対立仲間
老婆の家を出たケイルは、貧民街の中を走り抜ける。
自身の姉レミディアの話を聞き、
様々な感情が入り乱れる思考の中で、
ケイルはその思考から逃れる為に走り続けた。
人が溢れる通りを突破し、
裏道を走り抜け、無我夢中で走り続ける。
そうして下層の中を走りながら、
ケイルが辿り着いた終着点は路地裏の隅。
その壁に自身の握った拳を打ちつけ、
何度も何度も壁に打ち付けながら、
ケイルは血が滲むまで壁を殴り続けた。
そのケイルに追い付いたアリアは、
ケイルが壁を殴り終わるまで、静かに待った。
右拳の次は左拳。左拳の次は膝。
そうして壁を殴れる部分で全てを殴り、
最後に額を壁に打ち付け、ケイルは止まった。
「……気は済んだ?」
「クソッ、クソッ……!!」
アリアのその問い掛けに気付かないのか、
悪態を吐きつつケイルは響くように叫び吐いた。
そのケイルにアリアは静かに歩み寄り、
打ち付けた拳と膝、そして額から流れる血を見た。
「ケイル、傷を見せて。治すわ」
「……余計な事、すんじゃねぇよ」
「仲間が傷付いているのに、放っておけるワケがないでしょ」
「うるせぇよッ!!」
アリアが血を流す拳を触った瞬間、
それを払い除けたケイルは怒鳴り声をアリアに向けた。
「テメェに何が分かるってんだよ、貴族の御嬢様がよッ!!」
「……」
「アタシはあの人が、アタシを置いてどっかに逃げたんだと思ってた、ずっとだッ!!」
「……」
「それがなんだよ。アタシの為に果物を盗んだ、それで捕まって犯罪奴隷になっただと……。……ふざけるなよ。アタシを言い訳にしてんじゃねぇよッ!!」
「……」
「そんなもん、アタシは頼んでねぇんだよッ!!」
そう怒りを吐き捨てるケイルの叫びに、
アリアはただ黙って聞いていた。
誰に対して向ける怒りなのか、
ケイル自身にも理解できないまま、
感情を吐き捨てて悪態を零すケイルは、
大きく壁を拳で叩き、怒りが篭る声で話し始めた。
「……アタシ達は元々、遊牧民として暮らしてたんだ」
「……草原で農牧や狩猟をしながら生きる人達のこと?」
「ああ、そうだ。……でも、アタシが生まれて少しした後、自然災害で飼ってた家畜が全部死んで、食えそうな獲物も全部いなくなって、アタシ達は次の日すら生きる事が難しくなってきた……。だからアタシ達の親達は住んでた土地を出た。けど、何処もアタシ達を受け入れる土地は無かった。……だから、アタシ等の親達は、他の土地で荷馬車を襲った」
「……難民に、そして盗賊になったのね」
「けど、運悪く始めに襲った馬車を護衛してたのが、強すぎた。……男はほとんど殺されるか囚われて、女子供も逆に捕まって奴隷にされた」
「……」
「アタシとあの人はそれから逃げ出して、町に入り込んで隠れてた。こんな路地裏で暮らして、残飯やゴミを漁って生きてた……」
「……」
「そして、あの人はいなくなった。取り残されたアタシは、生きていく為に強くなった。……そして、ここに辿り着いた」
「……」
「来てみたら、あの人はいた。しかもそれが王子の愛人になってて、始めはキレてたよ。アタシを捨てて王子の愛人になって、さぞ幸せだったろうな。……ってね」
「……」
「……アタシは、どんな理由でも。あの人を許さない。許すつもりなんて無い……ッ」
最後にもう一度、ケイルは壁を拳で叩いた。
壁が欠け落ち地面に零れると、
ケイルは涙を流しながら歯を食い縛っていた。
そんなケイルに、アリアは伝えた。
「……許さなくて、いいんじゃない?」
「……」
「別に貴方のお姉さんだって、許されたいなんて思ってなかったんでしょ」
「……なんだって?」
「もし許されたいと思っていたなら、貴方が妹だと知ってた時点で、何がなんでも謝ろうとしたはずよ。でも、貴方の事も自分の事も話さず、他人として接していた。……あのお姉さんは、それで満足だったんでしょう」
「……」
「ケイル、貴方はお姉さんを許さなくていい。貴方のお姉さんは、自己の満足に満たされながら死んだのよ」
「……ッ」
「……人間が生きる糧って、食事を食べたりする事や、喜びと幸せもあるけれど、憎しみや怒りも必要よ。……貴方のその怒りが、貴方の生きる糧なのだとしたら。それを消してまで、お姉さんを許す必要は無いわ」
そう言い放つアリアの言葉に、
ケイルは驚きながら横目を向けて聞いていた。
そこまで聞いたケイルは涙を流す瞳を閉じ、
服の袖で涙を拭いながらアリアに対して向き合った。
向き合う二人の中で口を開いたのは、アリアだった。
「そういえば、貴方に伝言を預かってたのよ」
「……伝言?」
「貴方のお姉さん。レミディアさんから」
「!?」
「マシラ王を死者の世界から連れ戻す時に、一緒に居たのよ。その時に、妹に伝言を伝えてくれって頼まれたの。伝えておくわ」
「……」
「ごめんなさい、だって」
「……」
「この言葉の意味を今更ながら考えると、貴方を置いてきてごめんなさい。という意味よりも、知っている事を黙っていてごめんなさい。という意味だったんでしょうね」
「……ッ」
「さっきも言った通り、私は許さなくてもいいと思うわ。……その怒りが、これからの貴方に必要ならね」
そう教え話すアリアの言葉に、
ケイルは憮然とした表情で顔を背け、
大きく溜息を吐き出しながら呟いた。
「……あぁ、痛ぇ……」
「治す?」
「……ああ」
血を流すケイルの拳と膝、
そして額に治癒魔法を施したアリアは、
鞄に入れていた布で身体に残る血を拭い去った。
血と怪我が無くなったケイルは、
改めてアリアに向き直り、こう告げた。
「やっぱりアタシは、アンタが気に入らない」
「……」
「何でも分かったような顔をして喋るお前が、気に入らない」
「そう……」
「……だから、お前なんかに絶対に負けたくねぇ」
「?」
「絶対にお前から、エリクを引き剥がしてやる。覚悟しとけよ」
「……それって……」
そう告げて憮然とした顔で歩み始めるケイルは、
路地裏を出て表に出た。
アリアは横を通り過ぎるケイルを見ていると、
赤毛を弄るように頭を掻きながら喋った。
「……それで。これからどうするんだよ?」
「えっ。……あ、ああ。傭兵ギルドに行こうかしら。グラシウスさんに、庇ってくれた御礼をしておかないとね」
「そうかよ」
そう聞いて呟きながら歩き始めたケイルに、
アリアは僅かに口元を微笑ませながら、
後を追うように歩き始めた。
そして横並びをして歩きつつ、
アリアはケイルの横顔を見ながら話した。
「私ね、ケイルのことを気に入り始めたわ」
「は?」
「だって貴方、思ってたより真っ直ぐな人なんですもの」
「……それ、絶対に褒めてないだろ」
「褒めてるわよ。真っ直ぐな人、私は好きよ?」
「お前は頭も腹の中も、捻くれてそうだもんな」
「そうね、私はもう曲がっちゃってるわね。……だからかしらね。真っ直ぐな人って、憧れるわ」
「……なんだよ、気持ち悪いぞ。お前」
「気持ち悪いって……、酷くない?」
「らしくもないこと言ってるからだろ。さっさと傭兵ギルド行くぞ」
「そうね、行きましょうか。……あ、そうだ。ケイル」
歩きつつ思い出したような表情をしたアリアは、
会話を終えた直後に再びケイルに話し掛けた。
それに呆れつつ、ケイルは横目でアリアを見た。
「なんだよ。まだ何かあるのかよ」
「別に私から取らなくても、エリクならあげるわよ」
「……は?」
「エリクのこと、好きなんでしょ。そういう意味でなら、エリクと貴方が一緒に居ても文句は無いわよ?」
「……おい。なんだこの話?」
「貴方がエリクと結ばれる分には問題は無いの。旅の途中でエリクを押し倒すなりしたら良いじゃない。大丈夫、ちゃんと気付いてないフリしてあげるから。あ、でも興味あるから少しだけ見てて良い?」
「やめろ。真顔で聞くな、生々しい」
「英雄には相応しい英傑の奥様が必要でしょ。良いじゃない、エリクと結婚しても文句は無いわよ。あっ、でも私の護衛は止めさせないから、そこは譲ってね?」
「……お前、エリクをどうしたいんだよ?」
「前にも言ったでしょ。エリクには英雄になってもらうの。私が導いてね」
「その英雄にするってのが理解できねぇ。具体的にどうするか計画でもあるのかよ」
「今はまだ無いわね。エリクには知識をいっぱい覚えてもらうことが先決だもの。英雄になってもらうのは、しばらく先ね」
「……お前、実はただの馬鹿だろ」
「失礼ね。私は天才よ」
「あー、そうですかそうですか。天才と馬鹿は紙一重って言うもんな」
「天才のやってる事は凡人には理解できてないって意味でしょ。それ」
「……」
「?」
「やっぱお前の事、嫌いだわ」
「そんなことより、どうしてエリクを好きになったか聞かせてよ!」
「絶対に、お前には教えねぇ」
「えー、なんで!?」
そんな会話をしながらアリアとケイルは下層の町を歩み、
中層へ登って傭兵ギルドを目指した。
こうしてケイルは過去の因縁に縛られず、
現在へ到る道を歩み始めたのだった。
『虐殺者の称号を持つ男が元公爵令嬢に雇われました』
ご覧下さりありがとうございます。
今回で南国編第三章は終了となります。
次回から第四章、南国編の終わりとなります。
誤字・脱字・今回の話での感想があれば、
是非ご意見頂ければと嬉しいです。
評価も貰えると嬉しいです(怯え声)
ではでは、次回更新まで(`・ω・´)ゝビシッ
この物語の登場人物達の紹介ページです。
キャラクターの挿絵もあるので、興味があれば御覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n1724fh/1/




