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血の繋がり


今回の事件にアリアを介入させる事を企てた老婆は、

アリア自身が聞かせる話を黙って聞きながら、

俯き気味だった顔を上げ、アリアに視線を合わせた。


そして、老婆は全てを認めた。



「……そうさね。私が、アンタ達を巻き込んだのさ」


「そうですか」


「……それで。アンタ達は私をどうするつもりだい。闘士に突き出すのかい。それとも、殺すのかい」


「私は、そんな事をするつもりはありません」


「じゃあ、なんで……?」


「私は、私自身の推論が正しいかを確認をしたかっただけです」


「!?」


「そもそも貴方が仕組んだコレは、誘導は出来ても賭けの要素が強すぎるものだったはず。私が彼等と遭遇する確率そのものが、低いんですから」


「……」


「今回の件で貴方が罪に問われるべき事があるとしたら、地主の管理者としてこの区域に彼等を入り込ませたまま、放置していた事くらい。私が巻き込まれた事に関しては、私自身の運が悪すぎたというだけです。家を借りた一日後に、彼等を見つけてしまったというのが、そもそもの私の運の無さなんですから」


「……」



自身の不運が今回の事件に巻き込まれた原因であり、

老婆が考え誘導した事が原因ではないと、アリアは述べた。


それを聞いた老婆は顔を上げて背中を椅子に預け、

短くも深い溜息を吐き出した。

そんな老場に向けて、アリアは改めて聞いた。



「この件に関して、私は貴方に謝罪してほしいとは思いません。けど、一つだけ聞きたい事があるんです」


「……なんだい?」


「貴方が、アレクサンデル王子を看病した理由です」


「!」


「少なくとも、病気が感染し咳の症状が見えた時点で、あの子は貴方に病気を感染させてしまった事を悟り、貴方の下から去ったはず。症状が見えるまでの間、貴方があの子を保護し続けていた理由が、私は知りたいんです」


「……」


「答えられなければ、答えなくて平気です。気まぐれとでも言って頂くだけでも大丈夫です。……ただ、私を巻き込んでまであの子の状態を好転させようと考えた貴方の、本当の真意が知りたかったんです」


「……」


「答えては、くれませんか?」



そう促しながら聞くアリアに、老婆は沈黙を続けた。


しばらく待っても喋らない様子の老婆に、

アリアは諦めたように首を僅かに横に振り、

その場から立ち去ろうと動いた。


その時に、老婆が話し始めた。



「……あっちの椅子を、持ってきて座りな」


「!」


「少し長話になる。老人の長話にゃあ、立ったままじゃ辛いだろう」


「……はい、分かりました」



アリアとケイルは老婆の言葉を受け、

隣の部屋から木椅子を持ち込み、椅子に座った。

互いにも音も少なく丁寧に座ると、

老婆は一度だけケイルの顔を見た。



「……ケイル、アンタは似てるね。あの子に」


「……?」


「十五年くらい前かね。私はとある奴隷を引き取ったのさ。レミディアっていう、犯罪奴隷の女の子をね」


「!?」


「私の身の回りの世話と一緒に、読み書きを教えて、数字の計算を教えて、仕事を手伝わせてた。良い子だったんだよ。あの子は……」



老婆の口からレミディアの名が出た瞬間、

アリアとケイルは驚きのあまりに固まった。

互いが互いに、その名の人物を知っていたからだ。



「そして、十年くらい前かね。お忍びで下層に来ていたマシラの王子……今のウルクルス王が、あの子に一目惚れしちまったんだ。あの子をどうしても王宮で自分の側仕えにしたいって、王子が駄々を起こしてねぇ。あのゴズヴァールまで連れてきたんで、仕方なく奴隷の契約書を売り渡して、あの子を王宮に上げたんだ」


「それは……最低ですね」


「だろう?」



それを聞いたアリアはそう素直な気持ちを吐露し、

アリアの言葉に老婆が同意した。



「ただ、王宮に上げられてからも。時々あの子は、私のとこまで来てたんだ。休みの日にね」


「……何をしに?」


「手伝いさ。良くしてくれた私に、少しでも恩を返せればってね。健気で優しい子だったよ。……息子夫婦に先立たれた身としては、あの子は孫娘みたいなもんだったさ」


「そうなんですか……」


「そして、五年前かね。あの子がここに、来なくなったのは……」


「……アレクサンデル王子を、宿した頃ですね」


「ああ。それから少しして、王子が生まれたって話がここまで届いてね。母親はあの子だろうと、そう思った。来れない理由も納得した」


「……」


「でもあの子が、レミディアが出産で体力を落として、病を患って死んじまったと聞いたのは、今から一年くらい前だった」


「……」


「私は、孫娘を失った気持ちになって落ち込んじまったよ。……そんな時だ。先月の中頃くらいに、あの男の子が家の近くで熱と咳を出して倒れてたんだ」


「それが、アレクサンデル王子だったんですね」


「そうだよ。私は一目見て、この子が王子だと気付いた。髪はウルクルス王の色合いだったし、顔立ちはレミディアに似ていたからねぇ」


「……だから、あの子を匿い、看病をしたんですね」


「そうさ。でも、あの子もレミディアに似ちまって、優しかったんだろうね。私が咳を貰った事を知って、あの子はいなくなっちまった。私はあの子を探したら、あの兵士と役人があの子を捕まえて抱えながら、この区域に隠れて住んでいる事に気付いたのさ」


「……そうでしたか」



老婆は全てを話し終えた上で、

改めてアリアに顔を向け、頭を下げた。



「……アンタには、迷惑を掛けちまったね」


「いいえ。先ほども言った通り、私の運が悪かっただけです」


「……そうかい。なら、そういう事にしてもらえると、助かるねぇ……」



そうアリアに謝罪した老婆は、

今度はケイルに向けて顔を向けた。

顔を向けられたケイルは視線を下に逸らしつつ、

手を握りながら何かに耐えているようだった。


そのケイルに、老婆は話し始めた。



「……ケイル。アンタ、本当はリディアって名前じゃないかい?」


「!!」


「顔立ちが似てるから、すぐに分かったさね。……あの子がよく言ってたんだ。自分には妹がいるって。いつか、妹に謝りたいってね」


「……ッ」


「あの子が犯罪奴隷になった理由はね。妹が寝ている時に、甘い果物が食べたいってうわ言を呟いて泣いてたんだとさ。……だからあの子は、妹に食べさせる為の果実を盗んだんだ」


「!?」


「それで捕まった。妹まで犯罪奴隷にしたくなかったあの子は、妹の事を黙って、自分だけ犯罪奴隷に墜ちた。あの子はずっと気に掛けてたよ。置いてきてしまった妹のことを。アンタの事をね」


「……」


「そして、丁度あの子が王宮に上がった後。ケイル、アンタがここに部屋を借りに来た。……驚いたよ。あの子に似た顔立ちと赤髪の女の子が、剣を抱えてここに来た時はね」


「……」


「それから、休みの日に来たあの子に教えたのさ。妹かもしれない子が、ここに来て部屋を借りたってね」


「……教えたのか!?」


「ああ、教えるさね。その時のあの子は、驚きながら教えた家の場所に行って、確認してきた。そして家から出るアンタの顔を見た。妹だ、間違いない。そう言って泣いていたよ」


「……!?」


「でもあの子は、アンタに会いに行こうとも、尋ねようともしなかった。なんでかと聞いたら、こう言った。……妹はきっと、自分を憎んでいるだろう。そして、奴隷の自分が姉だと告げても、今の妹に迷惑を掛けちまうってね」


「……まさか、まさかそんな……」


「アンタが王宮に腕利きの剣士として雇われて、変な仮面を着けて素性を偽りながら衛士をしているのは、あの子も知ってたのさ。知ってた上で、あの子はアンタが妹だと知っている事を隠して接していた。……そういう事なんだよ」


「……ふざけんな」



老婆が語る姉レミディアの事を知ったケイルは、

最後に小さく呟き、椅子から荒々しく立ち上がり、

怒気にも似た表情を浮かべて家から出て行った。


ケイルの様子にアリアは慌てつつも、

遅れて立ち上がり、後を追おうとした。



「ちょっと、ケイル!」


「アリア、だったかね」


「えっ、はい」


「あの子をよろしくお願いして、良いかね?」


「はい。ケイルは私の、大事な仲間ですから」


「そうかい、それは良かった。……また来る事があったら、寄ってきな。今度はちゃんとした部屋、用意しといてやるよ」


「はい。その時は、よろしくお願いします」



アリアはそう老婆に挨拶をし、

家を出てケイルを追い掛けた。


老婆はその場からゆっくりと立ち上がり、

見送るように扉の前に立ち、

軽く頭を下げながら扉を閉めた。


この半年後。


老婆は家で眠っている間に心不全を起こし、

そのまま息を引き取り、永い眠りに就いた。


土地の管理は首都の役所が担い、

老婆の遺体は共同墓地に埋葬された。


その際、身寄りの無い老婆の埋葬に立ち会った人物が、

あの闘士長ゴズヴァールだった事を、

後に知ったアリアを驚かせる事となる。


こうして短い中で出会った老婆とアリアは、

最後の別れを済ませたのだった。





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