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振り返らぬ覚悟


その日の夜。


下層と中層の間にある小道で、

宝石店へ訪れた老婦人が不自然に佇んでいると、

その場に二人の男女が近付いて来た。


その男女の姿は、傭兵であるアリアとエリク。


その二人が来た事を確認した老婦人は、

微笑みを向けつつ二人に話し掛けた。



「そっちはどうだったでしょうか?」


「お前の予想通りだったぜ。杖の査定は傭兵ギルドでは拒否された。拒否というか、査定に何日か掛けさせてくれってさ。即日の依頼も受けようとしたら断られた」



老婦人の言葉に返す言葉を向けたのは、

金髪碧眼のアリアだった。

しかし声色は同じにも関わらず、

普段とは違う口調で、やや荒っぽい印象に思える。


そんなアリアに、老婦人は微笑みつつ話を続けた。



「やっぱりそうでしたか。これで傭兵ギルドはリックハルトと手を組んで、私達が首都から出て行かせない為に金銭を得ないようにしているのは確定ですね」


「そっちの方は?」


「ええ。貴方達が囮になってくれたおかげで、ちゃんと売る事ができました。尾行は付きましたけどね」


「大丈夫か?」


「簡単に撒けましたわ。腕っ節が強い警備員は駐在させても、闇魔法の上級者や尾行のプロなど、前もって来訪を予期していなければ準備さえできないでしょうからね」


「そうだな。んじゃ、この杖は返すぜ。あと、その婆さん声やめろ」



含み笑う老婦人を見ながら、

荒っぽい口調のアリアは自分の持つ杖を投げ渡した。


老婦人はそれを軽く受け取ると、

杖を持っていたアリアの姿が途端に変化し、

金髪碧眼のアリアが赤髪のケイルに変貌する。

そして杖を持った老婦人の姿も変化し、

金髪碧眼のアリアの姿へと成った。


そうして互いに微笑みながら、

アリアとケイルは歩み寄って手と手を合わせ打った。



「作戦成功だな」


「ええ」



二人の女達が悪い笑みを浮かべる中で、

不思議そうにする佇むエリクは二人に問い掛けた。



「アリアとケイル。二人が姿を入れ換えて偽装する必要があったのか?」


「まぁね。傭兵ギルド側とリックハルト側は、私達を首都から出ないよう工作していた。それを前提として、私達が馬を購入できる資金を持っているはずがないと向こうが考えた時。姿が見える私と一緒に居るエリク。そして支払うと約束した姿の見えないケイル。どっちの動きを最も警戒する?」


「……ケイルか」


「そう。ケイルの姿が見えなければ、向こうはこう考えるわ。『ケイルが荷馬車と馬を購入する為の資金を調達するだろう』と。その為に人を動かしてケイルを探すはずよ。そして姿が見えてる私とエリクには、先に手を回して絶対に金を得ないように動くだけでいい」


「……つまり、どういうことだ?」


「偽者の(アリア)に偽装したケイルがエリクと一緒に居れば、向こうはこっちが本物の私だと思うでしょ? その隙を突いて、私が偽装して金策するの」


「……ふむ」


「向こうは、魔法が使えないケイルが姿を見せるのを警戒する。そして偽装魔法が出来る本物の私はノーマーク。しかも移動する人達が多い時期に、移動する為の資金繰りをする人は珍しくない。それを利用して相手の注意を別方向に逸らして襲う、即金確保の為の奇襲作戦というワケよ」


「……そ、そうか」


「あっ、分かってないわね」



アリアの話す説明にエリクは途中で思考を放棄し、

曖昧な返事をアリアに見抜かれる。

そんないつもの光景を見せられるケイルは、

軽い溜息を吐き出しつつ、アリアを見て話し始めた。



「どうやら、本当に復帰したみたいだな」


「?」


「少し前まで部屋に篭ってメソメソ泣いてたのが、嘘みてぇな変わりようだぜ」


「……あれが本当の私よ。ケイル」


「本当の、お前?」


「打たれ弱くて、すぐ泣いちゃうのが本当の私。気丈に振舞っている私は公爵令嬢だった頃の演技で、本当の私ではないのよ」


「……」


「……って言ったら、信じる?」


「いや、そんなワケねぇだろ。わざわざリックハルト傘下の店で物を売りに出す悪辣な根性を持ってる奴に、そんな可愛げがあるもんかよ」


「……ふふっ、そうよね」


「それより、今日一日お前のフリするのも疲れたし、腹が減った。どっかに食いに行こうぜ」


「そうね。私もお腹が空いちゃった」



アリアの冗談めかした言葉にケイルは呆れつつ、

そのまま小道を進んで表通りに三人は向かう。


アリアの傍に付き直したエリクは、

その後姿を見つつ、静かに呟いた。



「……無理を、していないか?」


「!」


「君の父親が生きているというのは、俺も分かった。だが、生きている状況は分かっていないし、無事なのか不明なのも変わらない」


「……」


「王国軍か反乱軍に捕らえられているから、父親が生きている。そういう可能性も、君なら考えているんじゃないか?」



それを呟くように聞いて歩くエリクに、

アリアは顔を向けずに静かに答えた。



「……例えそうだとしても、帝国側は既にお父様が死んだという情報を広めたわ。仮に王国側と反乱軍がお父様を捕らえていたとしても、お父様には既に人質としての価値は無い」


「どうしてだ?」


「お父様本人がもし捕らえられてるなら、自身を影武者だと言い張るでしょう。帝国側も王国側と反乱軍が捕らえたのは偽者であり、本物のお父様は死んだと言い張る。こうすることで、敵に有利な交渉条件を得られないようにするわ」


「……だが、もしそうなら。君の父親はどうなるんだ?」


「……」


「君の父親は、本当に死んでしまうぞ。……帝国には戻らなくていいのか?」



そこまで聞いた上で、エリクは今回の行動の本質を聞いた。


今回の資金騒動の裏でアリアが決めたこと。

それは帝国へ戻るという選択ではなく、

先に進み自身の夢と目的を果たす事だった。


改めて確認するエリクの言葉に、

アリアは呟くように返した。



「……今更、私が戻ってもしょうがないわよ。間に合わないもの」


「……」


「逆に私が戻ったら、事態の収拾が着かなくなる場合も十分に考えられるわ。余計に状況を悪化させてしまうかもしれない。それに、お兄様や伯父様の方でも、私が戻らない事を前提にした作戦は考え到ってるでしょ。だから、これでいいの」


「……いいのか?」


「……」


「君は、それでいいのか?」



エリクが再確認するようにアリアに問い、

その問いに秘かに唇を噛み締めつつ、

アリアは強い瞳を宿して答えた。



「私は、戻らない」


「……そうか。分かった」



互いに短くも静かに話しながら、

二人は少し離れて歩くケイルに案内され、

中層の食堂へ辿り着き、食事を食べて宿に戻った。


こうしてアリア達は荷馬車と馬の資金を調達した。

そして翌日の昼、傭兵ギルドへ取引を行う為に赴いたのだった。





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