真犯人
アリア達が訪れたのは、
マシラ共和国の首都で貧民街となっている下層。
その地域を淀み無く歩くアリアとケイルは、
とある家の前に辿り着いた。
「おい、ここって……」
その家を見たケイルが驚き、
アリアは家の扉を何度かノックする。
すると家の中から物音が聞こえ、
扉の前に居たアリアは下がって待つ。
そのまま扉を押し開いて現れたのは、
アリアが先日出会ったばかりの人物。
アリアに借家を貸した、地主の老婆だった。
「――……なんだい。アンタ達かい」
「お久し振りです。御身体の方は、あれから大丈夫ですか?」
「別に平気さね。なんだい、また私を診に来たってのかい。物好きなお嬢ちゃんだね」
「いえ、今日は違う件で。近々この都から出ようと思っています。なので、お借りした家の契約などで」
「……なんだい、随分と早い退散じゃないかい」
「ええ、色々ありましたから」
そうアリアは微笑みつつ伝えると、
地主の老婆は扉を開けたまま小さな背を曲げ、
家の中に入っていく。
それに追従し家の中に入ったアリアとケイルは、
老婆から招かれる言葉が無いまま、
土地の記録と借家の書面が補完された部屋まで辿り着いた。
その中から一枚の紙を取り出した老婆は、
机の上に置かれた羽ペンにインクを付け、
部屋に入っていたアリアに手渡した。
「そこに名前を書きな。言っとくけど、一度払った金は返さないよ」
「はい、それで構いません。これ、お借りしてた家の鍵で……あっ、そういえばお借りした家、ドアとか壊れて中も散らかったままだと思うんですけど……」
「元々が廃屋だったんだ、どう散らかしてようと変わらないよ」
「そうですか、では。……書きました。これで良いですか?」
「……ああ、これでいいね。後は勝手に出て行って構わないさね」
「そうですか。お世話になりました、お婆さん」
「世話されることはあっても、アンタ達を世話した事はないよ」
「いえ、大変に御世話になりましたから。……あの家を私に紹介したのは、あの子を助けて欲しかったからですよね?」
「!」
借家の契約を解除し、
書面を見ながら木椅子に腰掛けた老婆に、
アリアは不意にそんな事を話し始めた。
老婆は訝しげな表情を浮かべながらも、
意思をはっきり宿した瞳でアリアを見つめた。
「……何の話だい?」
「貴方は知ってたんですよね。この区域に勝手に入り込んでいた役人と兵士達を」
「!?」
「そして、一緒に連れていた子供の事も」
「……」
そうして老婆に訪ねるアリアの言葉で、
真犯人と述べた相手の事を、
ケイルは初めて納得して事件に繋げた。
「……そうか、婆さんの土地に隠れてたんだよな。あいつ等は」
「そう。王子を連れて外の町から来た役人と兵士達は、この地域を隠れ蓑にして日々をやり過ごしていた。そして私より先に王子を発見していたのよ。このお婆さんは」
「……まさか、アリアにあの家を紹介したのは……」
「私に王子を助け出させる為。いえ、違うわね。首都で起こっている事態の硬直を動かす為に、異国人である私を利用して事態を動かした。動く事を望んだ。そうですよね、お婆さん」
そう述べながら聞くアリアに、
老婆は鋭い瞳を向けながらも、
何処か諦めたように嘆息を吐き出し、
口から漏れ出る言葉をアリア達は聞いた。
「……どうして、私が知っていると分かったんだい?」
「咳です」
「……咳?」
「お婆さん。貴方、王子と少しの間だけ一緒に居たんじゃないですか?」
「!?」
「私とお婆さんが初めて出会った時、咳をしていましたよね。王子も初めて出会った時、同じ症状で咳をしていたんです。それで、そう推理しました」
「……」
「実は、この都に訪れる前。私は首都に来るまでの途上、とある町で肺機能の低下症状が咳として現れる病が流行っていたので、町で数人の治療した事があったんですよ。一度は治した症状ですから、治療も一瞬で済んだでしょう?」
「……」
「王子を連れた彼等は、その街から来た兵士と役人だった。そして王子は、その町でしばらく身を潜めていた。その時に王子は、その流行り病に感染していたんです」
それを聞いた老婆は、自身の胸に手を置いた。
思い出すのはアリアと初めて出会った時のこと。
咳をし苦しむ自分を回復魔法で治療した出来事だった。
「始めは私も、この首都でも流行っている病だと思いました。でも少し調べてみたら、この時期に首都ではそれらしい病は流行っていない。だとしたら、首都に住んでいる貴方が誰に病を貰ったのか。……それは、外から訪れ流行り病に掛かっていたアレクサンデル王子。貴方はあの子から、病を貰ったんですよね」
「……」
「貴方は多分、兵士や役人から逃げ出したアレクサンデル王子を、この家に一時的に保護した。あの子は父親のやろうとしている事を理解した上で、自分から父親の傍を離れていましたからね。王宮に戻される事を悟り、連れてきた兵士と役人から隙を見て逃げ出したんでしょう。そんな時、あの子は貴方に出会った」
「……」
「その子を見た貴方は、首都の中で闘士達が血眼になって探している何かがアレクサンデル王子だと理解した。その上で、王子だと知りながら看病をしていた。その時に貴方にも、王子の病が感染した」
「……ッ」
「その後、王子は貴方の傍からも離れて、連れて来た役人と兵士達に再び捕まった。その時に貴方は、王子と共に外から来た役人と兵士がこの地域に隠れ住んでいる事に気付いた」
「……」
「貴方は闘士に報告する事を恐れ、同時に首都の兵士達に教える事も恐れた。自分が誘拐に関わっていると思われるのは嫌でしょうからね。……だからあの日、ここに訪れた異国人である私達を利用した」
「……」
「異国人であり傭兵でもある私達を利用して、彼等と鉢合わせて王子を発見させることで、事態が何等かの形で動く。そう期待した貴方は、兵士達が潜伏していた付近の通り道になる家を選び、私達に借りさせた」
「……」
「そして貴方の思惑通り。私はあの家を選び、あの子を見つけて保護した。後は簡単でしょう。私に王子を連れ去られた彼等は、投降して闘士達に私の事を話した。そして土地の管理者である自分の家まで尋ねて来るのを待ち、闘士達にあの家を借りた私達の事を教えた。だから私達の居場所を闘士はすぐ突き止めた。こうすれば、貴方は誘拐事件とは無関係を装う事ができる。実際に出来た。そうですよね?」
俯き気味に聞き続ける老婆に、
アリアは淡々と話しながら老婆の経緯を話し続けた。
アリアとエリクを今回の事件に巻き込んだ張本人。
それはマシラ王でも無ければ、
エリク達を襲った闘士達でもない。
目の前の木椅子に身体を預けて揺れる、
この地域の地主であり、皺が目立つ白髪の老婆だった。




