わせる。
そうした気遣いがグラドの心を、そして子供達の心を守る事だと信じて行っていた。
カーラは子供達を連れて改めてグラドに会いに行く時、娘ヴィータがカーラに聞いた。
「ねぇ、お母さん」
「なんだい?」
「何か、手伝えることある?」
「!」
「わたし、お母さんも手伝えるようになりたいから」
「どうしたんだい? 今までそんなこと、一度も……」
「お母さん、怪我が治ってからずっと忙しそうだから。だから、わたしも手伝えないかなって……」
「……」
「ぼくも! ぼくもお手伝いする!」
「……あんた達……」
今回の事件で、子供達の意識は変化している。
母親が死にそうになった今回の事件で、何も出来ずに助けを乞う事しかできなかった二人は、怪我を癒され意識を取り戻した母親を見て大泣きして喜んだ。
しかし家は崩壊し父親が重傷で戻って来た中で休む事無く働き続ける母親の姿を見て、自分達も何かしなくてはと思う。
自身の無力に気付き焦りにも似た心情を抱く子供達は、何か出来ないかと母親に訊ねた。
僅かながらも子供達が成長が見え、そして自分達を思いやってくれている事に気付いたカーラは、屈みながら二人を抱き寄せる。
「お母さん?」
「どうしたの?」
「……ありがと。ありがとね……」
子供達の成長を知れたカーラは、今の絶望的な状況の中で希望にも似た光を抱く。
父親であるグラドは、もう立ち上がれないかもしれない。
しかし、その子供達である二人がこれから先を歩む為に、カーラは不安と悲しみを抱きながらも家族を支えようと心に決めた。
「あ!」
「お母さん、おじさんだ!」
「!」
その時、二人分の足音がカーラ達に近付く。
それに気付いた子供達が声を出し、立ち上がったカーラは後ろを振り向いて足音が鳴る方へ目を向ける。
そこに現れた二人の内の一人に目を向けた時、薄く涙を浮かべるカーラの瞳に希望の光が灯った。
「アンタは……」
「――……治せる者を、連れて来た」
「!」
「待たせて、すまなかった」
「……ッ!!」
カーラは目に溜めていた涙を溢れさせ、子供達は信頼を寄せる人物の言葉を聞いて喜びを浮かべる。
その人物は、グラドの家族を守るという約束を果たす為に戻って来た。




