帝国領脱走
自分達の正体を暴かれ襲われたエリクとアリアは、辛うじて定期船に乗り逃げる事で事無きを得る。
そして出航した定期船の甲板にて、二人は陸側を凝視しながら老人について話し合っていた。
「――……ログウェル、そう名乗ったの?」
「ああ、あの男はそう名乗った。伯爵騎士とも言っていたな」
「……その名前、久し振りに聞いたわ。まだ生きてたのね……」
「あの男を知っているのか?」
「直接の面識は無い……と思うわ。私の事を見破ってた事を考えると、小さな頃に会ってたのかも」
「あの男は、何者なんだ?」
「……ログウェル=バリス=フォン=ガリウス。数十年前に帝国で『伯爵』になった、『老騎士ログウェル』という呼び名で有名ね。貴族位を持つだけで領地や臣下を持たずに、流浪の旅を続けている騎士よ。彼に関しては絵本や出版物が出てるくらい有名で、その中で語られる彼の冒険譚は色んな人達に人気があるらしいわ」
「……よく分からないが、強い騎士なのか」
「実際に見たのは今回が初めてだけど。百年前から起きてた人間大陸内の戦争では、かなりの大活躍だったみたい」
アリアは自身の知識で知る『老騎士ログウェル』を語り、そうした情報を教える。
すると改めてエリクに視線を向け、ログウェルについて問い掛けた。
「貴方から見ても、ログウェルは強い?」
「ああ」
「仮に追って来たとしたら、一対一で勝てる?」
「……分からない。だがあの男は、本気ではなかった」
「あれで本気じゃなかったの……!?」
「ああ」
「……私と一緒に戦えば、勝てると思う?」
「分からない。だが君は、あの男とは戦わない方がいい」
「えっ」
「もしあの男が本気で君を殺す気になったら、俺でも止められるか分からない」
実際に対峙した老騎士ログウェルの印象について、エリクはそう語る。
体格で勝り盗賊組織を一人で壊滅させたエリクですら、老騎士に得体のしれない恐ろしさを感じていた。
そうしたエリクの言葉は聞いたアリアは生唾を飲み込み、緊張の息を吐きながら今後の話を続ける。
「……ログウェルが私達の事を帝国軍に報告するとして。お父様やお兄様に話が行くのは、最低でも三日は掛かるはず。皮肉だけど、あの町に軍従属の魔法師が不在だったのは幸いだったわ。もし居たら、軍用の魔道具を使ってすぐに帝都に知らせが届けられちゃうでしょうから」
「三日か……」
「でも、この定期船は南港町に着くまで最低でも四日間のはず。ギリギリ間に合わないわね……」
「どうする? 途中で船を降りるか」
「……それも手だけど、それをやるなら南港町に着く直前にしましょう」
「直前で降りるのか?」
「途中で降りても、傍にある陸地は魔物や魔獣が沢山いる地帯だから。貴方と私が二人でもその地帯を抜けるのに時間が掛かるし、帝国領からも抜け出せない。だから南港町に着く直前に降りて、追っ手を振り切りましょう」
「……降りる時は、泳ぐのか?」
「小船を買うわ。定期船に備え付けられてる避難用の小舟を一隻だけ購入できないか交渉しましょう。迷惑料も込みでね」
「迷惑料?」
「貴方とログウェルが戦ってた時、急いで船を出してもらったの。『お父さんが盗賊組織を捕まえたけど、盗賊の残党がその恨みで襲って来たんです』ってね。乗船客は私達で最後だから、予定より早く船を出航してもらったわ」
「そうなのか」
「それに南港町に着いたら、きっとこの船は兵士達に囲まれる。そして船内と乗客、船員含めて全員が検めさせられる。そういうのも含めた、迷惑料よ」
「そうか」
そうした事を話すアリアに、エリクは頷いて応じる。
するとアリアの表情は僅かに曇り、視線を逸らしながら呟き始めた。
「……ねぇ、エリク」
「ん?」
「人に迷惑を掛けてまで、私が帝国から逃げること。素直にどう思う?」
「……」
「私だって自覚はあるのよ、色んな人に迷惑を掛けてるって。お父様やお兄様もそうだし、手紙を送って騙してる各領主達や、私を見つけるよう命じられてる兵士達。それに、私が逃げる中で関わって来た人達。そういう人達に色んな迷惑を掛けているのは、ちゃんと自覚してるの……」
「……」
「子供の頃にあの馬鹿皇子の婚約者にさせられて、公爵家の令嬢として育てられて。それを私は我慢してた。でも馬鹿皇子が私を陥れる為に馬鹿な企みを考えてると知って、もうウンザリだと思ったわ。もう公爵の娘として、馬鹿皇子の婚約者として、あの場所に居続けるのが嫌になった。誰にも縛られずに、自由になりたいと思った。……だから、私は逃げたの」
「……」
「でも、色んな人に迷惑を掛けてまで私が逃げる事に、何か価値はあるのかな……?」
「……」
「……ごめん、辛気臭いこと言っちゃった。捕まったら殺されちゃう貴方からして見れば、私の悩みなんて馬鹿らしいわよね」
弱音を見せるアリアは、苦笑いを浮かべながら海を見つめる。
すると黙って聞いていたエリクは、少し間を置いて話し始めた。
「……俺は、何も持っていなかった」
「え?」
「俺は王都の貧民街に居た。口減らしに捨てられた子供だったらしい」
「!」
「子供の頃に育ててくれた老人が死んで、一人で狩りをしていたら、ある傭兵に拾われた。そして十も経たない頃に傭兵になり、生きる為に戦い続けた」
「……」
「仲間や敵の死を多く見てきた。自分が生きる為に相手を殺した。そして今は、罪人として国から追われる身となった。……そんな俺を、君はどう思う?」
「……何も、言えないわね」
「ああ。君に何を言えるか、俺も考えられなかった」
自身の生い立ちを話した中で、二人は互い生き方を否定する気が無いことを伝え合う。
すると暗い表情を見せていたアリアの顔色は切り替わり、青い空を見上げながら溜め息と言葉を吐き出した。
「……はぁあ……。私、くだらない質問をしちゃったわね」
「そうか?」
「くっだらない質問よ。人間は所詮、我が身の可愛さが最優先される生き物だって忘れてたわ。生きてれば誰にだって迷惑を掛ける、それが人間だもの」
「そうか」
「だから私が掛けた迷惑なんて、迷惑を掛けた相手に咎められる事はあっても、迷惑を掛けた私が自分を咎める必要なんか無かったわ。だから、くだらない質問だったのよ」
「……そ、そうか」
「あっ、分かってないわね。……ありがと、エリク」
「何がだ?」
「何でもないわ。とりあえず、船長に交渉しましょう! 小船って、金貨何枚くらいで買えるかしら……」
前向きな考え方に戻ったアリアは、考えるように呟きながら船内に続く扉へ向かう。
それ見るエリクは後ろに付き添い、いつもの調子に戻ったアリアに秘かに安心していた。
それからアリアは定期船に備えられた小舟を購入する為に、迷惑料込みで金貨三十枚を船長に支払う。
そして航行してから一日が経過するとアリアは酷い船酔いに悩まされ始め、マウル医師から貰った薬を飲んで耐えていた。
すると四日目の航行途中、南港町に着く半日前に降ろされた小舟に乗った二人の姿が定期船から離れる。
そして定期船は南港町に到着すると、待ち構えていた帝国の領兵達が予想通りに乗り込んできた。
乗船している乗客や船員達は兵士達の検査と事情聴取を受け、アリアとエリクと思しき人物が乗客していたか調べられる。
そして船長等の証言により二人の男女が小舟を買い、半日前に別の陸地を目指して離れたことを告げた。
その証言を元に、南港町を中心とした海に面した陸地に兵士達の部隊を散らせ、アリア達の捜索を本格的に開始する。
そうした中、定期船から降ろされ商人の荷馬車に積み込まれた大箱の内部において、秘かに息を潜めた二人分の小声が囁かれていた。
「――……ふふっ。小舟に乗って逃げたと全員に思わせて、本当は魔法で作った私達の幻影を囮に。そして空にした大箱に潜んで出荷される荷馬車に運ばれて南港町を出るなんて、誰も思わないでしょ――……痛ッ、いったぁい……」
「……せ、狭いな……」
「こ、このくらいの我慢なんて、今までに比べたら……。あっ、ちょっと! 変なとこ触らないで……ッ」
「す、すまん。……変なとこ?」
二人は小舟を囮にして大箱の中に共に潜みながら、南港町を出て行く。
そして商団の夜営に紛れて姿を見せると、大箱の中に元々あった荷物代に相応の代金となる金貨を置いて立ち去った。
こうしてエリクとアリアは、追っ手である帝国兵達の包囲から逃れる事に成功する。
しかし二人の逃亡劇は帝国内で暴かれ、より大物を動かす事にも繋がった。
『虐殺者の称号を持つ男が元公爵令嬢に雇われました』
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ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
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