皇帝と公爵 (閑話その一)
アリアとエリクが定期船にて包囲網の突破方法を考え準備していた頃、別の場所でとある会話が行われている。
それはガルミッシュ帝国の中心に位置する主要都市であり、通称『帝都』と呼ばれている大規模な都市だった。
帝都には円形状の巨大な壁が二重に敷かれ、それぞれの区画で人々が暮らしている。
その中心に位置する場所には、大きな帝城が存在していた。
帝城の内部に存在する円卓状の机が置かれた大部屋の会議室において、ある二人が話し合いを行っている。
それはアリアと同じ金髪碧眼の容姿を持つ、二人の男性だった。
その内の一人は、赤と金の色に彩られた豪華な服装を身に着け、頭に冠を付け金色の髭を生やし威厳ある五十代前半の男性。
彼はアリアの伯父であり現ガルミッシュ帝国において第十代皇帝を務めている、皇帝ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュ。
そしてもう一人は、赤く染まった軍服と短い短槍を収めた鞘を腰に着けている四十代前半の男性。
彼は現皇帝の実弟でありアリアの実父でもある、帝国宰相にしてローゼン公爵家当主クラウス=イスカル=フォン=ローゼンだった。
ガルミッシュ皇族として生まれ皇帝と公爵となっている二人は、顔を突き合せながら神妙な面持ちを浮かべている。
その理由を、今まさに彼等は話し合っていた。
「――……兄上、皇子は?」
「……自室で軟禁させて、皇妃が叱りつけている。流石に今回は、庇い立てが難しい」
「それはそうだ。アルトリアが各地にばら撒いた情報もそうだが、皇子に暴行を受けたという被害者の証言。情報を全て隠蔽し、無かった事にする事は出来ない」
「流石にな……」
二人はそう話し合いながら、深い溜息を零す。
そして皇帝ゴルディオスは、自分の前に置かれている開封済みの封筒から一枚の紙を取り出すと、その内容を読み始めた。
「『――……アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンの名において告発する。皇子は魔法学園内にて、婚約者が既に定まっている令嬢に権力を用いて関係を迫った。それを断ると令嬢に対する暴力行為に及び、あまつさえ皇帝陛下の権威を使って不祥事を揉み消した。それについて被害者から婚約者である私に対する苦情と、暴行を揉み消したとされる証拠の品を届けられました。また皇子が魔法学園卒業に際して、婚約者である私に対して在らぬ罪状で咎を問おうとすることを画策していた為、アルトリアの名を持って皇子との婚約を破棄させて頂きます』……か」
「……兄上に届けられた書状か」
「ああ。これが全て事実なのだから、アルトリア嬢には申し開きも無い」
手紙に書かれた内容は、皇子を糾弾する婚約者からの婚約破棄の書状。
それについてゴルディオスは頭を悩ませながら手紙を机に置くと、クラウスが苛立ちの表情を浮かべながら現状を話し始めた。
「……アルトリアの行方が分からなくなってから、もう一ヶ月だ。各領地に赴くと書いた書状を届けてはいるが、一向に姿を見せる様子が無い」
「……それについては、どう考える? クラウスよ」
「可能性としては、各領地に出した手紙が虚偽で、既に帝国を出ている可能性は高い。あるいはその途中で、賊に襲われ囚われた可能性もある。……まぁ、アルトリアに限ってそれは無いだろうがな」
「兵達からの情報は? 報告は届いているのだろう」
「一人で帝国領内を移動している者を重点的に調べてはいるが、アルトリアらしき娘は今も発見されていない。同盟領でも協力を仰いではいるが、それらしい人物の発見報告は無いようだ。……となると、人通りが少ない場所を移動しているはずだが……」
「……魔物や魔獣が蔓延る、西側を移動しているかもしれないか。いくら魔法の腕に自信があっても、女子であるアルトリア嬢が一人でそんな無謀はしないと思いたいが……」
二人はそうして状況と意見を話し合い、帝都から居なくなったアリアが何処にいるかを考える。
しかし一ヶ月もアリアが見つからない状況は、互いに色濃い疲弊を表情に浮かべさせていた。
そんな折、弱気を見せる皇帝ゴルディオスが弟クラウスに謝罪の言葉を向ける。
「すまん。息子のせいで、お前にもアルトリア嬢にも迷惑を掛けている」
「……兄上、この際だからはっきり言おう。私は、ユグナリスを次の皇帝にするのは反対だ」
「!」
「十にも満たぬ子供ならまだいいが、ユグナリスは既に十八の歳だ。皇族としての分別も弁えられぬ男に皇帝の座を譲るなど、この帝国にとっては害にしかならないだろう。いっそ皇子を廃嫡し、私の息子を次期皇帝候補に立てる方がまだマシだ」
「……しかし……」
「再教育が難しいなら、それも考えてくれ。人間の性根はそう簡単には変わらん。あの皇子がこれ以上の愚行を繰り返すなら、辺境で大人しく幽閉させるのも手だ」
「……っ」
今回の事態を起こす原因となった皇子について、ローゼン公クラウスはそう語る。
それについて悩ましい表情を浮かべる皇帝ゴルディオスは返答できず、ただ沈黙するしかなかった。
そんな皇帝を見ながら、ローゼン公クラウスは溜息を吐き出す。
するとその最中、会議室の扉を叩く音が鳴り響いた。
その音に気付いた二人は顔を上げると、ローゼン公爵が応じる。
「入れ」
「――……失礼します! 公爵閣下に、急ぎ取り次ぎたいという者が参っております!」
会議室の大扉を開けたのは一人の近衛兵だったが、その言葉にローゼンは眉を顰める。
その不機嫌な表情を覗き見た皇帝ゴルディオスは、代わるように近衛兵に尋ねた。
「誰が参ったのだ?」
「ログウェル=バリス=フォン=ガリウス様です!」
「なにっ!?」
「ログウェルが帰還したのか! ここに連れて参れっ!!」
「ハッ」
老騎士の名を聞いた瞬間、二人は大きな驚愕を浮かべて席から立つ。
そして近衛兵にログウェルを連れて来るよう命じた。
それから十分ほど時間が経つと、会議室の扉を叩く音と共に扉が開かれる。
そして次に扉から姿を見せたのは、近衛兵と同行して訪れた老騎士ログウェルだった。