不穏の流れ
マギルスを捕らえ連れ去られた奴隷を奪還する為、アリア達は奴隷商の店へ向かう。
再び店長と面会したアリア達は、奴隷の契約書に関して尋ねた。
「――……あの奴隷の契約書? それだったら、傭兵ギルドに預けてますわ」
「え?」
「アンタ等が来る少し前に、あのギルドマスターが尋ねて来てね。連れ去った盗人が奴隷の契約書を狙うだろうからって、傭兵ギルドで厳重に保管すると言うてましたわ。あんな鉄柵を切り裂いて抉じ開ける相手じゃ、確かにここで保管するのは心許ないですからな。奴隷が戻ったら返却してくれる言うてました」
「……そうですか」
「もう一つ、あのギルドマスターが言うてましたよ。アンタ等が来て契約書を渡せっちゅう話をして来たら、奴隷誘拐の共犯として濃厚になる言うてね」
「!!」
「……出てってくれませんかね? 他の奴隷も連れ去られたら、敵わんからな」
奴隷商に嫌疑の視線を向けられたアリア達は、これ以上ここで粘れば余計に怪しまれるのだと察する。
それでもアリアは毅然とした態度で、必要最低限の情報を聞いた。
「疑惑を受けるのは承知しています。ですが、私達も情報が無ければ協力も出来ません。必要な情報を貴方から聞いておきたい」
「……何を聞きたいんや?」
「連れ去られたという奴隷の情報。年齢や容姿などの特徴的な事を教えて頂きます」
「……」
訝しげな視線を向ける奴隷商だったが、アリアの鋭い視線に押し負け渋々ながら情報を話し始めた。
連れ去られた奴隷は子供の奴隷。
十歳より若い女の子で、髪と瞳が黒く肌は色白。
この大陸の出身では無く、違う大陸の貧困孤児として連れて来られた。
奴隷商が引き取った際には餓死寸前であり、数年で健康な状態は戻ったという。
口数が少なく見知らぬ者を見ると怯える癖を持つ為、教育を施すのが他の子供奴隷より遅れていたらしい。
一通り聞いたアリアは、最後に確認の為に聞いた。
「確認しますが、その女の子が特別な生まれなどで事情を抱えている情報などはありましたか?」
「……元々、普通の孤児や無くて捨てられた子供っちゅう話は聞いてましたわ」
「捨てられた?」
「その子の両親はブロンドの髪と青い瞳やったのに、あの子は黒い髪と黒い瞳で生まれたらしくてな。浮気して出来た子やて散々周りが揉めてた後に、その夫婦は離婚したらしいですわ。んで、その子は両親や親戚筋から忌み嫌われて周りからも気味悪がられて、何処にも引き取られず捨てられたらしいというのは聞いてますわ」
「……」
「まぁ、奴隷商はそんな事情は関係無いんでね。ちゃんと躾けて奉仕して稼げるようになれば儲けられるんで。せっかく買い手も付いて後は遠方から引き取りに来るっちゅう話になっとったのに、いきなりコレですわ。まったく……」
「失礼ですが、その奴隷の買い手というのはどなたでしょうか?」
「言えるかい、そんなこと。客の情報をアンタ等に流すほど信用できませんわ」
「では違う聞き方をしましょう。その奴隷に買い手が付いたというのは、オークション形式でしたか? それともここに来訪した際に買い手の方が購入されるという話に?」
「……オークション形式ですな。これ以上は言えませんわ」
「そうですか。その買い手の方以外に、その奴隷を購入する為に競った方はいらっしゃいますか?」
「……何が言いたいんや?」
「その奴隷を手に入れたいという方々が他にもいるのか、いないのか。それを聞きたいだけです」
「……何人か居ったわ。でも途中でほとんどが降りたわな」
「その奴隷の競り額、金貨二百枚ほどでしたか?」
「アホか! もっと高く競り落とされたわ」
「そうですか。……聞きたい事は聞き終えましたので、私達はこれで失礼します」
丁寧な口調と態度で店を出て行くアリア達に、奴隷商は鼻息を荒くしながら疑惑の視線で見送る。
そして店を出たアリアは路地裏へ移動し、ケイルとエリクに話を聞かせた。
「……マギルスじゃないわ」
「どういうことだ?」
「マギルスが欲しがってたのは金貨二枚程度で買える物。つまり金貨二百枚程度で買える代物のはず。でも連れ去られた奴隷はそれ以上の価格で購入される予定だった。確かに若い子供の奴隷なら十数年以上は確実に働けるし技術の覚えも早い。金額も金貨五百枚以上にはなるはずよ」
「……つまり、どういうことだ?」
「マギルスは奴隷を買いたいとは思っていなかった。他に金貨二百枚の物を購入したいとは思ってた。それが何なのか分からないけど、少なくともマギルスが奴隷を盗む理由は無いということよ」
「……そうか。今回は、マギルスが冤罪を着せられたということなのか?」
「多分ね。……今回の件にマギルスや私達が巻き込まれた可能性は色々と考えられるけど、少なくとも傭兵ギルドとバンデラスは信用できない。それに奴隷商の方も信用できないわね。契約書が見れない以上、連れ去られたっていう奴隷が存在しているかも怪しいわ。……合成魔獣の件と今回の事が絡んでる可能性もあるのかしら……?」
全方位を警戒し怪しむアリアは、今回の事件が作為的な起こり方に疑問を持つ。
傭兵ギルドの不自然で意図的な討伐依頼の放置と、合成魔獣の存在。
そしてマギルスを犯人に仕立てようとする皇国兵と傭兵ギルドの動き。
それ等の全てが一貫し、何等かの意思を持った流れなのではないかと思う。
更に自分が抱き続ける疑問と照らし合わせ、アリアは一つの結論に辿り着いた。
「ケイル、お願いがあるわ」
「……なんだ?」
「『赤』のシルエスカが動いている件を、詳しく調べて欲しいの」
「!」
「私の予想が正しければ、シルエスカが動いているのは合成魔獣絡みのはず。アレの裏に皇国軍の関与があるのかもしれない。でなければ七大聖人のシルエスカが動くはずがないもの」
「……」
「マギルスの捜索と同時に、シルエスカと接触できないかを探りましょう。この国の各勢力に何が起こっている事を把握しないと、マシラの時より酷い事になりかねないわ」
アリアが今後の方針を決め、ケイルにシルエスカに関する情報を入手するよう求める。
それを聞いた時点でケイルの顔は厳しく険しい表情へ変化していた。
考えるアリアより先にケイルの様子に気付いたのは、エリクだった。
「ケイル、どうした?」
「!」
「なに? ケイル、どうかしたの?」
「……いや。七大聖人絡みの情報を探るにしても危険がデカ過ぎる。その理由は、お前にも分かるだろ?」
「そうね。確かに七大聖人に探りを入れれば、どんな形でこちらの意表を突かれるか分からない。下手をすれば皇国軍が私達を押さえに動くかもしれないわ」
「だったら……」
「だからこそよ」
「!?」
「こっちが向こうを調べれば、向こうもこっちを調べようとするはず。私が皇国傘下のガルミッシュ帝国に関わる皇族だと知れば、向こうは拘束しようとは思ってもいきなり敵対関係になる可能性は低いわ」
「……でも、お前は捕まっちまうだろ? 最悪、帝国に送り返されるぞ」
「そんなのは、帝国に送り返されてる最中に脱出すれば済む話よ。今回の事態を見逃すには、流石に事が大きすぎる。国際法で禁じられている合成魔獣の製造と研究を、皇国内部の何者かが支援し行わせてる疑いがある以上、事は国家反逆罪に適応されるわ」
「……」
「本当は私自身が皇城に赴いて報告したいところだけど、今は身元の証明が出来ない私が赴いても陛下どころか各官僚にさえまともに取り合ってはくれない。だったら、向こうにこっちを調べさせればいい。調べた上で向こうから何かしらのリアクションを起こしてくれるのなら、雁字搦めで身動きが取れない私達には都合が良いわ」
「……ッ」
「私達は表向き、傭兵ギルドと皇国軍に縛られたままマギルスの捜索と捕縛を進める。その裏でシルエスカ本人かそれに関わる者達と接触して事態を伝え、皇国で起こっている状態を把握する。当面の目標はこの二つよ。……ケイル、貴方にはシルエスカの情報を探りながら、こっちが向こうを探している事を伝えて欲しい。お願い出来る?」
アリアはシルエスカと接触を図る為、改めてケイルに頼む。
二人に顔を向けられたケイルは厳しい表情で溜息を漏らし返事をした。
「……はぁ、分かった。やってやるよ」
「良かった。ありがとう、ケイル」
「七大聖人を探るならそれなりに費用が要るぞ?」
「必要な経費は幾らでも使って良いわ。情報収集とシルエスカとの接触が第一優先よ」
「……言っておくけどな。この国の情報屋共は多かれ少なかれ傭兵ギルドの影響下にいる。アタシがシルエスカに探りを入れていると分かったら、傭兵ギルドも何かしらの行動を起こすかもしれないぞ?」
「それでも、冤罪を吹っかけられて黙々とマギルス探しをやらされるより有意義だわ。仮にその反動として傭兵ギルドが行動を起こせば事態が進展する。そこで活路を見出せることもあるはずよ。逆に逆境に立たされても、私とエリクがいるもの。どんな相手でも対応は出来るわ」
「ああ。任せろ」
アリアは今回の事件が自分達を巻き込む為の冤罪事件だと推測し、エリクはその意見と作戦に同意する。
互いにいざという時に腕を振るうつもりだと話す姿に、ケイルは更に大きな溜息を吐き出しながら話した。
「……分かった。やってやる。ただ少し前とは状況が違う。今のアタシが一人で情報収集をするには、皇都は危険地帯だと考えた方が良い。正直、バンデラスや大多数の傭兵に妨害されたら、アタシ一人では打つ手が無い」
「……そうね。確かにケイルを一人で行動させるのは危ないわね」
「三人で情報収集は流石に目立つ。だからと言って、アタシ一人じゃ緊急事態になった時に対応は不可能だ。……アリア。お前も一緒に情報収集に付き合え」
「!」
「エリクはデカいし目立つ。威圧も凄すぎて相手を警戒させちまう場合もあるだろう。情報収集には不向きだ。だが偽装魔法が出来るアリアとアタシで組めば、簡単にやれるかもしれない」
「……確かに、そうだな」
「今日はこのままマギルスを探す。そして夜には宿に戻って休むフリをして、アタシとアリアで情報収集をする。エリクは部屋に残ってアタシ達が不在だとバレないように、上手く立ち回ってほしい。……出来るか?」
「……」
ケイルの提案に二人は思考する。
その中で返事をしたのはアリアだった。
「それで行きましょう。エリク、貴方に留守を任せていい?」
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫。今回は本気で対応するし、ケイルが傍に居てくれるもの。心配は要らないわ」
「そうか。……ケイル」
「?」
「アリアを頼む」
「……ああ、任せとけよ」
エリクは幾許かの不安を抱きながらもアリアの同意と後押しで、二人の情報収集の間は留守を預かる事を承諾した。
その返事にケイルは口元を微笑ませて応える。
方針が決まった一行は、路地裏から出てマギルスの捜索を開始した。
予定通り、その日にマギルスは見つからずに宿に戻る。
そしてアリア達の部屋に一行が集まった時、アリアはに聞いた。
「エリク、追跡者は?」
「……まだ消えていない」
「そう。夜には引き上げてくれてるといいけど、偽装魔法を上手くやらないとバレそうね。緊急事態の為に少し用意しなきゃ……」
「……アリア、無理は――……」
「無理はしないわ。大丈夫。朝になる前には戻ってくるから。エリクも、ちゃんと留守番をしてなきゃダメよ?」
「ああ。……ケイル、頼んだ」
「分かってるよ。任せろって」
「情報収集というのは、何処でするんだ?」
「皇都内の流民街でもそれらしい情報屋が幾つかある。ただ、情報屋ってのは何時何処にいるか分からないからな。それらしい場所を回りながら欲しい情報を持ってる情報屋の情報と居場所を買って、情報屋を見つけ出す。そして欲しい情報を買って、逆に指定した相手に情報を伝える。だから何処で探すのかは今のアタシには分からない」
「……そうか。分かった」
そうした会話をした後、夕食を食堂で済ませた一行は部屋に戻る。
数時間後。
日が沈み夜を迎えたことを確認すると、アリアとケイルは偽装魔法で姿を隠し、上手く宿の従業員の目を誤魔化して裏口から出て行った。
次の日。
朝を迎えても、二人は宿に戻ってこなかった。




