訃報
アリアとケイルの勧誘に失敗したグラシウスは、
話題を切り替えつつ話を進めた。
「まぁ、この話はここまでとして。何か用があって来たのか?」
「グラシウスさんとリックハルトさんが、私達を擁護してくれたと聞いていたので、その御礼の挨拶に」
「そうか。まぁ、擁護と言っても事実を言っただけだがな。……実は今回の件、一歩間違えば傭兵ギルドが潰されかねん状態だったんだ」
「それは、そうでしょうね」
「傭兵ギルド所属のお前さんが王子誘拐犯に加わってたとしたら、政府連中は傭兵ギルドに対して政治的制裁を容赦なく課しただろうな。そういう意味ではギルドマスターの俺は、お前等を擁護せざるをえなかった。でなきゃ、共倒れしそうだったからな」
「リックハルトさんは、どうして?」
「向こうは向こうで、アリア嬢達との関わりがあるからな。二人を首都内に入れた張本人がリックハルトだ。王子誘拐とは無関係で、誘拐犯とはグルではないっていう身の潔白を証明する為には、証言台に立つしかない。大商人としては、マシラ政府側に弱味を見せるワケにはいかなかったんだろ」
「そうですね……」
「……という感じの事を言われて、第四席ケイティルに脅されたんだ。俺等はな」
「そうだったの、ケイル?」
「……まぁな」
グラシウスが述べる関与の裏事情に、
アリアは軽く驚きながらケイルを見た。
権力を用いた説得での協力ではなく、
危機感を煽り立てる脅迫で二人を動かした事を、
アリアは意外と思いつつも、不快には思わない。
恐らく自分が同じ立場であれば、
グラシウスとリックハルトに対して同じ事を行うだろう。
そう思う気持ちがあるからこそ、
アリアは納得して心の中でケイルに感謝した。
そんなアリアに気付かず、グラシウスは話を続けた。
「それで結局。元老院と政府連中は今回の件で出した結論は、俺やリックハルトに御咎め無し。ただ、今回の件で負傷した兵士の医療費や王宮の修繕費を傭兵ギルドから支払う事と、今回の事件の情報を傭兵ギルド側から公開しない事を条件に、政治的制裁を加えないと提案して手打ちにしてきた。お前等、何かやったのか?」
「さぁ。私は捕まっていて、何が何やらサッパリです」
「アタシも、何も知らないね」
「……何か知ってるって面してんぞ。まぁ、いいか。とりあえず、揉め事はもう勘弁してくれよ」
「はい、申し訳ありません。以後は気をつけるようにします」
そう言葉で釘を刺すグラシウスは、
知らぬ顔を貫き通す二人を見ながら念押しした。
そのグラシウスに素直に謝罪をしたアリアは、
もう一人の挨拶をすべき相手の事を聞いた。
「リックハルトさんにも挨拶をしたいのですが、今はどちらにいるか知っていますか?」
「リックハルトなら、今頃は大忙しだろうな。規制が解けて制限されてた荷の移動や人員の移動ができるようになったからな。しばらくは顔を見せないかもしれん」
「そうですか。頼みたい事があったので、お願いしようとも思っていたんですけどね」
「頼みたいこと?」
「荷馬車と馬を購入できないかと思いまして」
「荷馬車と馬って……。お前等、首都から出て行くのか?」
「はい。戻ってくるエリクの状態次第ですけど、私達はマシラ共和国から出ようと思います」
「そりゃ、まぁ。考えればそうか。こんだけ騒動起こした国には、居座り辛いわな」
「それもありますけど、私達は私達が目的とする事があるので。その目的とマシラ共和国は、合致しないみたいです」
「そうか。まぁ、出て行くんなら止めようとは思わんさ。傭兵は自分の命を糧にして生きる仕事だ。死ぬ時まで、自分が思うまま気侭にやればいい」
「はい、そうします」
「リックハルトには、馬車と馬の件は俺から伝えておく。今の時期だと値は張るだろうから、覚悟しとけよ」
「分かりました、ありがとうございます」
そうグラシウスが傭兵の生き方について話し、
アリアは頷いて自分の行動を推していく事を選んだ。
そうした会話の中で、グラシウスはアリアに聞いた。
「そういえば、エリクの方はいつ戻ってくるんだ。地下監獄なら首都までは、馬車を使って半日くらいだが」
「今日の夜には首都に到着するみたいです。ケイル、中層の入り口から来るのよね?」
「ああ。しばらく泊まれる宿は中層に借りてるから、エリクを迎えに行って、そこでしばらく様子見だな」
「そうね。エリク、ガリガリに痩せてなければいいけれど」
「一応、健康上は問題無さそうだとは聞かされてるがな」
グラシウスの質問から、
アリアとケイルは話を始めていく中で、
部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
それが聞こえたグラシウスは、
扉を見ながら声を掛けた。
「入っていいぞ」
「――……失礼します。ギルドマスター、報告が……」
入って来たのはギルド職員の男性であり、
神妙な表情を見せる職員の顔に気付いたグラシウスは、
席を立って職員の近くまで歩み寄った。
「どうした?」
「それが――……」
「――……それは本当か?」
「はい。向こうのギルドからの連絡で、確かな情報だと……」
グラシウスが職員と神妙な表情を話し始めた事に、
ケイルとアリアが共に気付く。
その時、グラシウスが驚きの顔と共に、
アリアの方へ視線を向けた。
「……」
「何ですか?」
その視線に気付いたアリアは、
グラシウスに対して視線の理由を尋ねた。
そのグラシウスは少し考えるように目を伏せ、
軽く首を振りつつも、
男性職員を下げさせて扉を閉めた。
無言のまま顔を背けているグラシウスに、
アリアは嫌な予感を感じ、訝しげに聞いた。
「どうしたんですか。また私の事で、何かあったんですか?」
「……いや。お前さんの事ではないんだが……」
「まさか、エリクですか?」
「エリクの方でもない。ただ、ちょっとな……」
「何ですか、はっきり言ってください」
「……」
尋ねるアリアにグラシウスは苦心の表情を浮かべ、
幾度か悩むような視線と口の動きを見せつつ、
最後に大きな鼻息を吐き出しながら、
アリア達の方へ身体を向けた。
「……ベルグリンド王国とガルミッシュ帝国の戦争に関する情報が入った」
「!」
「戦争の勝敗が、決したそうだ」
「えっ、もう……!?」
驚いたアリアは立ち上がり、
心の中に自然と浮かぶ言葉を漏らした。
「それで、帝国は王国に勝ったんですよね」
「……」
「……え?」
予想していた自国の勝利を尋ねる言葉に、
グラシウスは言葉を返さず、ただ黙っていた。
帝国の勝利を信じて疑っていなかったアリアは、
この時に初めて、脳裏に過ぎらなかった結果が浮かんだ。
それを肯定するように、グラシウスが教えた。
「ガルミッシュ帝国は戦争中に内乱が起きて、そのままベルグリンド王国に敗れたらしい」
「……嘘……」
ガルミッシュ帝国の敗北。
その情報はアリアには信じられず、
否定しながら首を横に振る。
そのアリアの否定こそを否定して首を振り、
グラシウスは続きを話し始めた。
「そして、帝国軍を率いていた将軍……」
「……嘘よ……」
その続く言葉を予測してしまったアリアは、
首を横に小さく振りながら否定した。
しかし、その否定は無意味なものだった。
「ローゼン公爵が、戦死したらしい」
この日、アリアは父親が死んだ事を聞かされた。
そして、生まれた国が敗北した事を告げられた。
その時、今までどんな逆境にも諦めず支えていた、
アリアの心の中にある何かが折れる音が、
アリア自身に聞こえた気がした。




