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朝霧の幕開け


周囲を覆っていた朝霧は晴れ、

朝日が空に昇る姿が見えた。


重傷を負っていたケイルは仰向けの状態で目を覚ますと、

エリクとアリアが屈みながら目覚めを迎えた。



「ケイル、目が覚めた?」


「……アリア、か」


「大丈夫か、ケイル」


「エリクも……。うっ……」



意識を覚醒させたケイルが上半身を起こし、

頭痛と倦怠感を起こして僅かによろめく。

それをエリクが支え、アリアが説明をした。



「急に動いちゃ駄目よ。頭を何度も打って流血していたし、血もかなりの量を失ってた。私の回復魔法で身体の損傷は治したけど、魔法を体に注いだ影響で魔力酔いが起きてるし、貧血状態は変わらないんだから」


「……そうか。アタシ、確かエアハルトの奴に……。あいつは?」


「俺が倒した」


「……そうか」



自身の状態をアリアから聞き、

エアハルトが倒された事を確認したケイルは、

安堵の中で上半身を地面へ委ね、背を預けた。


ケイルの状態が落ち着いた事をアリアは確認し、

改めて二人に向けて話を始めた。



「エリク、ケイルを抱えて荷馬車まで戻りましょう」


「大丈夫なのか?」


「大丈夫。傭兵達は私達を襲わないよう説得済みよ。それに、こっちも向こうも馬を失った。状況は悪い意味で、膠着しちゃってるわ」


「……そうか」



エリクに状況を伝えたアリアは立ち上がり、

先導するように二人の前を歩いた。

エリクはケイルを抱える為に腕を通すと、

横抱きにしてケイルを運んだ。


お姫様抱っこの状態になったケイルに、

アリアは悪い笑みを向けた。



「良かったわね、ケイル。王子様にお姫様抱っこされて」


「……エリク降ろせ。あの野郎、一発ぶん殴る」


「大人しくしてないと駄目よ。エリク、そのままケイルを運びなさい。これは命令!」


「あ、ああ」



そんな会話を差し挟みながらも、

消耗したケイルはそのまま目を閉じて運ばれた。

そしてアリアは、横目に異様な光景を目にしている。


地面が大きく地割れしたかのように抉れ、

大きな隙間を空けるように木々が消失した光景が、

直径で五十メートル前後まで続いている。


まるで巨大な削岩機に削り取られたような光景に、

アリアは息を呑んでエリクに聞いた。



「……エリク。これを貴方がやったの?」


「ああ」


「どうやったの?」


「……どうやったと言われると、よく分からない」


「どういうこと?」


「出来そうだから、やった」


「……もっと分かり易い感じの説明をお願い」


「……捕まった後。俺はずっと、アリアに教えられた事をやっていた」


「!」


「それで、多分。俺は自分の魂を感じる事が出来た」


「……自分の体内に循環する魔力を、操作できるようになったの?」


「俺もよく分からない。だが狼男がやっている事を俺も出来たら倒すのが楽だと思い、真似たら出来た」


「……なるほどね。魔法と違って、魔族のそれは感覚的なものなのかしら?」


「?」


「とにかく、エリクにも必殺技が出来て良かったじゃない。確かにこれを浴びたら、死体も残らないでしょうね。今度、私にも見せて?」


「ああ」



新たな力を素直に喜ぶアリアに、

エリクは頷きながらケイルを抱えて移動した。


そして木々を抜けて道に戻ると、

【赤い稲妻】傭兵団が道で広がるように周囲を監視する姿と、

その周囲に倒れる黄色い衣を纏った数名の遺体が見える。


そして生き残り捕らえられた二名の元闘士と、

魔法を封じる拘束具で縛られた白髪白髭の老人が見えた。


その老人を見て、エリクはアリアに聞いた。



「あの老人は?」


「元闘士のテクラノスよ」


「あんな老人が、戦えたのか?」


「魔法師なのよ。私に用があったみたいだから相手をしたんだけど、ちょっとやり過ぎて、ああなっちゃった」


「そうか」


「その影響で、傭兵団の方も数名の闘士を逃がしちゃったみたい。捕まえられたのは、あの二名とテクラノスだけ」


「アイツ等を、どうする?」


「それをジョニーさん達に話して決めるのよ」



戻って来たアリア達に気付いた傭兵団は、

リーダーであるジョニーが代表してアリア達に近寄った。



「戻って来たか」


「ええ。テクラノスは大人しくしてたみたいですね」


「ああ。ブツブツ呟いてて気味が悪いが、詠唱では無いみたいだし、とりあえずは平気そうだ」


「そうですか」


「……こっちで仲間達と話し合った。アリア嬢の言う通り、俺等は元闘士達の妨害に遭ってお前等を取り逃がしたって事で報告する事にした。それに、テクラノスをあんな風にしちまえるアリア嬢を捕まえようとして、俺等もああはなりたくは無いからな」



そうしてジョニーが指を向けた先を見たエリクとケイルは、

そこで死んでいる元闘士達の姿を見た。


全員が頭部や身体を鋭利な何かで貫かれ、

周囲の物で防ぐ事さえ敵わず無残な遺体となっている姿を見て、

エリクとケイルは驚きを深めてアリアを見る。


視線を向けられたアリアは僅かに微笑みを浮かべ、

ジョニーに向けて話し掛けた。



「何を言ってるんですか。ジョニーさん達が協力してくれたおかげで元闘士達(あいつら)の大部分を倒せたんじゃないですか。謙遜は止してくださいよ」


「え? いや。俺達はせいぜい半分も……」


「マシラ共和国の傭兵ギルドが誇る一等級傭兵団の実力、見せてもらいました。元闘士達を余裕で跳ね除けられる程の実力、流石はマシラの看板傭兵だけありますね」


「えっ。あっ、あの……」


「待ち伏せをしている貴方達を朝霧に紛れて強襲する作戦が成功して良かったです。真正面から戦っていれば、私達も敗北は免れなかったでしょうから」


「い、いや。その……」


「本当に良かったです。今回は御協力頂き、ありがとうございました」



そう頭を下げて礼を述べるアリアにジョニーは気圧される形で黙るしか無く、

ケイルとエリクは互いに顔を見合わせた。


そして話は纏まった。


捕まえた元闘士とテクラノスはジョニー達が連行し、

マシラへ戻って傭兵ギルドを介してマシラ政府に突き出す事になる。

そして依頼を妨害した元闘士達の所業を報告し、

それ等の輩を放置していたマシラ政府に傭兵ギルド側から糾弾する。


そうすればマシラ政府側に対する手札になるだろうと、

傭兵ギルドマスターのグラシウスに伝えるようにアリアは頼んだ。


これでケイルがマシラ王に謁見した際の負債も晴らし、

互いに痛み分けの状態に持ち込み、

マシラ政府と傭兵ギルドの力関係を拮抗状態に戻せるだろう。


それをジョニーに伝えたアリアは、

ジョニーから元闘士達の幾つかの供述を聞き、

衰弱したテクラノスに歩み寄って話し掛けた。



「……我は、我が積み重ね研磨し続けた魔法は……我が積み重ね続けた物は……いったい、いったい……」


「テクラノス」


「……」


「奴隷契約書を元闘士達(あいつら)が持ち出して、契約を解いて今回の強襲に協力したそうね。犯罪奴隷の契約解除の方法をどうやって知ったのかは気になるところだけど……」


「……」


「どちらにしても、貴方はマシラに戻す。そして犯罪奴隷としてまた契約に縛られるでしょう」


「……殺せ」


「……」


「我を、殺せ……。殺してくれ……」


「……」


「我が積み重ねた全てが……。我の研鑽した全てが、無意味だったのだ……。もう、生きる意味は無い……。殺してくれ……」


「……」


「……何故、我を生かした……? あのまま、大蛇に我を飲ませれば、我を消滅させられたであろうに……」



瞳や肌から生気を無くし、

全身の毛が黒から白へ衰退したテクラノスが呟く。

アリアはそれに対して、突拍子も無い事を話し始めた。



「確か『混沌と叡智の輪(リングオブシューク)』だったかしら。構築した魔法から魔力を移して同種の魔法を持続的に継続させる為の構築式。今まで見た魔法式の中で、最も綺麗に纏められた式だと思ったわ」


「!」


「魔法師学会に発表すれば、偉大な業績として認められるのは間違い無いでしょうね。更に発展させれば、継続的な魔力運用技術を生み出せる可能性もある。現代魔法を更に発展させる事に、大いに貢献できるわ。貴方みたいな優秀な魔法師には、帝国に来て欲しかったわね」


「……慰めのつもりか」


「私は、私以上に努力した人は素直に認めて褒める事にしてるの。逆に、自分に不満を抱きながらそれを改善する努力を怠り、自分より優れた他者に不平不満を鳴らすだけの人間は、罵倒しかしない事にしてるのよ」


「……」


「テクラノス。貴方が今まで積み重ねた物は、貴方自身が無意味だと思っても、見る人が見れば素晴らしい物だと分かるわ」


「……ッ」


「私は、私自身が継承した物を利用しているだけ。それを誰かの為に伝え広めようとは思わない。私が継承した物は、私の為だけに利用して使うつもりよ」


「……」


「けど貴方は、私の数倍以上の時間を生きてきた。その時間は、自身の研鑽を目指していただけ?」


「……」


「本当は、誰かに役立てたいから研鑽し続けた技術じゃないの?」


「……知った風な口を……」


「ええ、私は貴方をよく知らない。でも、どんな知識人でも追い求める探究の先にあるのは、その知識を何かに役立てる為の目標がある。そうでないのなら、それはただ単に自己を満足させる物でしかなく、賞賛すべき知識と技術には成り得ない」


「……」


「以前に私と相対した時。貴方は自身の魔法を見せて自慢したわね。それは同じ魔法師である私に、自分の魔法の素晴らしさを理解して欲しかったからでしょ?」


「……」


「貴方がその知識を何に役立てるべきか。自分の為だけか、それとも理解してくれる誰かの役に立てる為か。それは貴方自身で決めればいい。……貴方の成してきた事を無意味だと判断するのは、貴方自身じゃない。価値を決めるのは、あくまで他人なのよ」


「……」


「……テクラノス。もっと違う形で出会えていたら、互いに対等な関係で魔法の話で盛り上がれる良い理解者になれてたかもしれない。それが少し残念だわ。……貴方の魔法の素晴らしさは、師父ガンダルフの末弟子アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンが保証するわ。自分の魔法に、自信を持ちなさいな」



そう話すアリアはテクラノスから離れ、

軽く手を振り別れを告げた。


テクラノスは衰退した身体を僅かに震わせると、

目から涙を見せて顔を伏せる。


異端者と蔑まれ魔法師社会を追放されたテクラノスが、

影で生き犯罪奴隷へ落ちた数十年後に理解者と出会えた。

初めて自分と築き上げてきた魔法へ理解を示してくれた者に、

僅かな感謝と喜びを抱いていた。


テクラノスと会話を終えたアリアが、

エリクとケイルの場所に戻って荷馬車を見る。

横倒しになった荷車はエリクの手で立て直されたが、

その荷車を引く馬は喉を引き裂かれて絶命し、

アリアは馬の身体を手で擦りながら悲しい表情を浮かべた。



「……私、もう馬は飼わないようにする」


「?」


「帝都を出る時に暗殺者に愛馬を殺されて、今度はこの国の首都を出たら買い馬を死なせて……。……私が関わった馬は全部、殺されちゃうのかなって……」


「……」



落ち込むアリアにエリクは何も言えない。

しかし空気を敢えて読まずにケイルが問い掛けた。



「どっちにしても、馬が死んだんじゃ荷車は引けない。このまま傭兵団と一緒に首都に戻るか。この先を歩いて進むか。どっちにする?」


「……」



ケイルの問いにアリアが悩む最中、

首都側の道から馬の足音が聞こえた。


傭兵団とアリア達はそれに気付き、

示し合わせたように全員が物陰に隠れる。

新たな追跡者達が来たのだと思った全員は、

迎撃する為に待ち構えた。


しかし足音の正体が姿が見せた時、

それはアリア達が予想しない人物だった。



「――……居たぁ! アリアお姉さぁん!」


「!」


「……うげ。もしかして……」



坂の道を駆け下り、その場に唐突に現れた人物。


青い魔力を揺らめかせた首無しの馬に乗った少年闘士。

青髪で華奢な体に似合わぬ大鎌を抱えた、第三席マギルスだった。





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