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樹海の戦闘


 南の国(マシラ)に向かう為に東港町(イーストポート)を目指すエリクとアリアは、追跡して来る帝国兵達の目を掻い潜りながら迂回ルートとなる広大な樹海へ辿り着く。

 その樹海へ入った二人は、巨大な樹木の根が浮き彫りになる地面を歩き始めた。


 すると巨大な樹林と根を見ながら、エリクは呟く。


「――……こんなに大きい木は初めて見た。それに、この飛び出ているのは……木の根か」


「そうね。私もこれだけ間近で見るのは初めてだけど、帝国領南方(ここ)の樹林は普通の樹木と比べても巨大だっていう話は聞いた事があったわ。でも間伐されていないせいで、木が密集し過ぎてるのよ。そのせいで地面の中を這う根が押し退けあって、飛び出ているのね」


「……そ、そうか。凄いな」


「はいはい、分かってないわね。……エリク。言葉を理解する時の簡単な方法は、要は雰囲気(ニュアンス)なのよ」


「ニュアンス?」


「言葉は聴覚から聞き取れる情報体であると同時に、脳を通してイメージを連想できるようにする記号なの。怒鳴る声を聞けば相手が怒っているというのが分かるし、物悲しい声なら悲しいんだと理解できる。言葉は雰囲気(ニュアンス)を脳で覚えながら日常生活に取り入れることで、コミュニケーションを取っていけるようになったのが人間の文化なのよ」


「……よく、分からないな」


「要するに、貴方がそうやって手足を動かすのと同じ。私達が口に出してる言葉は、考えなくても勝手に口から発声できる情報でしかないの。そして私達の耳は、その情報を聞き取り違いを理解することが出来る。貴方が足で歩くのと同じように、私の言葉を聞く為に今の貴方は耳と脳を働かせてるのよ」


「……口や耳が、手足と一緒か」


「エリクは知らない事が多いけど、身体能力は人一倍高いんだから。何を言ってるかよく分からなくても、私が何を言ってるかは頭の中で補完して理解出来てるのよ。ただ今の貴方は、その意味をよく学んでいないだけ。貴方はまだまだ、これから成長できるわ」


「俺が、成長?」


「人間は生きてる限り、常に成長し続けてる。私だってまだ十六歳なんだから、これからも成長するわ。二人で成長しながら、必ず逃げ切りましょう」


「……ああ」


 そう話しながら太い根を足で踏み飛び越えるアリアを見ながら、エリクは少し前を歩きながら聞く。

 意味の分からない言葉は多く有りながらも、アリアの話す声色や口調には嫌味なモノは感じないことはエリクにも理解できた。


 そうして二人は樹海を数時間後ほど歩くと、夜も更けてきた時刻に前を歩くエリクは立ち止まる。

 しかしその理由は夜営の準備を始める為ではなく、周囲の気配を探っていたからだった。


「――……見られている」


「えっ」


「数は、六匹……いや、七匹だな」


 エリクは背中の大剣を右手で抜き持ち、身構えながら暗闇に覆われる樹海を見据える。

 アリアもそれに合わせて腰に提げた短杖を抜き取り、右手に持って構えた。


 すると周囲の茂みや木々から生き物の移動音が鳴り、木の枝や草の葉を擦れさせる音が響き渡る。

 そして二人の周囲から、同時に鋭い音が重なった。


「伏せろっ!!」


「!」


 エリクの短い声が響くと同時に、アリアは身を屈める。

 その瞬間にアリアの頭上を強風が吹き抜け、エリクが持つ黒い大剣が中空を大振りに斬った。


 すると三匹の魔物の悲鳴が低く呻き、地面へ落下する音が聞こえる。

 その音がした方角に視線を向けたエリクは、暗闇の地面に見える魔物の姿を確認しながら伝えた。


(ウルフ)だな。まだ若い群れだ」


「……この暗さで見えてるの?」


「ああ。こういう暗闇(とき)の戦いは、慣れている」


「流石ね。でも私は見えないから――……『光の灯火を(ライト)』」


 暗闇の中でも襲い掛かってきた魔物の正体を見破ったエリクに感心しながら、アリアは『光』の属性魔法を用いて周囲に光球を幾つも出現させる。

 そして自身を中心に十数メートルの距離を明るくさせると、周囲に黒と茶色の毛並を持つ全長一メートル前後の体格をした複数匹の狼を発見した。


 その内の三匹はエリクの大剣に薙ぎ払われ、地面に倒れて動く様子は無い。

 無傷でいるのは二匹の狼であり、それを見ながらアリアは自身の知識を呟いた。


雑種狼(ワイルドウルフ)。単体なら『下位(ロー)』の魔物だけど、群れでの討伐難易度は『中位(ミドル)』に繰り上げる。野生の犬種が魔物に進化した個体で、人間大陸では一般的(ポピュラー)な魔物ね」


「詳しいのか?」


「知識だけよ」


「そうか。アレの肉は硬いが、長く煮込んでスープにすると柔らかくなる」


「その情報、今は聞きたくなかったわ……」


 対峙する雑種狼(ワイルドウルフ)について知る情報を共有す二人は、互いに油断を見せずに残る二匹と向き合う。

 そして襲い掛かった獲物達(ふたり)が手強いと判断した雑種狼(ワイルドウルフ)達は萎縮した様子を見せていた。


「……!」


「アレは……」


 二人は雑種狼()の様子を窺っていると、二匹の後方(うしろ)から更に大きな個体が現れる。

 それは全長二メートル前後の雑種狼(ワイルドウルフ)であり、他の個体と見比べたアリアは呟いた。


「アレは魔獣に進化してる魔狼(レッサーウルフ)ね、群れのボスかしら」


「多分」


 現れた茶色と白混じりの大きな魔狼(レッサーウルフ)を見る二人は、それが群れを率いる頭目(ボス)だと考える。

 するとアリアは右手に握る短杖を構えながら、エリクより前に歩み出た。


 それを見たエリクは疑問に思い、アリアを呼び止める。


「アリア?」


「エリクは他の狼達を、群れのボスは私に任せて」


「……一人で大丈夫(へいき)なのか?」


大丈夫(やれるわ)よ」


「……分かった」


 アリアの答えを聞いたエリクは頷き、その場から大きく踏み込んで駆け出す。

 そして魔狼(レッサーウルフ)の横を駆け抜けながら、後方に控える雑種狼(ワイルドウルフ)達を襲った。


 駆け抜けるエリクに視線を向ける魔狼(ボス)は追おうとしながらも、一本の光矢(ひかり)によって遮られる。

 光矢(それ)はアリアの放った魔法の光矢(こうげき)であり、魔狼(ボス)はそれを回避しながらアリアに警戒を向けた。


「貴方の相手は、私よ」


「グルル……ッ!!」


 魔狼(ボス)は低く唸ると身を屈め、素早く駆け抜けながらアリアに迫り始める。

 その素早さは四足獣特有の移動で速く、ものの一秒でアリアに辿り着き、その華奢な身体に噛み付く為に飛び掛かった。


 しかし飛び掛かり(それ)は、アリアの周囲に張られた半透明の障壁(かべ)に遮られる。

 更に弾かれた魔狼(ボス)が地面に倒れた瞬間、アリアは短杖の先端を向けながら魔法(こうげき)を放った。


「『聖なる光(ホーリーレイ)』」


「ガゥ――……」


 正確に魔狼(ボス)の頭を貫いた光矢(ひかり)は、そのまま樹海の大木に突き刺さり消失する。

 そして貫かれた魔狼(ボス)は項垂れ、命を途絶えた。


 魔狼()の死骸を見下ろすアリアは、微妙な面持ちをしながら呟く。


「……初めて、生き物を殺しちゃった……」


 自分自身の意思で初めて生物を殺めたアリアは、その鈍く重い感情を宿す。

 すると他の雑種狼(ワイルドウルフ)達を相手にしていたエリクは、それ等を仕留めてからアリアに歩み寄った。


「そっちも終わったか」


「……ええ、そっちも一撃で仕留めたのね」


「ああ」


「流石ね。……私達が樹海(ここ)に入らなければ、この狼達も死にはしなかったのかしら?」


「どうだろうな。まだ若い群れだ、もっと強い魔獣に遭遇して、喰われていたかもしれない」


「……そっか、そうよね……」


 エリクの淡々とした答えに何処か安心感を持つアリアは、握っていた短杖を腰に戻す。

 そうした様子を見ていたエリクは、アリアに歩み寄りながら聞いた。


「アリア、震えているぞ」


「え……」


「大丈夫か?」


「……私、怪我人の治療は何度かしたことあるの。でも生き物を自分で殺すっていうのは、初めて経験したから……」


「そうか。少しずつ、慣れていくだろう」


「……エリクはどうだったの? 魔物を初めて、殺した時……」


「……俺が初めて魔物を殺したのは、十にもならない歳だった。この顎の傷は、その時に付けられたモノだ」


「!」


「錆びた剣で叩きながら、必死に魔物を殴り続けた。そして剣が刺さり動かなくなった魔物を見て、安心した。……それだけだったな」


「……そっか」


 そうした会話を行う二人は、魔狼達(ウルフたち)死骸をどうするか考え、そのまま放置する事を選ぶ。


 この場で解体して素材を持ち運べるほどに荷物の容量に余裕は無く、また現状で持っていても意味は無い。

 魔物や魔獣の心臓部にある魔石だけでも取り出すかエリクが提案すると、アリアは手持ちの魔石で十分だと伝えた。


 二人はその場から離れ、夜の樹海を進み続ける。

 その際に周囲を見回すエリクに、アリアは不思議そうに問い掛けた。


「どうしたの?」


「……さっきの狼が襲って来る前に、七匹(ななつ)の気配と視線を感じた。だが、狼は六匹だった」


「数え間違えたとかじゃない? 貴方、計算できないんでしょ」


「指の数くらいまでなら、数えられる」


「そうなの。じゃあ、気のせいだったとか?」


「……そうだろうか……」


 気にする様子を見せるエリクは、先程と現在の違和感に訝し気な表情を浮かべる。

 それでも二人は足を止めることなく、先程の場所から数キロほど離れた先で夜営を始めた。


 しかし彼等の姿を、樹海の暗闇に潜む目が見つめている。

 その目はエリクにも悟られぬように気配を消しながら、二人を静かに見据えていた。


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