幕の開閉者 (閑話その十五)
反乱貴族達の包囲網を突破し、
ローゼン公爵領軍が自領へ戻った数週間後。
反乱貴族達の大部分はローゼン公爵領を無視し、
王国軍と合流し帝都へ向かった。
しかし、占領した帝都には皇帝と皇后の姿は無く、
軟禁されているはずの皇子の姿も無い。
更に帝都に住むほとんどの民がローゼン公爵領に向けて移動し、
無人の都と成り果てていた。
更に魔法学園の主要設備と重要書物関係は全て引き上げられ、
学園長を中心とした人材も全てローゼン公爵領に移動し、
ローゼン公爵家と同盟領に関わる人材も全て消えている。
反乱貴族達は顔面蒼白となり、
すぐにローゼン公爵領へ進軍しようと王国軍側へ提案したが、
それは王国軍を率いていたウォーリス王子に拒否される。
帝都に向かわなかった一部の反乱貴族達が、
当主不在のローゼン公爵領を我が物としようと乗り込んだ結果が、
王国軍に届いていたのだ。
その議題を話し合う為に反乱貴族の中心人物達が集まり、
王国側の使者である若い男性幹部を交えて会議が行われる。
そこで明かされた情報に、反乱貴族達は唖然とした。
「……ぜん、めつ……?」
「そうです。ローゼン公爵領へ踏み込んだ貴族軍との連絡が途絶えました。兵士も戻って来ない。ならば全滅したと考えるのが妥当でしょう」
「ば、馬鹿な……」
「ローゼン公爵領と傘下の同盟領。彼等は互いに領地が隣接している。だからこそ協力関係を築き易く、重厚な守りを組み上げているのでしょうな」
「し、しかし! たかだが数領の兵力では掻き集めても五万弱。我々貴族軍と王国軍の兵力を合わせれば十万にも達する! ローゼン公が亡き今、今こそ領へ攻め込み、奴等の連携が完璧になる前に討つべきでは!?」
「無理です」
「な、何故!?」
「……王国軍が何故、貴殿等と協力してローゼン公爵領軍を包囲し持久戦に追い込もうとした理由を、もうお忘れですか?」
「!?」
「厄介なローゼン公爵を表に引きずり出して討つ絶好の機会だったからです。だが、ローゼン公爵領と同盟領が敷いた守りは厚い。そして十万以上の兵を一領地へ集結させ攻めさせるのは不可能。冬に入り、領攻めをさせる為に兵士達を養い続ける更なる物資が必要となる」
「な、ならば平民共から徴収すればいい! 兵士達を養える物資も、兵士達が冬に耐え過ごせる町や村から吸い続ければ!」
「何処から?」
「ど、どこ……?」
「貴殿等の領から、それを我々に提供してくれるのですか?」
「な、何を言って……?」
「言ったでしょう。ローゼン公爵領を攻めた貴族軍が僅かな時間で全滅したのだ。敵側の領に迂闊に攻め込めぬ以上、貴殿等の領から兵士達を賄う物資と領地を、我々王国軍にも明け渡す。そういう話をしているのですが?」
「な……ッ!?」
「それが出来ぬというのであれば、王国軍は国へ引き返すだけ。今回の内乱に協力した報酬として、国境沿いの土地は我々に引き渡して頂く」
「わ……我々を置いて、お前達は土地だけ奪い、国に戻るだと!?」
「元々そういう約束だったでしょう? 貴殿等は自分達の力でローゼン公爵領軍と同盟領軍と相対し、打ち倒せばいい。そして帝国を掌握すればいいでしょう。我々が協力するのは、あくまでローゼン公爵を討つまでです」
「こ、この……ッ!!」
王国幹部が突き放すように帝国貴族達にそう告げ、
天幕から出て行こうとする。
その物言いが気に食わず怒り狂った帝国貴族の一人が剣を抜き、
無礼な王国幹部に斬り掛かった。
しかし、斬り飛ばされたのは剣を握る貴族の手だった。
「……へ? ギ、ア、ギャアアアアアアッ!!」
「……こんな者達が貴族では、ローゼン公の苦労も窺えるな」
「き、貴様ァ!! 何をしている!? この無礼者を殺せ!!」
「ハ、ハッ」
王国幹部の手には剣が握られ、
手首から先を失った貴族は地べたを這いながら痛みに狂う。
帝国貴族達は近侍の兵に王国幹部を殺すように命じると、
動揺しながらも兵士達は剣を握った。
それを一瞥した王国幹部は溜息を吐き出し、
指を鳴らしてある人物を呼んだ。
「ヴェルフェゴール」
「――……はい、御主人様」
「!?」
王国幹部の影の中から金銀妖眼の男性執事が出現し、
その場の貴族達が全員驚きを深めた。
そして、その執事の顔を見た瞬間に、
帝国貴族達が驚きの声を上げた。
「き、貴様は……ゲルガルド伯爵の使い!?」
「な、何故ゲルガルド伯の執事が、奴の影から!?」
「どういう事なのだ……。おい! 説明しろ!!」
帝国貴族達が声を荒げる光景を横目に、
王国幹部はヴェルフェゴールに短く命じた。
「ヴェルフェゴール、このゴミ共を処理しておけ」
「……あまり綺麗ではありませんねぇ」
「潔癖症め。ならば下位悪魔共にでも食べさせろ」
「それならば、丁度良いかと」
王国幹部は剣を鞘に戻して天幕から出ると、
その場にヴェルフェゴールだけが残り、
微笑みながら一同に最後の別れを告げた。
「貴方達の役目は終わりました。どうぞ、御主人様の設けた舞台から御退場をお願いします」
「何を――……!?」
「な、なんだ……」
「何だコレは……!?」
天幕の上で揺れる明かりが不規則に点滅し、
ヴェルフェゴールの影から別の何かが生み出される。
その影から出てきたモノを見て、
帝国貴族達と兵士達は顔面を蒼白させた。
「こ、これはまさか……」
「悪魔……!?」
影から這い出る異形の怪物は、
絵物語で聞かされる悪魔そのものの姿。
動物に類似する見た目ながらも、
背中に歪な羽を生やしたドス黒い姿に、
帝国貴族達は思わず身を引いた。
「さぁ、我が配下達。貴方達の馳走です。手早く綺麗に残さずお食べなさい」
「や、やめろ……」
「止めてくれ……」
「嫌だ……。こんな、嫌だ……!!」
許可を貰った悪魔の配下達は、
大口を開けて帝国貴族と兵士達に滲み寄る。
目の前の存在をやっと異形だと認識した者達は、
恐怖に震えながら目に涙を浮かべ、
輪廻に導かれる事の無い終わりを遂げた。
数分後。
天幕を開けて出てきたヴェルフェゴールは、
外で黒い大馬に乗って待つ御主人を見ると、
微笑みながら報告をした。
「食事は終わりました。汚物でしたが、配下には良い御馳走になったかと」
「そうか。こちらは国へ戻る。お前は引き続き、役目を果たせ」
「契約のままに。我が主ウォーリス様。……いえ、この国ではこう呼ぶべきでしょうか? ゲルガルド様」
「お前はただ、私を主人と呼べばいい」
「はい、御主人様」
ヴェルフェゴールは再び影の中に消え、
王国幹部と偽称したウォーリス王子は自軍へ戻った。
ベルグリンド王国の第三王子。
ウォーリス=フォン=ベルグリンド。
ベルグリンド王国では第三王子として、
ガルミッシュ帝国ではゲルガルド伯爵として活動する、
この戦争と内乱を仕組んだ張本人が、悪魔達を従えていた。
その後、反乱貴族達の大部分が失踪した事が伝えられ、
残った反乱貴族達は大混乱に陥り、各反乱領軍も困惑を強めた。
そして王国軍が撤退した事を知ると、
取り残された反乱勢力は完全に勢いを失い、
後にも先にも進む事が出来ずに右往左往するしかない状態になる。
そして、ローゼン公爵領から帝国皇帝ゴルディオスが勅命を発する。
亡き皇帝の弟クラウス公の跡をセルジアスが継ぎ、
公爵の遺書に従い新たなローゼン公爵となった。
そして新ローゼン公爵セルジアスを旗印とし、
各同盟領の貴族達を正式な将軍地位に復帰させ、
反乱した貴族達を賊軍と見做して殲滅する事が命じられる。
この勅命に大部分の反乱領軍は降伏し、
国外へ逃げようとした反乱貴族達は傭兵ギルドの協力で捕らえられ、
二ヶ月程でガルミッシュ帝国内の内乱は終息した。
ただ、問題は山積みとして残される。
反乱貴族達の領地と領民達は、
反乱の影響で食料不足と資源不足に陥る。
更に領地を管理する者達が逃亡した為に、
広大な領地と領民達が飢えと寒さに苦しむ事を恐れ、
暴動さえ起こしかねない状態となる。
それに対処するセルジアスと各領主は、
気の抜けない日々を送る事となった。




