立ち上がる
ケイルの願いで引き篭もるアリアの部屋に訪れた、
マシラ王とアレクサンデル王子。
思わぬ客人にアリアは驚きながらも、
父親の死で気落ちしているアリアにとって、
二人の訪問は嬉しさは生まれず、怪訝しか生み出さなかった。
「……なんでこの二人が、ここに来たの?」
「言っただろ。アタシの客だ」
疑問を述べるアリアに答えるケイルを見て、
アリアは三人の関係を思い出した。
「……そう、和解できたんだ。良かったわね、ケイル」
「分かったフリして、見当違いの誤解してんじゃねぇぞ」
「……誤解?」
「ウジウジずっと引き篭もってる奴がいるせいで、足止めされてるのに飽き飽きしてたんだ。それを解消できる人間に、依頼しただけだ」
「……まさか……」
「会って来いよ、お前の親父に。死者の世界でな」
ケイルの口からそう勧められた時、
アリアは驚きよりも僅かな怒りが沸いた。
それが口から零れ、否定を生んだ。
「……嫌よ」
「は?」
「そもそも私は、死者と交信する秘術を用いるのに反対なのよ。あの時は王様を連れ戻す為にしょうがなかったけど、私自身がそれを利用するなんて、お断りだわ」
「お前に拒否権は無いって言ったろ。ヒモ女」
「……それなら、私の杖をあげるわよ。この魔玉が付いた杖だけで、質に入れても金貨数千枚以上の価値にはなるわ。これでいいでしょ」
「現金払いしか認めねぇ。諦めろ」
「……じゃあ、奴隷にでも何でもすればいいでしょ。貴方のお姉さんみたいにね」
不貞腐れたアリアが目を逸らし、
敢えて逆撫でする失言を述べると、
ケイルは眉を顰めて拳を握り締めた。
殴るのだろうとアリアは予想しながらも、
一向に飛んでこない殴打にアリアは不思議に思い、
ケイルの方を改めて見た。
ケイルはただ静かに睨みながら、
視線を合わせたアリアに厳しい口調で告げた。
「甘えんじゃねぇよ。貴族の御嬢様がよ」
「……違うわ。私はもう……」
「今のお前が何処に居ても、貴族の御嬢様に変わらねぇんだよ。例え家から出ても、傭兵になっても、奴隷になっても。誰かに甘え続けてる限り、お前は一生、貴族の御嬢様から抜け出せねぇんだ」
「……」
「甘えるなら親や使用人に甘えろ。仲間のアタシやエリクに甘えるんじゃねぇ。貴族の御嬢様だと言われるのが嫌なら、さっさと独り立ちしやがれ」
厳しい口調でそう告げるケイルの指摘に、
アリアは何も返せず黙るしかなかった。
今のアリア自身、
ケイルとエリクに甘えている事を自覚していた。
そして何も言わず待ってくれている二人に甘え、
今の状態を継続したいという秘かな期待さえ生まれていた。
そのアリアの甘えと期待をケイルは切り捨て、
次に進むように強要する。
そうするのが当たり前だという事を自覚しながらも、
それでもアリアは無言で首を振って拒否した。
「……それでも、嫌」
「嫌じゃねぇんだ。やれって言ってるんだよ」
「嫌!」
「やれ!」
「なんで、なんでよ。私がこうしてる理由は、ケイルだって分かってるでしょ!?」
「分からないね!」
「!?」
「でも奇遇だな。アタシも唯一の家族だった姉貴が死んだと聞いたのは、ついこの間でね。で、アタシはお前みたいに引き篭もったか?」
「……」
「お前等が暴走した後始末で手一杯で、姉貴が死んだことを悲しんでる暇すら無かったけどな」
「……ッ」
「自分のせいで親父が死んだくらいで、ピーピーと泣き言漏らして引き篭もってるお前の気持ちなんて、アタシは理解できねぇし、したくもねぇよ!」
怒鳴りながらアリアの胸倉を掴み、
厳しく告げたケイルの言葉に何も返せず、
そのまま胸倉から手を離したケイルは、続けて話した。
「いい加減、親父と向き合えよ」
「……」
「アタシは姉貴が死んだ事は、別にどうでもいいと思ってる。だが、最後まで姉貴と向き合わなかった事に、後悔はある」
「……」
「そうやって、死んだ親父とも向き合わずに甘えたお前を見てると、いい加減にキレそうなんだよ。……自分で向き合えないってんなら、無理矢理にでも向き合わせる。これがアタシのやり方だ」
立ち止まり続けるアリアを敢えて突き離し、
ケイルは進むように強要した。
そのやり口は褒められるものではなく、
強要する理由もケイルなりの短慮が見える。
しかし、今のアリアに最も有効な手段として、
確かにケイルの策は効き目をもっていた。
アリア自身を追い詰めること。
それがケイルなりのアリアの立たせ方だった。
沈黙してしまったアリアと、
突き放して追い詰めるケイルの会話に、
傍で聞いていたマシラ王が加わった。
「話に入っても、大丈夫かな?」
「……」
「どうぞ。こいつに言いたい事は、もう言い終わったので」
ケイルはそう言ってマシラ王を部屋の中に入れ、
立ち尽くすだけのアリアの前にマシラ王が立った。
そしてそのまま、マシラ王は自身が望む話をした。
「アルトリア姫。敢えて姫と呼ばせて頂く事を、許してほしい」
「……」
「今回、私がリディア殿の……ケイル殿の依頼を聞いたのは、彼女が私の愛した女性の妹だから、という理由もある。いや、それが最も大きい」
「……」
「しかし、ベルグリンド王国とガルミッシュ帝国の戦争での結果が、我が国に及ぼす影響も考えているからこそ、依頼を受ける責務を私に生んだ。……クラウス殿。貴方の父君であるローゼン公爵は、盟友ゴルディオス皇帝陛下の弟。そして帝国の剣であり盾である公爵が死んだ事で、マシラにも多かれ少なかれ影響を与えるだろう」
「……」
「元老院はケイル殿の今回の申し出を、正式に私が受ける事を認めた。ローゼン公爵の娘である君と接触して死んだローゼン公爵と交信し、詳しい情報を直接尋ね、我が国の為に検討したい。……恩もあり、父上を亡くしたと聞いて悲しむ君には勝手で申し訳ないが、君の血の繋がりを利用し、亡くなったローゼン公爵との交信を果たさせてもらいたい」
「……」
「もし意に沿わぬなら、魂までの道案内まででいい。ローゼン公爵との話は、私だけが行おう。彼女のように無理強いはしない」
「……」
「これはマシラ共和国政府と、マシラ王ウルクルスから君に対しての依頼でもある。……アルトリア姫。協力を、してくれないだろうか」
マシラ王自身が頭を下げ、
ローゼン公爵と交信する為の協力を頼んだ。
アリアは顔と視線を逸らしながらも、
それを聞いて唇を噛み締める。
王自身が個人に対して頭を下げて頼むというのは、
同じく王族だったアリアにも意味の重大さは理解している。
それほどガルミッシュ帝国の敗北は驚愕で、
マシラ共和国にとって予想外もしていない事であり、
反乱が起きた事や勝利したベルグリンド王国の今後の動きに、
注意を払いたいという事なのだろう。
国の存亡に関わる情報を得る為に、
マシラ王が自ら頭を下げるという事態を、
アリアは正確に理解して読み取っていた。
だからこそアリアには逃げ道が無くなり、
再び死者の世界に赴き、
父親の魂と交信する道しか残されていなかった。
唇を噛み締める事を止めたアリアが、
改めて口を開いた。
「……分かりました」
「!」
「協力はします。……協力、だけは」
「……協力を感謝する、アルトリア姫。そこの机を、貸してもらうよ」
下げた頭を上げて感謝を述べるマシラ王は、
部屋の隅に置かれた机を目にし、
アレクサンデル王子を伴いながら机に向かう。
秘術の準備を行い始めたマシラ王を他所に、
ケイルは睨むようにアリアを見ながら、敢えて言った。
「いい加減に立てよ」
「……立ってるじゃない」
「じゃあ、次は歩け。先に行くか、戻るかを選んでな」
「……」
「付き合ってやるから、進むか戻るか、お前が選べ」
「……」
「エリクも、お前が選ぶなら付いて行くってよ」
「……」
「お前が選ばなきゃ、アタシ達はずっと立ち止まったまんまなんだ。……少なくとも、ここまでエリクを連れて来た責任は果たすんだな。御嬢様」
「……」
そう言い放ったケイルは部屋の壁に背中を預け、
マシラの秘術が行われるのを静かに待った。
マシラ王は持ってきていた羊皮紙に何かを書き、
書き終わった後にアリアを呼んだ。
「アルトリア姫」
「……なに?」
「私達の秘術には、術者が行う魔法の構築式とは別に、対象者の血縁である被術者の少量の血と、血縁者が記載する対象者の名前が必要なんだ。その名が刻まれた対象者の魂へ、術者と被術者が辿り着く為にね」
「……」
「ここに御父上の名前を書いた上で、その娘である君自身の血判が欲しい。頼めるだろうか」
「……分かりました」
憮然としたアリアがマシラ王の指示に従い、
父親のフルネームを魔法文字が施された羊皮紙に記載し、
予め用意されていた小さなナイフで指の先を切った。
僅かに血液が出ると、それを羊皮紙に押し当て付ける。
こうして準備が整えられ、
マシラ王は王子と視線を合わせるように身を屈め、
優しく王子の左手に触れた。
その上でマシラ王の背中が仄かに光を発し、
その背中に円形陣の魔法陣が浮き出た。
それに反応して王子の左手に魔法陣が浮かび上がる。
描かれる魔法文字は異なりながらも、
互いに反応を示す魔法陣を見て、アリアは呟いた。
「……それが、本当のマシラの秘術ということね」
「ああ。私達マシラ血族の秘術を君が模倣したとゴズヴァールから聞いている。君が羊皮紙に描いた魔法構築式も見た。どうだい、別物だろう?」
「……そうね。実際に見ると、別物だわ」
「この秘術は親から子へ、そして子は次の子へ継承し続ける。二人の秘術継承者がいてこそ発揮される、血を契約とした共鳴魔法だ」
「……」
「君の場合、それを単独で行い帰還まで成し得た。……ゴズヴァールからそれを聞いた時、私は君が恐ろしかったよ。アルトリア姫」
「……」
「でもそれ以上に、君に感謝もしている。……改めて、御礼を言わせてもらおう。ありがとう、と」
「……」
そう感謝を述べるマシラ王に、
アリアは何も返さず、ただ黙って目を逸らした。
マシラ王は苦笑を浮かべつつも、
秘術の準備を続行する為に立ち上がり、
書き込んだ羊皮紙に手を乗せ、
自身も指を切り血液を付着させた。
そして羊皮紙の魔法陣が、
マシラ王の背に刻まれた魔法陣と、
王子の左手に浮かぶ魔法陣に反応し、
三つの魔法陣が共鳴して黄色の光を放ち始めた。
それを確認したマシラ王は、
改めてアリアに顔を向けた。
「完成だ。これで死者の世界へ赴く準備は出来た」
「……」
「後は椅子や床に座り、被術者に触れた状態で術者である私が伴い、死者の世界への門を潜る。君達は私を数年ほどの時間を掛けて探索したそうだが、この術は死者の世界での探索を無くし対象の魂の下へ直接、導ける」
「……」
「帰り道は、我が子が築いてくれた。……さぁ、適当な場所に腰掛けて」
そう勧めるマシラ王に、
アリアは憮然としたまま従った。
ベットに座ったアリアを確認すると、
輝く羊皮紙を持ちつつ椅子を持ったマシラ王は、
アリアに近付き椅子に腰掛け、アリアの手に触れた。
「それじゃあ、死者の世界に入る。準備はいいかい?」
「……どうぞ」
「それでは、行くよ。――……『墓守たる我が血を持って門を開け、墓守たる我が紋を刻む。輪廻を紡ぎて辿り、我が身と英霊を導きたまえ』――……」
瞳を閉じたマシラ王は魔法の詠唱を開始する。
複数の節を詠唱し続け、最後に魔法名を唱えた。
「――……『輪廻に導きし防人』」
その瞬間、全ての魔法陣が輝きを強めた。
室内を魔法の光が満たし、
マシラ王の全身に魔法文字が浮かび上がる。
ケイルは目を見開きつつ傍観し、
諦めるようにアリアは瞳を閉じた。
こうしてアリアはマシラ王と共に、
死者の世界へ再び訪れたのだった。




