失われた記憶
この話は、この物語の主人公である二人が初めて遭遇する数日前。
そして相棒となる彼に対して、彼女が秘密にし続けていた出来事になる。
「――……ごめんなさい。……ここまで頑張ってくれて、ありがとう……」
彼女は森の中に簡易的に築いた墓の前で膝を着き、右手を胸に置きながら悔やむような様子で感謝の言葉を呟く。
それからしばらくすると、膝を立たせて身体を起こした。
すると彼女は墓を見下ろす顔を上げ、金色の長い髪と青い瞳が差し込む光に照らされる。
そして東側に顔と身体を向け、細く華奢な両足で森の中を進み始めた。
そんな彼女が羽織る外套の腰部分には、白い魔玉が嵌め込まれた短杖が提げられている。
しかしその魔玉が不自然に白く光ると、彼女は一人にも関わらず喋り始めた。
「……それで? この先に行けば、アンタの言ってる男と本当に会えるの?」
『――……別未来の情報では、この森に居るのは確かなはずよ』
「私の行動で、別未来の情報が変わってる可能性は?」
『あるかもしれないわね』
「じゃあ、いなかったらどうするのよ?」
『その時はその時で、どうにかするしかないわ。アンタ自身でね』
「……」
『止めなさい、その顔。……まったく、アンタを見てると本当にイライラするわ』
「それは御互い様よ。――……五歳の時。師匠に渡された短杖からアンタの声が聞こえた時には、洗脳系の魔法でも仕掛けられてたんじゃないかと思って破壊しようかと思ったくらいなんだから」
『いっそ洗脳しても良かったんだけど。そうすると魂同士で精神が反発し合って対消滅するか崩壊する危険性もあるから、こうして仕方なく事情を話してあげたんじゃない。……なのにアンタ、その話を信じるのに十年も掛かるし。本当に厄介で面倒な性格してるわね』
「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」
『今のアンタと今の私を一緒にしないでくれる? 別の時間を経験してる時点で、同じ魂だろうがもう別人よ』
「まぁ、それは同意するけどね」
愚痴を漏らしながら森の中を歩き続ける彼女は、嫌な顔を浮かべながら思考に浮かぶ声とそうして会話している。
すると彼女は深い溜息を吐き出した後、木々の隙間から見える空を見上げて周囲を確認しながら話を続けた。
「アンタが経験した別未来について話してくれたおかげで。帝国内の揉め事には可能な限り関わらずに済んだけど。……馬鹿皇子の件も、別未来に起こったのよね?」
『ええ。でも別未来の私は卒業式の祝宴に参加して、馬鹿皇子とその取り巻き共を氷漬けにしたけど』
「あーあ。私もそうしたかったわ」
『そうなったら婚約自体は解消できるけど、アンタは実家に幽閉させてたでしょうね。そして反乱を起こす貴族達の旗印に、アンタが選ばれる事になる』
「……」
『そうなってからが凄く面倒臭かったわよ。王国側とゲルガルド側が公爵家と本家との関係を崩す工作をする為に暗殺者達を使って馬鹿皇子の暗殺を仕掛けたり、その暗殺依頼をしたのがアンタってことにされたり』
「……っ」
『その疑いが掛けられた段階で、公爵家と同盟関係だった貴族達も離れていくし。逆に反乱を目的としてる貴族達が味方面しながら公爵家に擦り寄ってきて、各貴族間の力関係と帝国内の基盤も崩れる』
「……その隙を狙われて、お父様かお兄様……そして皇帝陛下や皇后様が暗殺されるってとこ?」
『その通り。……暗殺した奴は、非加盟国の組織に所属する【死神】とか呼ばれてる暗殺者だったらしいわ』
「死神……聞いたことあるわね。確か【血盟の覇者】とかいう組織に所属する、国際指名手配犯の賞金首だったかしら。……まさか、私達を追って来た暗殺者達の中に?」
『今の時点ではまだいないはずだけど。【死神】が出張って来たのは、私が幽閉されてからのはずだから』
「でも未来が変わってるせいで、それも確証じゃないわけね……。……どっちにしても、私の行動で未来は変わった。もうアンタが知ってる未来には、ならないのよね?」
『それも、多分としか言い様が無いわ。……別未来で会ったクロエオベールが言うには、この時期にこの森に居る男と私が会わないと未来の変動が起きないらしいし』
「……本当に、あのクロエと会ったの? 私が小さな頃に会った、あの……」
『ええ。……やっぱり気になる? 彼女が今いる場所、教えましょうか?』
「……いいわよ、別に。……それにしても、クロエが『黒』の七大聖人だったなんて。……そしてその『黒』が、アンタの魂を短杖に宿らせて過去の世界に戻したなんて……今も信じられないわ」
『別に信じなくていいわ。私はただ、アンタに別未来の情報を教えるだけ。……それを聞いて今まで自分の歩むべき道を選んだのは、アンタ自身よ』
「まぁ、そうね。……だからこそ、アンタと私は別人よ。例え、同じ魂でもね」
『ええ』
彼女は短杖に宿る人物とそうして話し合い、視線を正面に戻す。
すると口元を微笑ませながら、この先で待ち受けている出来事に対して問い掛けた。
「それで? この森で会えるっていう男は誰なのよ? いい加減に教えてもいいでしょ」
『……さぁ?』
「え?」
『だから知らないわよ。クロエはその情報については、会ってからの楽しみにしてとしか言わなかったし』
「何よそれ……。……気に入らない奴だったら、例え必要でも私から関わりたくないからね」
『そういう奴じゃないことを、祈るしかないわね』
「はぁあ……」
『溜息ばっかり吐いてると、幸運を逃すわよ?』
「そんな事で逃げ出す幸運だったら、とっくの昔に吐き捨ててるわよ」
『それはそうね。実際、別未来の時に幸運だった試しが無いし』
「……」
『でも、今の私ならこう考えて言うでしょうね――……』
「――……幸運は、与えられるモノじゃなくて。自分自身で掴むモノ」
『その通り。だからアンタの幸運は、アンタ自身で掴みなさい』
「ふんっ、当たり前よ。――……私はそれを掴む為に、ここまで来たんだから」
『ふっ』
そう話しながら彼女は木々の隙間を見上げ、垣間見える太陽の光に目を細める。
そして右腕を掲げながら空に浮かぶ光を掴むように右手を握り、不敵な笑みを浮かべた。
彼女はそれから、森の中で数日の時間を過ごす。
そして懸念に反して気に入った相棒と、この森で出会う事になった。
この三年後、自身の制約を解いた彼女はこの記憶も失う。
ただし短杖に宿った魂には、彼女が経験した旅の記憶と共に残っていた。
そして天界にて記憶を失った彼女の魂が消失しようとした時、短杖に宿る魂が再び融合する。
しかし譲り渡した権能や魂とは別に、融合していない部分の魂にこの記憶を残したまま渡さなかった。
この話は、誰にも語られずに世界から失われた記憶。
しかしこの物語を始める為に必要であり、大切な欠片だった。
『虐殺者の称号を持つ男が元公爵令嬢に雇われました』をご覧頂き、ありがとうございます。
今回の秘話は、この作品内に散りばめていた『アリア』と彼女が持つ『短杖』に関する謎の種明かしになります。
それを知った上で物語を読み返すと、様々な人物が述べる『アリア』に関する謎が見えてくるかもしれません。
そういう意味で、オマケ話です。
人によっては蛇足と感じるかもしれませんが、私自身も作品を読み直して「あっ、ここの部分を何も説明してなかった」と思ったので書いてみました。
そして2024年、新年あけましておめでとうございます。
こっそりと最初辺りの話を再編集・再修正しているので、興味がある方はご覧ください。
以上、オオノギでした。ではでは(`・ω・´)ゝビシッ




