取引終了
次の日の昼頃。
傭兵ギルドの倉庫内にアリア達は訪れ、
待っていた大商人リックハルトとその部下達と対面する。
そして取引の立会人として、
傭兵ギルドマスターのグラシウスもその場に訪れていた。
視線を向けたアリアに、グラシウスが軽く挨拶を交わした。
「よぉ、待ってたぜ」
「こんにちは。グラシウスさん、今回はギルドマスター自ら立会いを?」
「ああ。なんせ、リックハルトと取引する場だからな。傭兵ギルドとしては、それなりに責任ある立場の奴が立ち会わなきゃならん」
「……そうですか」
アリアは笑顔を向けつつ、
内心では悪態に近い考えを吐き捨てている。
グラシウスは今回の取引を失敗すると踏み、
取引が出来ない今回の出来事に仲介者として入り、
リックハルトとの取引が不成立する際の仲立ちをする為に訪れた。
そうしてアリア達に恩を売り、
傭兵ギルドへ留まらせるのを目的としている。
グラシウスの腹の底を読み取ったアリアは、
次にリックハルトを見て挨拶を交わした。
「リックハルトさんも、こんにちは」
「……ええ。こんにちは」
アリアはその時、裏表の表情で微笑みを浮かべる。
リックハルトが向ける視線はグラシウスのような油断ではなく、
目の前に居る相手に凌駕された時に向ける、敗者の目をしていた。
どうやらリックハルトは昨日の出来事を知り、
アリア達が荷馬車と馬を購入できる額を用意できた事を知っている。
その情報共有がグラシウスに成されていないのも、
大商人リックハルトだからこそだと、アリアは読みきった。
勝利を確信したアリアは、
後ろにケイルとエリクを伴いながら改めて場を進めた。
「それでは、取引を行いましょう。荷馬車と馬を見せて頂けますか?」
「待て待て。アリア嬢、それより先に、購入できる資金はあるんだろうな? お前等、少し前に無一文だったろ。先に金を見せてくれ」
進める場に予定通りに口を挟んできたグラシウスに、
アリアは微笑みつつエリクの背荷物から麻袋を取り出し、
その中にある白金貨を一枚だけ摘み、軽く麻袋を振った。
グラシウスはそれに驚き、
リックハルトは僅かに表情を強張らせた。
「!?」
「……ッ」
「この中に白金貨が十枚、そして金貨が十枚あります。今回の取引分の金額ですよね?」
「な、なんで……」
「……その白金貨、確認させて頂いても?」
用意されていた金額にグラシウスは驚きを漏らし、
リックハルトは確認する許可を求めた。
それにアリアは、やや冷やかに言葉を返した。
「この白金貨が偽造された物だと、そうお疑いですか。リックハルトさん」
「……」
「正真正銘、マシラでも流通されている本物の白金貨と金貨ですよ。……私達は見せても構いません。ですが、この場で確認して頂きます。そして注意してくださいね。それを見ているのが、私とエリク、そしてケイルだということを」
「……ッ」
「ま、まぁまぁ。とりあえずは、見せてみろって」
すり替えを防ぐ為に釘を刺すアリアの言葉に、
リックハルトは視線を鋭くさせたが、
仲立ちしたグラシウスが冷や汗を掻きつつ場を纏めた。
用意された机の上でアリア達が持つ白金貨が広げ置かれ、
その場の全員が確認していく。
そしてグラシウスとリックハルトが確認し終わった時点で、
二人の表情が僅かに強張りと敗北感を強めた表情となった。
その中で口を開いたのは、アリアだった。
「どうですか。本物ですか?」
「……本物です」
「……偽造されたもんじゃねぇな。本物、だな」
「では、取引には問題ありませんね。話を進めましょうか」
少女らしく微笑むアリアの声に、
グラシウスとリックハルトは俯き気味に頷いた。
こうして取引は進められ、
用意されていた荷馬車と茶色の馬が引かれて来ると、
アリアはそれを見つつ確認した。
「……荷馬車の状態もそれなりに良いですし、馬も若くて健康的ですね。ええ、問題はありません」
「そ、そうか」
「……」
「取引は成立ですね。リックハルトさん、グラシウスさん。取引の場を設けて頂き、ありがとうございました」
微笑み感謝を述べるアリアに、
グラシウスは苦笑いを浮かべ、
リックハルトは頭を下げながらも僅かに歯軋りが聞こえた。
そうしてグラシウスの立会いの下、取引は終了した。
支払いは傭兵ギルド側を介さずに済んだ為、
手続きを行わなくて済んだグラシウスは、
昼食を終えてから仕事へ戻ると告げて逃げいく。
そして残った者達の中で、
先に口を開いたのはリックハルトだった。
「……やってくれましたね。アリア殿」
「何の事でしょう?」
「……いえ。今回はこちらの負けだと、素直に認めさせて頂きましょう。……ですが、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「……昨日、我が商会で経営する宝石店にて、希少価値の高い魔石を売りになられた老婦人がいらっしゃったそうで。その持ち込まれた魔石は、上級魔獣から取り出される魔石と一つ一つが同価値であり、魔石鉱山からも出土するのが稀な一品ばかりでした」
「そうなんですか。随分と気風の良い貴婦人がいらっしゃるんですね」
「……時にアリア殿。貴方の国、ガルミッシュ帝国のローゼン公爵家の領地には、広大な魔石鉱山が存在すると聞いています。ローゼン公爵領の莫大な利権や利益は、主にその鉱山から出土される魔石で賄われているとか」
「確かにそうですね。ローゼン公爵領の魔石は、帝国内では勿論、輸出国でも質が良い事を誇っていますから。それに帝国で普及された魔道具のほとんどは、ローゼン公爵領から出土した魔石が使われています。他にも様々な産業で利益は得ていますが、魔石の生産地として莫大な利益を得ているのは、事実です」
「……その持ち込まれた魔石というのが、どうやら帝国から輸入した魔石と品質が似ているとか」
「そうなのですか。まぁ、同盟国であるマシラにも幾つか魔石を輸出させてもらっていましたから、マシラの貴婦人が持っていても、不思議ではありませんね」
そうした会話をリックハルトと交わす中で、
アリアは余裕を持って返事をしていく。
むしろ質問した側のリックハルトの表情が渋くなり、
何かを決意したように俯き気味の顔を上げ、
アリアを真正面に見据えながら聞いた。
「……単刀直入にお聞きしても、宜しいですか?」
「どうぞ。答えられる範囲でなら」
「あの魔石。どのような手段で入手されましたか?」
「……」
「帝国のローゼン公爵領から出土される魔石には、他から輸入される魔石とは大きく異なる部分がある。それは、魔石としての質が良すぎるという事です」
「……」
「マシラは勿論、他国の鉱山等で出土する魔石は、鉱物内部に蓄積した魔力が様々な属性として交じり合っている場合が多く、手間の掛かる加工過程の中で一属性の魔力だけを可能な限り魔石内部に残し、魔道具に使用します。しかし、それ等の魔石は内部に存在する魔力の純度が低く、使用限度も耐久力も低い。……二十年程前の帝国から輸入していた魔石は、まさにそういった類の物ばかりだったはずです」
「……」
「しかし十数年前から。特に帝国のローゼン公爵領から輸入される魔石は、加工が施されていない原石にも関わらず、淀みも無く一種類の魔力で満たされた魔石として非常に純度が高い。それ等の中には、上級魔獣や王級魔獣から摘出される魔石のように数十年以上も使い続けられる魔石すら存在する。それ故にローゼン公爵領から輸出される魔石は通常の魔石より高額で取引され、同盟国であるマシラでさえ限られた数の入手しか望めない。……今回持ち込まれた魔石が、まさにそれです」
「……」
「あの魔石一つ一つが金貨で五千……いえ。それなりの場所で競られれば、一万以上の金貨が動く上質な魔石すら存在した。……あれほどの質と数の魔石をどのような手段で手に入れたのですか? そして、何故あれほどの格安で譲るような事をしたのですか?」
そう覚悟を決めて聞くリックハルトの言葉に、
アリアは無言のまま表情を薄め、首を傾げつつ話した。
「貴方も分かっているでしょう。リックハルトさん」
「……」
「あれは手付金代わりです。私達をマシラから大人しく出させて頂く為の、そして今後も私達が貴方達の商会と良好な関係を築く為の、保険金とも言うべきでしょうか」
「……まさか本当に、それだけの為にあれほどの希少魔石を……?」
「あんな魔石程度なら、幾つでも御渡しはできますよ」
「!?」
「だからこそ、あの魔石は手付金であり、貴方達に対する警告です。……私達の邪魔をすればどうなるか、闘士達の惨状を知っていれば、聡明なリックハルトさんなら御理解を頂けますよね?」
「……ッ」
「貴方達には御世話になりましたし、御迷惑も掛けました。あの魔石はそれに対する謝罪と謝意を込めた物であり、私達の今後を妨げず、私達の安全を保証させる為の手付金です。……これ以上、私達に……いえ、私に関わらない方が、貴方達の為ですよ?」
「……!?」
そう言い渡すアリアの言葉と表情を見て、
リックハルトは初めてアリアに対して悪寒を感じた。
アリアの表情は冷たく、
青い瞳の奥に深海の底が映るような錯覚が見えると、
リックハルトは思わず頭を下げて礼をし、
部下と共にその場を立ち去った。
アレに深く関わってはいけない。
関われば闇より深い青に飲まれ沈む事を、
商人としての勘が深入りを避けるように告げた。
こうしてリックハルト達が仕掛けた取引は完了し、
アリア達は無事に馬と荷馬車を得たのだった。




