公爵家の会食
アリアの曽祖父であり、ルクソード皇国貴族のハルバニカ公爵と予期せぬ形で出会ったエリクは豪邸に誘われた。
様々な高級調度品が飾られる廊下を歩きながらも、それ等の価値を知らないエリクは警戒を宿しながら会食部屋に導かれ、長細い机の端に置かれた椅子に座るよう促されてる。
十数分後。
杖を持ったハルバニカ公爵が貴族らしい正装に着替えて姿を見せ、エリクと真逆の椅子に座り対面した。
「待たせたね。傭兵エリク」
「……」
自身が警戒されていると感じながらも微笑むハルバニカ公爵は、老執事に目線を向ける。
そして老執事が軽く手を叩き使用人達に合図を送ると、隣大扉が開け放たれ使用人達が食事を運んだ。
長細い机に数多の豪華な料理が並べられると、エリクは王国貴族のパーティで出されていた食事よりも豪華だと思う。
しかしその料理に数々に手を付けようとは思わず、ハルバニカ公爵を睨みながら問い掛けた。
「……どういうことだ?」
「何がかね?」
「俺の依頼は、荷物を運ぶだけだったはずだ」
「そう、お前さんの依頼は終わった。だからこそ、今は客人として持て成しておる」
「客人?」
「お前さんを持て成すのは当然じゃろう。何せ、儂の曾孫であるアルトリアに遇されておるのだから」
「!!」
「儂が何も知らぬと思うかね? 傭兵エリクよ」
ハルバニカ公爵がそう微笑み聞くと、エリクの表情に険しさが増す。
目の前の老人がアリアと自分との関わりに気付いていた上で招いた事を聞き、エリクはある結論に至りながら問い掛けた。
「アリアとケイルを連れ去ったのは、お前か?」
「……」
「答えろ」
エリクが席を立った瞬間、部屋を囲む使用人達が構える。
その雰囲気から使用人のほとんどがマシラ闘士並の手練だと勘付きながらも、エリクは返答次第でその場の全員を制圧するつもりだった。
しかしハルバニカ公爵の口からは、予想とは異なる返答を聞かされる。
「儂はアルトリアを連れ去ってはおらぬ」
「……本当か?」
「儂は自分に嘘を吐くことも、他人に嘘を吐くことも好かぬ」
「なら、アリア達は何処だ?」
「儂もそれを尋ねたかった」
「なに?」
「アルトリアとお前さん達が皇都へ訪れたかと思えば、数日で皇都を離れてとある村に向かった。しかしお前さんの仲間である少年だけが皇都に先に戻り、奴隷を盗んだ。そしてアルトリアとお前さん達が後に戻って来た」
「……」
「儂は皇都に出戻って来たお前さん達の不可解な行動を知りたい。何処に向かい、何を見たのか。そしてどういう理由で仲間の少年が奴隷を盗み、アルトリアともう一人の仲間が姿を眩ませたのか。それを尋ねる為に、儂が直々に傭兵ギルドへ向かおうとした」
「……そして、俺と偶然あそこで会ったのか?」
「そう、お前さんに声を掛けられたのは誠に偶然じゃった。おかげで、傭兵ギルドにお前さんと接触を持ちたいと悟られずに済んだがの」
ハルバニカ公爵は軽く手を上げ、使用人達の構えを解かせる。
エリクもそれを確認して席に座り直し、再び対面しながら話し始めた。
「傭兵エリク。儂に話してほしい」
「……」
「お前さん達は何を知り、何を目的として動いていたのか。それを儂に話しておくれ」
「……話したら、どうする?」
「言わずとも分かろう?」
「……アリアか」
「そう、儂は曾孫を厄介事から守りたいだけ。儂の手元にあの子を招き守る事こそ、儂の望み」
「……」
「儂の望みは、あの子やお前さんの意思とは反することもあろう。……だが儂が協力せねば、お前さんはこの皇都では身動き一つ取れぬぞ?」
「……」
「……まずは食事をしながら考えなさい。客人には毒など盛らぬ故、好きに食べるといい」
そうハルバニカ公爵が勧めると、澱みの無い動作で男性使用人がワイングラスの食前酒を注ぐ。
エリクは透明なグラスを見てガラス製の食器だと気付き、出来るだけ優しく持って飲み干した。
次に前菜が運ばれ、温もりを宿した小皿に盛られたトマトとチーズに青野菜が添えられた上品な料理が目の前に置かれる。
するとエリクは右手にナイフと左手にフォークを持ち、丁寧に前菜を食べていく。
見た目に反するような丁寧な食事風景を見せるエリクに、ハルバニカ公爵は感心しながら声を掛けた。
「ほぉ。粗野な傭兵かと思えば、テーブルマナーは心得ているのかい?」
「……アリアから教わった」
「なるほど。良い教育をしておる」
エリクが前菜を食べ終わると、次々とスープ・魚料理・肉料理が運ばれる。
そして最後にデザートを食すと、カップに注がれたコーヒーを飲みエリクは食事を終わらせた。
それを見届けたハルバニカ公爵は、微笑みながら再び声を掛けて来る。
「美味かったかい?」
「……味は、よく分からない」
「そうかい。それは残念じゃな。……さて、傭兵エリク。考えは固まったかね?」
「……お前は、アリアが今何処にいるのか知っているのか?」
「知っている」
「!」
「しかし、儂でも迂闊に手を入れられぬ場所。強引に入り込めば、恐らく手痛いしっぺ返しを食らう。そういう場所に入り込んでしまったらしい」
「……そこは何処だ?」
「儂の話を聞く前に、お前さんの答えを聞かせてもらおう。傭兵エリク」
「……」
「儂が信用できないかね?」
「……ああ」
「その用心深さ。そして他者の気配の読み方。何より魔人の力。なるほど、アルトリアが雇い傍に居させるだけのことはある」
エリクの評価を淡々と述べるハルバニカ公爵は、コーヒーが注がれたコップを置きながら使用人に器を下げさせる。
そして改めて、今回の件に関する交渉をエリクに持ち掛けた。
「では、儂と取引をしよう。傭兵エリクよ」
「……取引?」
「儂はとある理由で、アルトリアが関わってしまった者達と敵対しておる。故に、儂はアルトリアを奴等の元へ置きたくはない」
「……」
「お前さんの懸念は、儂等がアルトリアを拘束しガルミッシュ帝国へ送還する事なのだろう? ならばアルトリアを帝国へは戻さぬことを約束しよう」
「!」
「儂は敵対しておる者達を潰し、アルトリアを奴等の手から離したい。お前さんはアルトリアを連れ戻したい。その目的を果たす為に、儂とお前さんで協力をする。御互いの情報を出し合えば、あるいはアルトリアを救い出す為の足掛かりに成り得るであろう」
「……」
「こうしていても、お前さんは蚊帳の外に置かれ状況に踏み込めぬだろう。……儂に協力をしてくれまいか? 傭兵エリクよ」
手を組む事を求めるハルバニカ公爵の申し出に、エリクは再び悩まされる。
仮にハルバニカ公爵の申し出を断った場合、エリクは何の手掛かりも得られないままアリア達を探す事になるだろう。
それでどれだけの不毛で無駄な時間を使うかを考えた時、エリクの出した結論は簡潔なものだった。
「……つまり、俺はまたお前に雇われろということか?」
「そうじゃな。そういう話でもある」
「……分かった。アリア達を助け出すまで、お前と協力する」
「そうか。では改めて、よろしく頼もう。傭兵エリク」
ハルバニカ公爵の申し出に対して、エリクは自分自身で考え抜いて承諾する。
こうして意図しない出会いを巡りながらも、彼はアリアを取り戻す為に彼女の曽祖父であるハルバニカ公爵と手を結んだのだった。




