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老騎士の企画 (閑話その二)


 皇子(ユグナリス)の不祥事に悩む皇帝ゴルディオスと、行方を眩ませた(アリア)を捜索しているローゼン公クラウスは、同じ会議室で顔を合わせながら思い悩む様子を浮かべている。

 そうした最中、ローゼン公クラウスへ面会を求める人物が帝城に訪れた。


 その人物はアリアとエリクが遭遇した老騎士ログウェルであり、訪問者()の名を聞いた二人は彼を二人が居る会議室(へや)へ招く。

 そして老人()の姿を見た瞬間、立ち上がって歩み寄ったのはローゼン公爵クラウスだった。


「ログウェル! 久し振りだな」


「御久し振りでございますな、クラウス様。いや、ローゼン公爵閣下と申した方が宜しいかな?」


「クラウスで構わないさ。旅から戻って来たのか?」


「ええ、帝国(こっち)に来る予定がありましたからの。それにそろそろ、御二人の子供が結婚する時期かと思いましてな」


「……それ、なんだが……」


 再会を喜んでいたローゼン公クラウスだったが、その言葉を聞いた瞬間に言い淀み始める。

 すると皇帝ゴルディオスは椅子に座ったまま、ログウェルに呼び掛けた。


「久し振りだな、ログウェル」


「ゴルディオス皇帝陛下も、御久し振りでございますな」


「うむ。此度の旅はどうだった?」


「愉快なモノでございましたよ。それにここに来る道中、何やら興味深い話を聞きましてな。土産話と共に、その事を直接クラウス様に伺いに参りました」


「土産話……まぁ、座ってくれ」


 挨拶を済ませたログウェルの言葉に、二人は不可解な表情を浮かべる。

 そして着座を求められたログウェルも会議室内の椅子に腰掛けると、皇帝ゴルディオスは改めて問い掛けた。


「それでログウェル、クラウスを訪ねて来たようだが?」


「クラウス様を経由し、各領地で年頃の令嬢を探しているとのこと。クラウス様が直々に捜索を指揮する程の娘ともなれば、御息女のアルトリア様の事ではないですかな?」


「……その通りだ」


 ログウェルの率直な質問に対して、鼻で溜息を零したクラウスは頷き答える。

 そして改めて、ログウェルに自分の娘(アリア)の行方が不明な状況を伝えた。


「一ヶ月程前に、アルトリアが帝都から姿を消した。しかも各領地に赴く手紙をばら撒いてな。無傷で保護する事を条件に報奨金も出すと各方面には伝えているが、一向にそれらしい情報が届かない。どうしたものかと、兄上と悩んでいたところだ」


「なるほど、そうでしたか」


「ログウェル、何かそれらしい情報を持っていないか? 些細な事でも構わない」


「儂ですか。実は土産話の一つなのですが、ここに来る途中にアルトリア嬢と思しき娘を見ましたわい」


「!?」


 話を聞いたログウェルは納得しながら頷き、その情報を伝える。

 すると二人は驚愕を浮かべ、会議室に響き渡る声でローゼン公クラウスは問い掛けた。


「アルトリアを見たのかっ!?」


「乳飲み子の頃に比べれば大きくなられておりましたが、クラウス様に似た風貌と若く鋭気ある瞳で、御息女(そう)ではないかと思いましてな」


「ログウェルよ、何処でアルトリア嬢を見たのだ?」


「アリスという偽名を名乗り、三日前に北港町(きた)の定期船に乗りました。予定通りなら、明日に南港町(みなみ)へ到着する頃ですかのぉ」


「定期船か、南港町(みなみ)から出ている外国行きの旅客船に乗り換える気だな」


「それと、もう一つ情報が。アルトリア嬢と共に、エリクと言う名の傭兵が同行しておりました」


「!?」


 発見した公爵令嬢(アリア)らしき少女と共に、それに同行していた大男(エリク)の話をログウェルは伝える。

 その情報に驚愕を見せたのはローゼン公クラウスであり、彼は自身の記憶からエリクという名の人物と同一人物か確認を始めた。


「エリクとは、王国の傭兵エリクか。それとも同名なだけか?」


「儂の見解で言えば、傭兵()のエリクで間違いはないかと思いますわい」


「……何故、傭兵エリクがアルトリアと共に……。……そういえば、丁度アルトリアが居なくなった時期に……」


「クラウス?」


「ちょっと待ってくれ、資料を取って来る」


 その話を聞いたローゼン公クラウスは何かを思い出し、扉に控える近衛兵に命じて宰相の執務室からある資料を届けさせる。

 その資料を会議室の机に並べ置くと、ローゼン公クラウスは表情の渋さを色濃くさせながら呟いた。


「……王国側から指名手配されている犯罪者資料の中に、傭兵エリクと奴が団長をしていた傭兵団の名がある……」


(まこと)か? クラウス」


「ああ。数ヶ月前にある村の住民達を虐殺した罪により捕らえようとしたが、傭兵団の団員達と共に脱走したそうだ。……アルトリアの捜索に気を取られて見落としていたな、あの傭兵エリクが帝国内に潜伏していたのか」


「しかし、その者が何故アルトリア嬢と共に?」


「ログウェル。どういう事か、詳しく教えてくれ」


 資料を見下ろしていた二人の視線は、再びログウェルへ向く。

 すると彼は自身が知り得た情報を教えながら、あの二人と遭遇した時の前後の状況を伝えた。


「――……アルトリア嬢と思しき娘が北港町(あのまち)で賊共に狙われ、伴われていた傭兵エリクが返り討ちにしましてな。儂の出る幕はありませんでした」


「……そうか。……ログウェル、感謝する! ――……おいっ!!」


「――……ハッ!!」


 ログウェルの話を聞き終えたローゼン公クラウスは、席から立ち上がりながら扉側へ呼び掛ける。

 そして扉の傍で控えていた近衛兵が反応して入室すると、ローゼン公クラウスはこう伝えた。


「急いでガゼル子爵家に伝達し、南港町(サウスポート)に到着する定期船を確保するよう伝えろ。そして定期船内(せんない)に居る二人組で、アリスという名で乗船している者を探し出せ!」


「ハッ!!」


「あと、アルトリアと思しき少女は殺さずに捕らえるよう徹底させろ。無傷でなくてもいい。だが娘に同行している大男の方は、戦力として中隊・大隊規模を用意して応戦しろとも伝えておけ。そちらも可能であれば捕らえ、不可能であれば殺して構わん!」


「ハ、ハッ!!」


 そう伝えるローゼン公クラウスの命令に、近衛兵は応じながら急ぎ会議室から退室する。

 すると改めて一息を漏らした彼は、ログウェルに顔を向けながら問い掛けた。


「……ログウェル。アルトリアが、同行している男をエリクだと認識していない可能性は?」


「無いでしょうな。エリクという名を知っておりましたので、身分を知りながら雇ったのは間違いないでしょう」


「そうか。……アルトリア、どうやってあのエリクを……。――……兄上、私も南へ向かう。後の事は任せる故、何かあれば息子のセルジアスに伝えてくれ」


「あ、ああ……」


 ローゼン公クラウスは自らアリアの捜索に赴く事を伝え、会議室から出て行く。

 その背中を見送りながら残された皇帝ゴルディオスは、改めてログウェルにこうなった原因が息子の不祥事であることを伝えた。


 するとログウェルは僅かに驚きを浮かべながらも、落ち着いた面持ちで話を聞き続ける。


「――……そうですか、御子息がそのようなことを……」


「この件については、弁明のしようもない。……クラウスに言われたよ、あの息子に皇位を譲るべきではないと」


「ゴルディオス様は、どのように御考えなのです?」


「……余も、今の息子に皇帝の地位を譲り渡すのは憚られる。だが新たな後継者を産み育てるには、我等も老い過ぎた。そうなれば新たな皇帝候補として、クラウスの息子であるセルジアスを立てる事にもなるかもしれん……」


「ゴルディオス様は、その二人が皇位継承の争いに巻き込まれることを、御心配しているのですな」


「……二人の後継者が立てば、その背後に立とうと各貴族派閥が際立つ。下手をすれば二人を巻き込み、帝国内の内乱に及ぶ可能性もあるだろう。それを考えれば……」


「その内乱によって旗印となった子供達(ふたり)が、死ぬ事を懸念なされておられるのですな」


「……クラウスも、それを考えてはいるはずだ。いや、クラウスであればむしろ皇子(それ)を利用し、不穏分子を集結させる為に使うのも良しとさえ考えるかもしれぬ。皇子(ユグナリス)の所業を、クラウスは強く嫌っておるからな。……ログウェル、余はどうすれば良いだろうか? 貴方の意見を聞かせてくれ」


 弱々しく尋ねる皇帝ゴルディオスに対して、ログウェルは静かに微笑みを浮かべる。

 そして唐突ながらも、ある提案を持ち掛けた。


「ゴルディオス様、儂に時間を頂けませんかな?」


「時間?」


「そうですな。早ければ二年、遅ければ五年程の時間になりますが」


「何か、策があるのか?」


「なに、策と呼べるモノではありません。――……儂が皇子を、ユグナリス殿下を皇帝に相応しい者として鍛え直して差し上げましょう」


「!!」


 そう提案しながら笑みを浮かべるログウェルに対して、皇帝ゴルディオスは僅かに緊張した面持ちを浮かべる。

 しかし熟考した後、皇帝ゴルディオスはその提案を受け入れるように頷いた。


 その日、帝城の自室で謹慎状態だった皇子ユグナリスが姿を消す。

 しかしその事態はアリアのような騒ぎとならず、彼の両親である皇帝ゴルディオスと皇后クレアは私室において静かに話し合っていた。


「――……陛下……」


「ユグナリスの事は、ログウェルに任せよう。……あのメディアを育て上げたのは彼だ。ユグナリスもきっと、身も心も鍛え上げてくれるはずだ……」


 皇帝夫婦はそう話し、自分達の子供である皇子(ユグナリス)をログウェルに預ける。

 しかしその表情は芳しくなく、老騎士(ログウェル)に預ける選択がどれほど過酷なことかを承知しているようだった。


 この日を境に、一人の皇子もまた帝都から旅立つ。

 その同行者は微笑みを浮かべる老騎士であり、彼は皇子を引き摺りながら帝国領で魔物や魔獣が蔓延る西側へ向かったのだった。


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