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自由の翼


マシラ王が企てた虚言誘拐から、

王子がアリア達に保護されて十数日後。


アリアが拘束された迎賓館から出ると、

仮面を取り外した傭兵としてのケイルに出迎えられた。



「よぉ。お勤め御苦労さん」


「そっちもね」



互いに嫌みったらしく皮肉を言い、

口元を吊り上げ挑戦的に微笑みつつ、

互いに右手を上げて手と手を重ね叩いた。


ハイタッチを交わすアリアとケイルは、

用意されていた自分の荷物を確認し、

押収された際の荷物の記憶と見比べる。


めぼしい物は失われておらず、

細かい物も奪われたりしていない事を確認しながら、

アリアは自身の荷物を身に付けた。



「ねぇ、エリクの荷物はどうしたの?」


「アタシが預かってる。エリクの奴が首都に戻ってきたら渡すさ。だが、エリクの大剣が見つかってない。多分、まだ王宮の破壊された瓦礫の中に埋まってるんじゃねぇかな」


「まだ王宮の修復が出来てないの?」


「外部の人間を入れられない状況だからな。宮使いの魔法師と兵士だけで瓦礫の撤去と修復作業をしてるんだよ」


「そっか。今回の事件を鑑みれば、外部の人間をこれ以上、王宮に立ち入らせるのはマシラ政府側は嫌でしょうね」



そう呟くアリアの言葉にケイルは同意し、

手荷物を担いだアリアは改めて確認した。



「それで、今日から私とエリクは自由なのよね?」


「ああ。今回の件でお前等がやったのは、とりあえず正当性ある自己防衛行為だって事で通ったよ。かなり無理矢理だがな」


「向こうもそうするしかないでしょう。共和国の象徴たるマシラ王が今回の事件の発端と原因だなんて国民に知れたら、象徴としてのマシラ血族は存在意義を失うでしょうし、周辺諸国に対するマシラ共和国の権威は完全に失墜するでしょうからね」


「おい」


「分かってるわよ。私達が解放される条件の中には、それを黙っていろって事も含まれてるんでしょ」


「ああ」



そう嫌味と皮肉を述べるアリアは、

憮然とした表情で迎賓館から王宮の外門まで歩き始める。

ケイルはそれに追従しつつ横へ並び、アリアと話を続けた。



「それで、貴方はどうするの。ケイル、それともケイティルさん?」


「……第四席ケイティルの方は、とりあえずは闘士から除名だ。元老院の印鑑付きの書面悪用、その他諸々の余罪は、今までの五年間の情報と引き換えに帳消しだってさ」


「貴方、ベルグリンド王国に密偵として入り込んでたのよね?」


「ああ。……丁度、五年くらい前か。王国の方でキナ臭い感じの事が噂されてきてな。その周辺調査で二年間、そして三年前にケイルとして王国に入り込んで傭兵をしていた」


「噂?」


「王国側が各地から物資や資源を輸入し始めたんだ。それもかなりの規模と金銭を動かして」


「……それ、本当?」


「帝国の上層部の方にも伝わってただろうぜ。明らかに尋常じゃない規模で、巨大な取引も行われていたらしい。アタシはその資金源の調査と、物資と資源の利用方法を調べる為に、王国内に入り込んでたってワケだ」


「それで、その調査が終了したから、マシラまで戻って来たってこと?」


「ある程度な。でも結局、王国側の資金の出所は分からなかった。だが、王国が外部からの援助で資金供給が行われていたのは確かだな。あの国力と情勢下にも関わらず、マシラ共和国の国家予算の十倍以上の金額が王国で動いていた」


「……第三国の介入?」


「国か、あるいは大金を所有した集団、あるいは個人か。ベルグリンド王国の背後に巨大な資金を持つ何者かが、背後に付いたのは確かだ。じゃなきゃ、今の情勢でガルミッシュ帝国に強気の戦争を吹っかけるはずがないし、エリクを切り捨てるワケもない」


「……やっぱりエリクは、向こうで魔人だと気付かれてたのね」


「ああ。王国の上層部は間違いなく気付いてたな。それを知ってた上で、エリクと傭兵団の奴等を存分に利用してた感じに見えたし、思えた」


「そのエリクを切り捨て、処刑しようとしたって事は、エリクが不要になったから?」


「どうだろうな。……元貴族令嬢の意見として聞くが、民から英雄的に見られ始めていたエリクという戦力を切り捨てて、民を虐殺したと偽り公開処刑までして排除するのは、王国側からしたらどんな意図があると思う?」


「……エリクという英雄が、邪魔になったから」


「邪魔になった?」


「王国側は、自分達が選んだ他の人物を英雄に祭り上げ、国民に支持と崇拝を向けさせ、英雄にしたかった。その為には民から信頼を厚くさせていた英雄としてのエリクは、邪魔だったのよ。だからエリクが村人を虐殺したと嘘を喧伝し、エリクの名声を地に墜とさせてから処刑しようとした。その後に、英雄に誰かを祭り上げる為に、帝国へ戦争を起こした。今回の戦争を率いている王国貴族の中に、英雄に成り代わる人間がいるはずよ」


「……なるほどな」


「逆に私から聞くけど、エリクの次に英雄になりそうな人物は、王国に居たの?」


「……期待されてたって意味では、王国の王子だな」


「王子……。第一、それとも第二?」


「ウォーリス=フォン=ベルグリンド。ベルグリンド王国の第三王子で、第一王子と第二王子が跡目争いで潰し合って、結局は互いに脱落した後に名が上がった、今現在でベルグリンド王国の王位継承権一位の王子だ」


「第三王子……。あれ、そんなの王国に居たかしら?」


「第三王子は養子らしい。存在自体は、第一王子と第二王子が継承権を失ってから明かされたみたいだな。国民や末端貴族は、第三王子の存在なんて知らなかったみたいだぜ」


「養子……」


「ベルグリンド王の愛妾の子だとか、他国の王子と養子縁組を築いて座に収めたとか、色々噂はあったけどな。ベルグリンド王国で第三王子の存在が明らかにされ、王位継承権の筆頭になったのが丁度、五年前だ」


「……王国が莫大な資金を得て周辺諸国から物資を輸入始めた時期と、第三王太子が表舞台に出てきた時期が、一致している?」


「無関係ではないだろうぜ。あるいはエリクは、そいつに嵌められて叩き落された可能性は高い」


「……」



アリアはこの話を聞いた時、

背筋に僅かな悪寒を感じた。


自身の知り得ない情報が開示された時、

その情報から一点の波紋が広がり、

自身の有する他の情報に刺激を与える。


ベルグリンド王国という隣国の敵を知りつつも、

アリアが今まで一度として脅威に感じていなかった理由は、

その王国基盤と戦力規模と文明技術を正確に把握していたからだ。


しかし、ベルグリンド王国は今現在、

ウォーリスという第三王子の存在の下で、

その存在が成り立っている可能性が高い。


それを知った時のアリアの悪寒は、

言葉で表現できるものではなかった。



「……ケイル。そのウォーリス王子は、どういう人だったの?」


「アタシは姿を見てない。探ろうとしても警備と隠蔽が厳重過ぎて、その正体すら分からなかった。話だと複数の護衛をいつも連れてて、影武者まで用意してたらしい」


「……随分と用心深い王子なのね」


「兄同士が政略で潰し合ったのを見てれば、用心深くなるのは当たり前だと思うけどな。……そういえば、ワーグナーとエリクが見た事あるって言ってたんだよな」


「何処で?」


「あいつ等、時々貴族の催し物に呼ばれてたんだよ。まぁ、武勲を立ててるとはいえ、野蛮な平民の傭兵って事で隅に引っ込められてたらしいけどな」


「それで、第三王子の事はなんて言ってたの?」


「ワーグナーは、見栄えが良い貴族らしい青年だったって言ってたな。わざわざ自分から出向いて来たんだと。でも挨拶と社交辞令だけ述べて、すぐ去ったらしい」


「エリクは、何か言ったの?」


「第三王子に関しては何も。……だが、珍しくこんな事を言ってたんだ」


「?」


「王子の隣に居た従者らしき男。あの男は危険だってな」


「……エリクが、危険って言ったの?」


「ああ。ワーグナーも見てたけど、そいつは優男で言うほど強そうには見えなかったって言ってた。その時は、他の傭兵連中はエリクの気のせいだって笑ってたんだが……」


「ケイルは、違う意見なのね」


「エリクが危険だと言う程の相手が、普通の従者のはずがねぇよな。……もしかしたら、そいつが本当のウォーリス王子だったのかもしれない」


「……その時に、エリクが相手を値踏みしたように、ウォーリス王子もエリクを値踏みした?」


「可能性としてはな。その時にエリクを切り捨てる算段を、向こうはしたのかもしれない」


「……ベルグリンド王国、第三王子。ウォーリスか……」



悪寒を感じる懸念要素として、

アリアはウォーリスという王子の名を覚えた。


ふと周囲を見たアリアは、

遠巻きに見ている兵士や通り過ぎる者達が、

自分を見て怯えを含んだ視線で見ているのに気付いた。



「……なんか、みんな私を見てるわね」


「ああ。お前、ゴズヴァール並かそれ以上に強いかもって、マシラ共和国の中で噂が広まってんだよ」


「えっ。私、ゴズヴァールに一度は負けたけど?」


「そのゴズヴァールを散々叩きのめしてた暴走状態のエリクを抑えただろ。それでゴズヴァールと同等か、それ以上だって理由になってるらしいぜ」


「えぇ……。私、あんな牛男と同列なんて嫌よ」


「まぁ、お前に下手な手出しをさせない為に、アタシが意図的に広めたけどな」


「ちょっと、ケイル!?」



そうして話しながら歩き、

王宮の外門に差し掛かった辺りで、

ケイルは思い出したように聞いた。



「そういえば、お前の師匠。ガンダルフはどうしたんだ?」


「師匠なら、交渉材料だった秘跡の内容と魔法式を写して渡して見せたら、すぐ帰ったわ」


「もうかよ。っていうか、どうやって?」


「師匠って、転移魔法が使えるのよね。月単位で使用制限はあるみたいだけど、一瞬で何処の国にも行けちゃうのよね」


「……転移魔法とか、伝説とか神話級の魔法だと思うんだけどな」


「それを使えるのが、人間大陸に七人しかいない【七大聖人(セブンスワン)】の一人。『青』の大魔導師ガンダルフなのよ。私も使えれば楽なんだけど、四大国家に秘匿されてるから構築式を教えてくれなかったのよね。少し時間があれば、私自身で構築式を生み出して出来るとは思うんだけど、それには実験する為のアレコレで多大な予算と設備と人員が必要だし……」


「……まったく。伝説級の魔法を教わるとか使うだとか、これだから化物連中は嫌なんだよ……」


「貴方だって、十分にその域だと思うけど?」


「よせ、アタシは人間だ。お前等みたいな人外と一緒にすんな」


「あっ、酷い。私はか弱い女の子よ」


「血族直伝の秘術魔法をあっさり模倣したり、巨大な血の氷でゴズヴァールを封じたり、羽生やして空飛ぶようなのは、か弱い女とは呼ばないんだよ」


「貴方だって、あの狼男とまともにやり合ったんでしょ。十分に人外よ、人外。私と同類よ」


「うるせぇ、化物女」


「うっさい、仮面女」


「……ふっ」


「……フフッ」



互いに憎まれ口を叩きつつも、

口元を吊り上げ含み笑いを浮かべると、

そのまま二人で王宮の門から出て行った。


その時にケイルが立ち止まり、アリアに聞いた。



「エリクが来たら、どうするんだ?」


「どうするかを、エリクが来たら決めるわ。エリクにも休息が必要でしょうから。勿論、貴方も一緒にね、ケイル」


「……おい、それって……」


「私、仲間は見捨てない主義なの。一度は仲間になった貴方を、簡単には抜けさせないからね」


「……契約内容と違うんじゃねぇか?」


「違わないわよ。ちゃんと報酬は均等に分けてあげるし、個人の自由も尊重するわ。でも貴方は、もう私とエリクの仲間なんだから、勝手に抜けるなんて許さないわよ?」


「……少し、考えさせてくれ」


「ええ。エリクが到着するまで、考えておいてね」



そう微笑み伝えるアリアは、

舗装された石畳を通り歩いていく。

その時にケイルは思い出したように、

後を追いながらアリアに問い掛けた。



「そういえば、何処に行く気なんだよ」


「何処って、決まってるじゃない?」


「?」


「私を今回の事件に加わるよう仕組んだ、真犯人の所よ」


「真犯人……?」


「一緒に来る?」


「……ああ。お前一人にしとくと、厄介事を起こしそうだからな」


「酷い言い方ね。それじゃあ行きましょうか。真犯人に会いに」



そうしてアリアはケイルと共に歩き、

マシラ共和国の首都の街並みに潜り込んだ。


アリア達の騒動とは裏腹に、

町中の国民達は思いの他、明るい顔を見せている。

闘士達が利かせていた各方面の圧力が無くなり、

首都の民衆達も解放された気持ちがあったのだろう。


その最中、アリアは民衆達が話す噂を聞いた。


マシラ王の居る王宮で十数日前、凄まじい轟音が鳴り響いた。

その後、王宮の頭上に六枚の翼を宿す天使が現れ、

マシラ国王の病を治し癒したのだという。


その時に現れた天使は、

マシラを救う為に現れた神の御使いなどと、

そんな噂などが首都の中で囁かれていたらしい。


アリアはそれを聞きつつ苦笑を浮かべ、

漏らすように呟いた。



「……フフッ。神の使徒様も、こんな感じで伝承が残ったのかしらね」


「どうした?」


「いいえ、なんでもないわ。行きましょう」



そんな会話をケイルとしながら、

アリアはとある場所まで訪れた。

そこに今回の事件にアリア達を巻き込んだ、

真の首謀者が居る事を知りながら。





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